「魔力」で「四肢切断」は治るか?
「魔力」で「四肢切断」が治るかどうか。およそ魔法が存在するファンタジー小説であれば、たいてい治癒魔法が存在し、治癒魔法でも最上位くらいのものなら四肢切断、あるいは後天的な四肢欠損が治るとされている小説も多いです。
しかし。
私は思うのです。「それはちょっと無理がある(ときもある)」、と。
さて、最初に毎度のごとく、念のためのお断りを入れておきたいのですが、私は医学に関してはほぼ素人です。趣味でいろいろあさってはいますが、師について学んだわけでもなければそれ専門の過程を修了した・修了する予定でもありません。以下に述べる見地につきましては完全に私が聞きかじった半端な知識と私個人の想像にのみよるものであるということをどうぞご理解くださいませ。
それで、本題なのですが。そもそも表題の通り、「魔力」で「四肢切断」を治すとしたら、私はおそらく治癒魔法と分類されうるものか、あるいは俗にポーションと呼ぶような回復薬を服用するか、どちらかしかあてはまらないだろうと判断しています。また、この場合の対象となる人の身体構造は、人類のそれと同じであることを前提にしております。つまり、「いや自分の小説の登場人物は人間とは身体構造が違うんだ」という場合には私の推論は当てはまらないかもしれません。
これらを大前提として以下をお読みください。
ポーションのほうはひとまず置いておくとして、治癒魔法のほうを考えてみましょう。
そもそも治癒魔法がどうやってけがを治すのか。これは一般に二つの解釈が成立します。
まずは、①自己治癒能力を治癒魔法によって高め、間接的に傷を癒している場合。つまり、直接的にはその人個人の自然治癒力に依っている場合ですね。
そして、②魔法によって創自体をなかったことにする場合。この二つに大別します。
では、基本的な事項を押さえたところで、それぞれの検証とまいりましょう。
①治癒魔法で対象の自然治癒力を高める場合
大概の小説はこちらの設定をとっているのではないかと思います。治癒魔法によって生き物がもつ自然治癒力を喚起させるというもの。この場合にはハイスピードながらも、生き物が本来行っている治癒活動がそのまま起こっています。
すなわち、創から体内に侵入した異物、あるいは死滅した細胞を捕食し、除去する。それが終わるころには血管や真皮の修復が始まっていて、相応のときをおいて、それらが終了する。ちなみにこの場合、多くは傷跡が残ることかと思われます。真皮に達する傷なら対象がよほど若く、なおかつ創が浅くない限り傷跡は残ります。少なくとも治癒魔法が「自然治癒力」を高めているという設定なら、残らないとおかしいです。……いえ、肉芽組織の増殖が必要ないと判断された、という場合も無きにしも非ずかもしれませんが……。
さてこの場合。はたして「四肢切断」は治るでしょうか。
私の結論は、「一部を除いて、治ったらおかしい」です。
ちょっとばかり血なまぐさいですが、たとえば腕を切り飛ばされた場合。まだ切り飛ばされて間もない腕を患部に接触させた上で治癒魔法を使用し、くっつけるというのならまだわかります。この場合は私も「まあ、ありかな?」と思います。少なくともファンタジーのご都合主義で片付けてしまって支障はない程度でしょう。
しかし、たとえばこれが数年前に腕を失った、とする場合。
あるいは猛獣などにかじられてしまった、とする場合。
これらが治癒魔法で治るのなら、またその治癒魔法が「自然治癒力を喚起させて」傷を治すものだという説明があったのなら、さすがにそれは突っ込みたいです。人はいつからトカゲになりました。そのトカゲだって自分からしっぽを切り離さない限り再生は不可能なのに、さらにトカゲは再生するための様々な機能があるというのに、さらにさらにしっぽを再生できたとしてもそれは本来備わっていたものより劣ったものになることが多いというのに、どうしてその機能がない人間が「自然」治癒力を活性化させることによって腕がにょっきり生えてくるんです……。
また、百歩譲って「人間にも類似の機能があるんです! そういう設定なんです!」という場合。いや、いいんですけれどね、そんな設定でも。
しかし、その場合であってもこの類の「治癒魔法」には重大な問題点が二つほどあります。
悪性腫瘍と、ヘイフリック限界です。
悪性腫瘍は一般に「ガン」と呼ばれる病気です。この病気は細胞分裂の異常によるもので、通常増えすぎないように制御されている細胞分裂が、何らかの拍子にその制御から外れ、自律的に分裂を繰り返すことによって引き起こされます。自然的に治癒する場合もありますがそれは相当にまれで、放っておくとほかの場所にまで転移・増殖を繰り返して栄養を奪い、また正常な身体機能を阻害する厄介な病気です。
ただし、この悪性腫瘍という病気に関する研究はまだ途上であり、この説明もこうでないかと言われている説明を平べったくしたものです。実際には細胞が変異する原因はそれほど一律的なものではなく、さまざまな要因が組み合わさって細胞の変異が引き起こされているのではないか、というのが現在の見解だそうです。「たばこを吸う人が将来必ずガンになるわけではない」理由ですね。たばこを吸うことはただ、複数ある|(と思われる)要因の一つを満たしただけであると。
で、この細胞の変異。私は治癒魔法で自然治癒力を喚起させた場合、起こりやすい、あるいは将来的にほぼ確実に起こるのではないか、と思っています。
この「思っています」はほとんど勘というか、次に説明する「ヘイフリック限界」と連動した根拠の薄い推測、直感の類です。ちょっとだけ、頭の隅にでも留めていただきたかっただけのことなので、こちらは流してくださってかまいませぬ。
自然治癒力を喚起する治癒魔法において、より深刻な問題となるのはこちら。ヘイフリック限界です。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、細胞には分裂の限界数が存在します。これは「テロメア」と呼ばれる染色体の構造によるもので、細胞分裂を繰り返すほどにテロメアは短くなり、やがてテロメアの長さがある一定まで来ると細胞分裂は停止します。これは不可逆的なものであり、この状態を細胞老化、細胞老化に至るまでの分裂回数の限界をヘイフリック限界と呼びます。
このテロメアを伸長する酵素としてテロメラーゼと呼ばれる酵素もありますが、この酵素は人間の細胞では一部を除いて非常に低い活性であるか、あるいはそもそもテロメラーゼ自体が存在していません。つまり、わずかな例外を除き、人間の細胞にはヘイフリック限界が存在します。
つまり、細胞を分裂させて創をふさぐ治癒魔法にも、限界が存在するのです。
ただ、細胞老化と個体の老化の間に関連性があるかどうかはまだ議論している最中で、結論は出ていません。バンバン治癒魔法を使っていたからと言ってその個体がみるみるうちに老化する、というわけではないらしいです。
しかしそうやって細胞を正規の手段ではない方法で分裂させる治癒魔法を使用するならば――先に述べた悪性腫瘍化、というのが現実味を帯びてきます。なぜならば、細胞老化はそもそも細胞の悪性腫瘍化を防ぐためのものではないかと言われているからです。
詳しい説明は省かせていただきますが、テロメアが「ある一定」まで来ると細胞分裂が停止し、「完全に」なくなるまで細胞分裂をしない理由はDNAの劣化によるガン化を避けるためだろうというのが通説です。治癒魔法によって無理に細胞分裂を行うなら……テロメアが一定以上まで短くなって細胞老化を起こすか、アポトーシスか、さもなければ無理に細胞分裂を行ったことによって悪性腫瘍化するか。どれにしても最終的に治癒魔法は限界を迎えるわけです。
ちなみに、人間の細胞の中でテロメラーゼが活性を示す細胞ですが、がん細胞も含まれます。つまるところ悪性腫瘍化すると細胞老化やアポトーシスを迎えることなく無限増殖するわけです。あるいはだからこそ悪性腫瘍なのでしょうが、ぞっとしませんね……。
さて、長かったですが①の結論。治癒魔法=自然治癒力の向上の場合、四肢切断はほぼ治癒不可能。それどころかヘイフリック限界をどうにかしない限り、治癒魔法にはがんになる確率を上昇させる可能性がある。
②魔法によって創自体をなかったことにする場合
この場合、四肢切断は治るでしょうか。
私の結論。はい、治ります。なぜかと言えば至極簡単。これは一種の時間の巻き戻しであると考えられるからです。失った部位が腕だろうが足だろうが極端な話内臓だろうが、起点までさかのぼれるなら治ります。
この場合は悪性腫瘍化やヘイフリック限界など、前述の問題点はほぼスルーできます。ただ、新たな問題点が一つ生まれます。
時の巻き戻し。
要するに、これって疑似的な不老不死の魔法ではありませんか? ということです。
時を「止める」ことができなくとも、生体の時を「巻き戻す」効果はあるわけです。しかもそれが創や傷だけに限られるとはとても思えない。魔力を多く使う、使い手が限られる。そのような限定をつけたとしても、その魔法が使える存在がいるのなら、おそらく権力者が囲い込みを行うでしょう。老化しても、する前まで「巻き戻せる」のですから。
こちらの治癒魔法の設定で行く方はその辺に留意が必要ですね。創傷を負ってから十数秒以内じゃないと無理、とか。
①に比べて非常に短いですが、②の結論。治癒魔法=創をなかったことにする場合、四肢切断は治ります。ただし、制限時間を過ぎていないとか、そのあたりの注意は必要かもしれませんが。
では、以上で『「魔力」で「四肢切断」は治るか?』を終わらせたく思います。
骨折とか、そもそも「魔力」の定義とか、もうちょっと深く切り込んでみたかったのですが、今回はここまでに。これらについてはまた後日、投下させていただきますので。
この話に対しての意見・反論・批評などは随時受け付けております。「ここちょっと変」や、「いやいやこうなんじゃないの?」などのご指摘がございましたらぜひぜひ教えてくださいませ。
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最後までお付き合いいただきありがとうございました。
それでは、また。