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<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編

肩がぶつかった代償として彼女にされました

作者: 片桐ゆかり

R15は保険です。



――ものすごく訳が分からない状況に陥った時、人間はどうするのだろう。

ちなみに、私はといえば、気絶した。らしい。

全く見覚えのない高そうなワンルームのベッドに寝ていたこの状況は、はたしていったいどういうことなのだろうか。しばらく考えていたが答えは全く見つからないので、最初から思い出してみることにする。自分の体に違和感がなく、かつ制服もきちんと着ていることに安堵した。



事の起こりは、通学途中に起こった。

共働きの両親は仕事が忙しいのか昨日の夜も帰ってこず(二人から早く帰りたい寝たいという意味不明なメールが来ていた。元気そうで少し安心する)、しかしこれはよくあることなので身支度を整えて家を出る。

親子三人暮らしのマンションは、私が生まれた後で買ったものらしい。今度は家を買うためにお仕事頑張る!と二人ともにこにこしていた。家にいるのが大好きな二人は、目的のために働くことも大好きだ。――そして、そんな両親が私は大好きだ。


戸締りを確認して外へでる。マンションの5階の我が家から、エレベーターで降りて歩いて高校へと向かう。そろそろ寒くなってくるのかなあと思いながらローファーのかつかつという音を響かせながら歩く。

徒歩通学である。

学校まで徒歩15分、短い登校時間万歳。電車登校なんて勘弁してほしい。すし詰め状態なんて勘弁してほしい。人ごみはあんまり好きじゃない。朝から電車のみなさん、ご苦労様です。

今日のお昼は、週に一度の学食の日。いつもは自炊をしているし無駄遣い防止のためお弁当だが、週に一度は買ったお弁当か学食に行くと決めている。

割と友達はみんな学食を利用しているし、学食で食事を買わなくてもお弁当を食べるくらいは見過ごしてもらえる。ただやっぱり、自分以外の人が作ったご飯というものを食べたくなるのだ。

我が家は私は炊事洗濯担当だし、それが暗黙の了解になってからは両親から晩御飯これがいいなの催促が来るようになった。

といっても、仕事人間の二人が帰ってくるのは夜遅くとか、職場に泊まり込みが主である。そして単身赴任や出張の多さからどんな激務だといいたくなるが、二人とも楽しそうだからいいみたいである。いっぱい貯めて少し早く退職して二人で世界中を飛び回るの、とか、家を買ったら地下に遊び場を作るんだ、とか目をキラキラさせていたのできっといいのだろう。


今日の学食のメニューはなんだろうとにんまりしながら、私、こと椎名りんはちょうど曲がり角をまがったその瞬間、私とは反対側からやってきた男の人に勢いよくぶつかって、弾き飛ばされた。


「……い、たた…」

「………、」

「あの、すみませんでした。前を見ていなく、て…」


謝りながら立ち会がりその人の顔を見て、固まった。

冷たそうな綺麗な顔立ちに、真っ黒のスーツ、身長も高くすらっとしてはいるけれど体格はいい。強そうだ。そして何より、怖い。目つきがすごく悪いので余計怖く見えるのだろう。

抜身の出刃包丁みたいだ、とひきつった顔をしているだろう自分の顔を意識しながら思った。

――どうしよう、自分でぶつかっといてなんだけど、超怖い。



「お前、足…」

「え?ええ、と、だだ大丈夫です!かすり傷!いたくないです!」


ぴり、とした痛みを感じると思ったら膝をすりむいていた。女子高生なめんな、ハイソックスだ。タイツはもうちょっと冬本番になってからが出番である。

よってスカートと靴下のちょうど布で覆われていないところがすりむけていた。けれどそんなに痛いものでもないし、小さいころはよくけがをしていたものだし。


「まあそうだろうな。それより勢いよくぶつかられた俺の肩のほうが痛い」

「………それはそれはすみませんでした」


唇を尖らせながらそう言われて、謝るしかない。不本意だけど、怖いもんは怖い。

慰謝料とか請求されたらどうしよう、と考えているとぐいと腕を引かれた。


「だから、お前、俺のものになれよ」

「…………はい?」

「決まりだな」

「いやいや、ちょっと、今のは返事じゃなあああああい!」


意味が分からなくて聞き返した疑問を、肯定にとらえられた。日本語が通じない日本人こわい。

そしてそのままその男の人は、私を抱き上げて、歩き出した。

理解が追い付かないしそもそもなんで拉致られてるの私、とパニックになりながら男の人を見る。


「は、はなして!」

「ああ?お前は俺のだって決まっただろうが。ぐちゃぐちゃ言うな」

「や、だって貴方の事知らないもんっ」

「佐藤京也、職業は作家、これから打ち合わせだけどお前に逢ったから行かない」

「は、え、えええ?や、でも私学校行かないと…!」

「その高校は○×高校だろう、後で連絡入れてやるから」

「あ、ありがとうございます…じゃなくて、ゆうかい!かえるー!」

「もう遅い。ほんとに、お前素直だなあ。悪い大人に騙されるぞ。俺みたいな」


黒い車の助手席におろされてドアがしまる。さっさと運転席に乗り込んだ男の人は、私にシートベルトをかけながら、囁いた。

顔の近さにどきんとした後に、ちゅ、と軽い音がして私の唇にその人の唇が触れた。

――そうして、キャパオーバーを起こした私の頭はさっさと考えることを放棄して、意識を飛ばしやがったのでありました。




そうして、目覚めた部屋で、私は一人途方に暮れる。

決して安くないだろうとわかる部屋は趣味のいい家具でシンプルに統一されている。

1人暮らしかな、さっき作家と言っていたのは嘘ではないようでたくさんの本がこの家の壁を埋め尽くしている。

ベッドからそっと降りて立ち上がったと同時に、部屋のドアが開いて男の人が電話をしながら入ってくる。ベッドのそばに立っていた私は、声を出してはいけないと思い、どうしようかとおろおろしていると男の人――佐藤京也さん、は電話をしたまま空いている腕で私を引き寄せた。

そしてそのままベッドに座り込む。二人して並んで座って私の肩に腕をまわして抱き寄せている。話している声が、近い。低い声が私の耳を打つ。スーツから普段着だろうシンプルな服装になっているからか、余計に鍛えられた体を近く感じてドキドキしてしまう。

彼氏もいない私にはこんなに近くに男の人がいた経験なんてないし、それなのにこんな、されるがままで抵抗もしない自分が変だ。

ちっともいやじゃないって思ってしまうのはどうしてだろう。この人が、本気で私をこうして連れてきているわけじゃないのはわかっている。遊びで私を連れてきたんだろう。

何をされるのか、怖くて、でもこの腕の仲は温かい。

電話が終わったのかぽい、とスマホを放り投げて私に顔を近づけてくる。



「椎名りん――、りんって可愛い名前だな」

「なん、で名前…っ」

「学生証見たからに決まってるだろう、――いや、名前は最初から知ってたけど」


苗字が分からなかったから鞄を開けた、といった男は私をひょいと抱き上げて膝に乗せた。

そのまま後ろから抱きしめられる。――これ、逃げられない!

混乱したまま手をぱたぱたとさせているとく、と喉の奥で笑う声がして耳に唇を寄せられた。


「ひゃああ、みみやだあ!」

「可愛いなあ、お前。だから目をつけられるんだよ。知らなかっただろ、俺がお前をずっと見てたの」

「し、しらな…」

「だろうなあ。会ったのは一回だけだし、お前は小学生だった」



この人もしかしたらロリコンなんじゃないだろか、とか思ってしまったのが分かったのか私の頬にちゅと口づけしながら違う、と一言。…この人もしかしたら心が読めるのかもしれない。


「昔、公園でお前に会った。俺はちょうど自棄になってたんだが、お前が俺の前で思いっきりコケて号泣し始めてな」

「………」


過去の私、ばか!なにしてるの!そんな突込みを入れながら始まった話を一応、聞いておく。


「顔も泣いててぐしゃぐしゃだし、けがもしてねえのに泣き止まない。うっとうしくなったときに、気付いた。お前が俺の服掴んで泣いてるって。こうして、抱きしめて頭撫でたら幸せそうに笑いやがって」


そういいながら後ろ向きだった私を起用に向かい合わせにして、抱きしめる。

頭なでなでも忘れずにしてくるあたり、狙ってるんじゃないだろうか。

――ものすごく落ち着くし、きゅんとしちゃったのは内緒である。



「そんな小さいことだったけど、俺は自分が人を笑わせてやれるって初めて知った。お前のせいだぞ」

「…えええ、覚えてない、です」

「いいよ、覚えてなくて。俺が覚えてるから。それにあれから十数年ずっとお前に片想いだ、そろそろ限界。ちょうどよく俺のところに飛び込んできたから貰う」



訂正、やっぱりほんとにこの人ロリコンだ!

私を愛おしげに見やるこの人のことは、正直全く覚えていない。

――昔、小学2年生くらいの小さいときに公園かどこかで派手に転んで、それでも機嫌よく帰ってきたことがあったと聞いたことは、あるけど。いつもコケると泣きながら帰ってた私がその時一回だけは泣いていなかったのが珍しかったらしく今も話題に上がる。

もしかして、それかも、と思いながらでもよく私があの時のだってわかったものだと見上げた。


「私のこと、覚えてたの」

「探して、近くに引っ越してきたに決まってるだろ」

「………!」



この人、絶対、あぶない。ちょっとぞわっとしたので離れようとしたらそのままベッドに押し倒された。

とろけるような熱を持った目が私を見下ろす。

流され続けるにもほどがある、わたし!と焦りながらもどうしようか考えて、でもどうもできない自分がいる。



「い、いきなりいろいろ、わかんない…!」

「ダメ、わかれよ。俺はお前がほしい。お前は?俺のことほしくない?」

「ひええええ、」


そんな色気のある声でささやかないでほしい。

顔に熱が集まってあつい。ぴったりとくっついた体は離れない。近づいてくる顔はとてもきれいで、でも少し不安そうだと気付いた。

あ、この顔は、ちょっと知ってるかもしれない。小さいころ、すごく泣きそうな顔をしたお兄さんに会ったかもしれない記憶がよみがえってきた。



「ま、まだわかんないから、おためしで…」

「そんなことやって逃げる気だろ。りん、お前がほしいよ。俺はあの時からずっとお前だけがいい。お前のためならなんだってする」

「…ん、んと」



どうしよう、すごく残念だ。こんなに綺麗な大人の男の人なのに、私が小さいころからずっと追いかけていて、こうして愛が昂ぶって拉致して、力づくでなんとでもしようと思えばできるのに拒まれるのが怖い、なんて。

こんなに愛されてるのは、はじめて。きゅんとする。もしかしたらこれは恋じゃないかもしれないけど、でもきっと私がいやだと言って泣きながら抵抗すれば解放してくれる。はず。

そして、そのあとものすごく落ちこんで一人で泣いてしまうんだろう。

――泣かれたくは、ない。と思ってしまった。

ようするに、ほだされたみたいだ。ここまで一途な人を私は知らない。ものすごく我が儘だけど。小学生みたいな独占欲だし、ちっともかっこよく見えないけど。



「あのね、京也さんって呼んでいい?」

「お前が呼ぶなら何でもいい」

「…最初は怖かったんだけどね、今はどきどきするの」


きょとんと私を見下ろす顔がかわいい。

大きな手を取って自分の心臓あたりに押し当てた。直接わかってもらったほうがいいかもしれないし。と思って。


「あのね、すごくドキドキするの。わかる?」

「…ああ」

「ずっとドキドキしたままだと心臓とまっちゃうかもしれないから、手加減してくれる?」

「それは保証できない」


そのまま唇をふさがれて思う存分堪能されました。

一応こっちは未成年で高校生なんだぞ、と思いながら制服を脱がされてとろけるくらいいっぱいいっぱい愛を囁かれたら、それはもう流されちゃってもしょうがないかな、と思ってしまった次第である。


夜、今日も両親は泊まり込みで仕事らしいのでほっと胸をなでおろしながら今日お昼あたりから一歩もこの部屋から出ていないことに少しだけ背徳感を覚えてみたり。

ベッドに二人で寝転がりながら京也さんは私の頭を愛おしげに撫でている。



「……てかげん、して」

「可愛いのが悪い。りん、覚悟をしておけよ」

「なんの、」

「攫う。お前はまだ高校生だから無理矢理連れ出さないが、20になったら覚悟しておけ」

「…ようするに、お嫁さんにしてくれるってこと?」



とんでもなく悪人顔負けのプロポーズをされたものだ。

連れ出せない、んじゃなくて、連れ出さない。要するにできるけど一応手加減はしてくれているみたいだ。

でも、将来はどうやら安泰みたいなので素直に流されておくことにする。


どうしてこんなに好かれたのかな、と思いながら見ていればスマホが振動を続けていた。ち、と舌打ちした。そのまま放り投げたスマホに電話をかけている人は、可哀想だなと思いながら、私はちょっとだけ近寄ってみた。

私に悪戯を仕掛け始める手はぺし、と叩いて。


きっと、これから私はこのロリコンで残念で、でもこれ以上ないくらいの愛情をいっぱいいっぱい注いでくれるこの人とずっと一緒にいるのだ。



「ところで京也さん、いくつ?」

「28だが?」

「…ほんものの、ろりこん…」

「お前限定だ、ロリコンじゃない」


ほんのちょっと将来が不安になったのは、内緒である。














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