夕焼け映える君
文化祭用に作ったやつです。恋愛物は初めてなのでおかしいところがあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。
「ねぇ、翼君」
「……何ですか篁先輩」
「そこは詩織って言ってよ」
「……」
俺こと佐藤翼は現在、篁詩織と俺のクラス――高校2年C組――で話している……と言うよりは束縛されている。
別に篁詩織のことは嫌いではない。ただ、あまり近寄りたくないのだ。
俺のポリシーは楽に生きていきたい、だ。そのためあまり厄介ごとは避けたいが、彼女の傍に居ると厄介事が降ってくる。
ここで、篁詩織について少し紹介しよう。
彼女は、俺より一つ上の高校3年生で、成績優秀、容姿端麗おまけに料理もできるとまさに完璧。その上性格も――俺に対してを除き――とても良いのだ。
ここまで来れば何となく想像はできるだろう。
学校のアイドルと言っても過言ではない彼女と、そこらへんに居る冴えない唯の男子が仲良く――少なくとも俺は思ってはいないが――話しているのだ。そもそも、俺が去年彼女とあのような出会い方をしなければ間違ってもこの様に話したりはしないだろう。
さっきから嫉妬や妬みの視線が痛い。もし視線に実体があったなら、今頃ハリネズミ状態になっていても可笑しくないだろう。
「……もう! 無視しないでよ」
「……すまん」
「で、今週の日曜日に最近できた遊園地にデートに行かない?」
明らかにデートの部分を強調して言う彼女。
その言葉に反応し血涙を流しながらも睨んで来る男子諸君。本当に怖いから睨まないで。それとそこの女子、変に騒がないでくれ。
俺が周りの対応にウンザリしていると、彼女は「クスクス」と笑う。その姿は様になっており、つい見とれながらうなずいてしまった。
●
俺と彼女の出会いは去年の秋頃、下校途中に不良に絡まれている彼女を見かけ、助けたのが切欠だ。その時何かボソボソと呟いていたが、全く興味がなかったので聞き流していた。それからクラスと名前を尋ねられたから正直に答えた結果、翌日からほぼ毎日俺のクラスに来ては色々話したりする関係となった。
その時彼女は、昔も一度会った事があると言っていたが、それは何時だったか覚えていない。少なくとも彼女の言い方からして中学の頃に顔を合わせている筈だ。それだけは断言できる。が、その何時かが、そしてどんな場面で出会ったのか思い出せない。
そうそう、この学校――桜花高等学校――は中学から大学までエスカレーター式に上がれる学校で、俺は高校からの編入組だ。余談だが彼女は中学のころから居るそうだ。
俺が中学の頃は碌な事をせず、喧嘩に明け暮れていた。両親は家にあまり居らず、家では大体俺一人。なので夜遊びをしても怒られる事はなかった。
今思えばあの時ちゃんとしていればよかったなと少し後悔している。
●
そして数日たち、約束のデートの日になった。
待ち合わせは地元の駅だ。待たせると悪いから30分ほど前に着くように調節する。
俺は厄介ごとは嫌いだが、約束を破るのはもっと嫌いだ。
そんなわけで駅に着いたのだが、彼女はガラの悪いチンピラたちに囲まれていた。
「なぁ、ねーちゃん。少し楽しいことしようや」
「結構です。待ってる人がいるので」
「そんな事言わずにさ、俺たちのほうが何倍も楽しいからさ」
……見ていてイライラする。見るからに4人。他に仲間は居ないらしい。
その事を確認した俺はすぐさま近くに居たやつを引っ張り倒す。
「先輩、行きますよ」
「んだよテメェは!」
「調子に乗ってんじゃねーぞゴラ!」
「調子に乗ってるのはどっちなんですか? 明らかにあなた達のほうが悪いじゃないですか」
「知るか! ……やるぞお前ら!!」
なんだか雲行きが怪しくなってきたな……不本意だがやるしかないのか……。
●
「まぁ、こんなもんかな?」
数分後、足元には倒れ付したチンピラがいた。
「ちょっと早く着すぎたけどもう行こうか」
「そ、そうだね」
チンピラたちを放置して電車に乗り込む。
「それにしてもさっきは凄かったね」
「別にそうでもないよ」
こういう風に褒められるとうれしい様な、ちょっと複雑な気持ちになる。……実際少し後ろめたい事があったから何とも言えないが。
「あ、そうだ」
「ん? どうした?」
「今日一日私の事詩織って呼んで」
「……え?」
「だから、今日は詩織って呼んで。私も翼って呼ぶから」
拒否権は無いように思える。事実現在進行形でつま先に彼女のヒールの部分が当たっているのだ。これは軽い脅迫だ。
……だけど今日だけは良いのかもしれない。それが彼女の望みなら。
「し、詩織……こんなんでいいか……?」
少し気恥ずかしくなってしまったが、何とか言えた。
「……」
「あれ? もしかしてダメだった……?」
「あ、違う違う! 行き成りだったから少し驚いただけなの……」
それからしばらく、あまりの気恥ずかしさによりしばらく無言になってしまった。
●
目的地に近づいてくると、周りには家族連れの人や、カップルが増えてきた。
こうして見ると、俺と詩織がカップルに見えなくもないように感じる。
「なんか私たちカップルみたいだね」
詩織が俺と同じことを思っていたらしい。
「そうだな」
「もう、何か反応したらどうなの!?」
いかにも怒ってますよと詩織がアピールするが如く頬わ膨らませる。
そのいつもと違う態度に思わず微笑んでしまう。
それを見て馬鹿にされたと勘違いしたらしい詩織は
「ニタニタしないでよ」
「ニタニタじゃない。ニコニコだ」
「どっちも似たようなもんじゃん!」
……偶にはこう言うのも良いのかもしれないな。
●
「うわぁ……大きいねー」
目的地の遊園地に着いた。
最近出来たばかりだからなのか、人が多い。
逸れて迷子にならなければいいけど……
「あんまし離れすぎるなよ」
「分かってますよーだ」
分かってるならそれでいいが。
「それより早くチケット買いに行こうか」
「こんなこともあろうかと、実は前売り券を買いいていました!」
用意がいいんだな。
と言うより前売り券はかなり入手困難だったはず。
「親に頼んで買ってもらったんだ」
そうですか。
「うん? 詩織の親って何やってんだ?」
「うーん、内緒。これからもずっと一緒にいてくれたら分かるかもしれないけど」
それじゃ分からないだろと、内心思ってしまったのはしょうがないだろう。
『これより開園いたします。前の方を押さずに走らずご入園ください』
おっと、もう開園か。
逸れないように詩織の手を握る。
「えっ?」
「こんなに混んでるんだ。逸れたら多分会えなくなるぞ」
「……」
何故か詩織は頬を膨らませているが、俺が何かやっただろうか?
「別になんともありませんーだ!」
……なら良いんだけどな。
●
「さて、中に入ったわけだが……」
「どうかしたの?」
「いきなりクライマックスに行くのは良くないと思うんだ」
今俺と詩織が並んでいる列はジェットコースターだ
ただそれだけ聞くと普通じゃんとか思うかもしれないが、このジェットコースター全長3014m、最高時速240km/h、落差130mと全てにおいて世界最高記録を更新しているやつだ。因みにキャッチフレーズは『最初からクライマックスだぜ!!』
どこぞのライダーだよ!? と突っ込んでしまったのは俺だけではない筈だ。
「あれぇ? まさか怖いの~?」
「怖くは無いんだが、最初から飛ばしすぎだろ」
「そうかな?」
そうしている内に俺たちの番になった。
やべ、腹痛くなってきた……。
「あれ? 何か顔が強張ってるけど。もしかして緊張してる?」
「普通乗るときは緊張するもんだろ。それより緊張どころかリラックスしているお前の神経がすごいよ……」
いつもの笑みを浮かべている詩織が羨ましい。
『安全バーが降りていることを確認してください』
アナウンスが流れた。
俺はこれでもか! と言うぐらい締める。
『それでは良い一時を!』
その直後、ガコンッと音と共に動き出した。
ジェットコースターがどんどん昇っていく。
暫くして、ようやく頂上へついたと思った瞬間
「うおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?」
いきなりの落下に対処できず、変な叫び声をあげてしまう。
腕は手すりに強く掴まり、足は思いっきり踏ん張るというなんとも惨めな格好をしながら落ちていく。
隣では詩織が腕を上げながらはしゃいでいた。
……本当に人間か?
そう思った瞬間、今度は一回転。そして回りながら落下、果てには水中にダイブetc……。
最後の方は叫ぶ力も無くなりただ為すがままに振られていった……。
●
「も……もう無理……」
だらしないと分かっているが、近くのベンチで愚だって居ると、急に頬に冷たい物が触れ「うひゃっ!?」と訳の分からない叫び声をあげてしまった。慌てて振り向くと詩織が「クスクス」と笑いながら缶の飲み物を差し出してきた。
「……何笑ってんだよ」
少し不機嫌そうな声色で詩織から缶の飲み物を貰う。
「翼が余りにも面白いからつい、ね」
「むぅ……」
何とも言えなくなりムスッと黙ってしまう。
「それより次如何する?」
「う~ん……」
時計を見ると11時を回っていた。
「ちょっと早めの飯にするか。その方が並ばなくても済むだろ?」
「そうね……じゃあ、そうしましょうか」
●
昼飯を食べた後、ゴーカートや、コーヒーカップなどに乗って楽しんだ。ゴーカートは普通に走るものと、何人かとレースをする物が有り、詩織と二人でレースのほうに行った。結果は俺が2位で詩織が3位、詩織が意外に早くビックリしたのは良い思い出だ。
そして、時刻は午後5時半を回り、太陽が地平線に落ちようとする時刻、詩織が最後に乗りたいと言った観覧車に乗った。
「夕日が綺麗だな」
「……そうね」
こうやって今日1日を振り返ってみると、意外に有意義な1日じゃないだろうか。
確かに、初めは面倒臭かったが、徐々にその思いも無くなり、純粋に楽しんでいる自分にビックリした位だ。
その余韻を楽しむように詩織に話しかけるが、どうも反応が悪い。
「大丈夫か? 何か顔も赤いし熱でも有るんじゃないか?」
そう言い、詩織の額に掌を当てる。うん、熱い。
何故か詩織は慌てているが、今日一日こんな反応が偶に有ったからもう慣れた。
「熱いな……無理して乗ることも無かったんじゃないか?」
「ううん、違うの……」
何か言いたそうな、でも言えない。
そんな感じの反応に俺は如何したら良いのか悩む。
「ね、ねえ翼」
「ん? 何?」
「……私たちが最初に会った時の事覚えてる?」
俺と詩織が初めって会った時の事……?
……駄目だ思い出せない。
「その表情だと思い出せないみたいね」
「うっ……」
言葉に詰まると詩織は「クスクス」と笑う。
「翼って考えが直ぐ顔に出るのね」
何だか気恥ずかしくなり視線を足元に向ける。
「そうね……初めて会ったのは今から3年前の冬だったわ」
3年前の冬、俺が中2の頃。その時期俺は最も荒れていた。
学校にも行かず殴り合いの日々。そしてある日、一人の女性が複数の男に絡まれていた為、助けると言う名の憂さ晴らしをした。結局殴り合いには勝ったが、数の差は大きく、全身ボロボロになり血も少しだが流れた。そんな俺に絡まれていた女性は近づき手当てをしてくれた。その女性は桜花中学の制服を着ていたのは覚えているが、それ以外の事は覚えていない。
……まさか、あの時の女性が詩織だったのか?
「そうよ。私はあの時に翼、あなたに助けられたの」
そう言い詩織は手持ちバックの中から赤い生徒手帳――俺の中学の物だ――を取り出した。
「あなたの名前と学校は分かったけど住所が分からなくてね……」
「そうだったんか……」
生徒手帳は有ってない様な物だし別に困らかったが……てか今気が付いたし。
「それに去年の事覚えている?」
「去年? 不良に絡まれていたやつか?」
「そう、あの時少し面影が残っていてそうじゃないかな? って思ったから念の為に名前を確認してみたら見事翼だったって訳」
「そ、そうなんだ……てか、あの時と全く違う気がするんだけど!?」
「それは私だって色々頑張ったんだよ!」
3年前、助けた女性は眼鏡をかけて全体的に暗い感じだった。それが今では眼鏡はしていないわ、全体的に明るくなっているわで全く気がつかなかった。てか気が付いた方が可笑しいと思うのは俺だけじゃないはず。
「それで翼に伝えたい事があるんだけど……」
「な、何?」
観覧車はそろそろ天辺に着こうとしている。普通なら直ぐに着いちゃうだろうが、今は水飴の中に居るようにドロリと時が経つのが遅く感じる。
「……」
「……」
心臓が物凄い勢いで脈打つ。直ぐ近くに居る詩織に聞えてしまうのではないかと思うほど鼓動がドクドクと鳴り響く。
詩織は決心した様に一度、二度と小さく頷く。
「……翼君、私は始めて貴方と会った時から――
――好きでした」
その時、夕日が彼女の背中で輝いた。俺はその美しい光景にしばらく言葉を失った。