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恋に効く薬って、ある?

 

 彼は黄昏時(たそがれどき)にだけ現れる。丁度高校が終わる刻限(じかん)なのだろう。

 どこかぼんやりした子供みたいな少年は、調剤の受付台に突っ伏す様にして欲求を口にする。

「アメ、ちょうだい」

 此処は病院等から処方箋を受け調剤も行うドラッグストアであり、日用品や菓子等の商品も扱っている。

 ――白衣……お姉さん、医者? 車で吐かない薬、無い?

 それが薬剤師である彼女と中学生だった彼との出会い。修学旅行で乗り物酔いに備えて薬を求めに来たのだ。

 ついでだと五百円分のおやつを駄菓子で山の様に買って帰った。寧ろそのおまけの方が熱が入っていた様に見えたが。

 酔わなかったよ~、と土産のちんすこう片手に報告に来て以来、帰り道に寄っては駄菓子コーナーで菓子を大量に買って行く。

 だが、小遣いには限りがある。月末になると彼の(ふところ)(とぼ)しくなり、調剤の際にサービスで配っているのどアメを目当てにこうしてねだりに来るのだ。

「昨日もやったろう」

「……一コしかくれなかった」

「毎日ねだりに来るな」

 「くれないの?」と捨てられて雨に打たれた子犬の様に悲しげな目をする子供に、ずるいな、と彼女は溜息を吐く。

「本来、薬を買う客に配る物なんだぞ?」

 買い物客の子供にも配っている。子供には違いないか、と彼女は彼の手のひらにアメを乗せてやる。

 彼は薬と(つぶや)いて彼女の白衣の(そで)(つま)み、立ち上がる。いつも見上げて来る彼との視線の位置が逆になり、彼女が彼を見上げる形になる。アメが二人の手の間をすり抜けて落ちた。

「ねえ、恋に効く薬ってある?」

 アメに手を伸ばしたまま彼女は動きを止める。目の前の子供が一瞬男の目をした様に見えて、戸惑ったのだ。

 台の上に落ちたアメが跳ねて乾いた音を立てて転がる。それを目で追ってから顔を上げると、彼はまだ彼女を見ていた。あんなに欲しがっていたアメにも目をくれず、彼女の答えを待っている。

 まるで、告白の答えでも待つ様に。

 いや、まさかな、と彼女はそれを否定する。

 あのいつもどこかぼんやりした危なっかしい子供が、とうとう恋なんてものに悩まされる様になったのか。年を取るわけだな、と自嘲して、彼女は子供をあやすようなかおで首を振った。

「うちは薬を売ってはいるが、恋に効く薬は無いよ。当たって砕けるか、報われるか。砕けた恋は、次の恋の肥料になる」

 それだけだ、と。

 彼は、眉を寄せる。

「……それで(かわ)したつもり?」

 彼女の手首を(つか)んで、彼は少し身を乗り出して彼女を見()える。

「大人ってズルいよね」

 おっとりした喋り方はそのままなのに、常のぼんやりした様子はない。

 真剣な目をしている。

 状況、というか流れを考えると、どうやら、彼はあれで真剣に恋の告白をしたつもりであるらしい。

 一瞬勘違いし掛けた己を正した彼女だが、どうやら勘違いではなかった様だ。しかしあれで解れとは随分な無茶振りではないのか、と彼女は額を押さえた。

「そうだな。君はまだ子供だ。もっとよく考えろ。他にふさわしい相手が現れるかも知れないだろう」

「子供だからとかでフられるの意味解んない」

 迷子みたいな目をする。子供だってズルいだろう。大人だって見た目程大人じゃない。

 だが、彼の考えが幼い事はわかる。子供の恋だと。

 ただの勘違いかも知れない。その内他かの相手を見付けるかも知れない。

 ふと子供は何かに気付いた様に(またた)いた。

「……大人になったら、考えてくれる、ってコト……?」

 ポジティブな子供はこてんと首を(かし)げた。手遊(てすさ)びに掴んだ手を揺すってぷらぷら振ってみせる。

 その理屈と仕草に、やはり、幼いな、と彼女は思う。

「ああ、大人になっても君がまだ私を好きだったら、その時は考えよう」

 子供(だま)しで実に陳腐(ちんぷ)台詞(せりふ)だなと思いつつ、彼女はそう口にする。

「じゃあ、大人になったら」

 子犬みたいな目で彼は(うなず)いた。そうして満足した様にあっさり彼女の手を放して店を出て行った。

 大人になったら、に続く言葉にされなかった台詞が気になる。ちゃんと彼女の台詞を聞いていたのだろうか。彼女は、考える、と言ったのだが。付き合うとは言っていない。何だかモヤッとする胸の内を抱えたままいつの間にか大きくなった背を見送って、彼女は受付台に転がるアメに気付く。

 忘れて出て行った様だ。

 アメを摘まんで、本当に何だったのだろう、と彼女は溜息を吐く。

 取り敢えず、客や同僚が居なくて良かった。

 自動ドアが開いた音に気持ちを切り替えて、「いらっしゃいませ」と彼女は顔を上げる。

「……忘れ物を取りに来たのか?」

 戻って来た子供は「忘れ物?」と不思議そうに首をこてんと傾げ、それから、頷いた。

「ん~、……多分そう」

 それ程菓子が好きか。仕方がないなと苦笑して、彼女は彼が伸ばして来た手にアメを差し出した。

 

 

「え、お前進路もう決めたの? 絶対『光合成して生きる~』とか言うと思ってたわ」

「バカにしてる……」

「だって、お前中学の修学旅行で一人迷子になってたじゃん。あんな見晴らし良い岬で。そんで取り残されてふて寝してたろ。一人足りないって気付いた先生がタクシーで迎えに言ったらお前言ったんじゃん。『光合成してた』って」

「だって光合成してたもん」

「男が『もん』とか言うな。……で? 何、お前光合成以外に何かしたいコトでも出来たワケ?」

「薬剤師」

「あー……まあ学年首席だし、お前ならなれんじゃね? ってか、それってアレ? お前が通ってるドラッグストアの薬剤師さんに憧れてー、みたいな?」

「子供の本気、見せてやる。……勉強教えて貰う口実で休日会う約束取り付けたり出来るし」

「一応考えてはいるわけだ。ん? 本気って何。子供とは付き合えないってフられたとか?」

「フられてないもん。……でも、ライバルになったら、対等に見てくれるかも、って」

「告白したのかよ! マジで? ……お前すげえわ。ちょっと見直した」

「やっぱりバカにしてる」

「してねえって。フられてもメゲないとかオレ真似できねえよ。ヘコむわ」

「大人になったらって言ったもん」

「だから『もん』はよせって。余計子供っぽいっつーの。にしても、そこまで入れ込むくらい美人なわけ?」

「ん~……ふわふわしたワタアメみたいなひと」

「ぶふっ。せめて人間に例えろよ」

「舐めても消えない、ワタアメ」

「ナメるってお前、その表現もどーよ……え、お前、その写真、」

「約束の、前払い」

「絶対これ不意打ちだろ! 美人さん、ちょービックリしてんじゃん! 何ちゅーとかしちゃってんの!?」

「ほっぺだもん」

「ほっぺでも! 合意、大事! 女ってのは昔の事を根に持つ生き物なんだぞ? 喧嘩の度にこっちが忘れた様な幼稚園時代のやんちゃ持ち出されて、もうホントあれ止めて欲しい……」

「ゆっちー、何やったの?」

「幼馴染ってのは色々あるんだよ……色々な」

「じゃあ、今度から合意もぎ取る」

「……合意は得るもんであってもぎ取るもんじゃねぇ」

「約束、形にして残さないと、逃げられる」

「勝手にちゅーした上に写真に残す方が逃げられるわ。謝って来い」

「怒られたけど、結局子供だから仕方ないって納得してた」

「やっぱ怒られてんじゃん……だが、そりゃ複雑だな。ま、(もう)けもんって思っとけ」

「頑張る」

「手ェ握るくらいにしとけよ?」

「……うん」

「解ってんのか?」

「わかってる。取り敢えず、手握りに行く。じゃ。また明日」

「……ダメだあいつ。解ってねぇ」


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