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プロローグ

 紫色の空。


 真っ赤な月。


 どんよりとした陰気で肌に張りつくような不快な空気。


 大きな都市の中央に位置する暗黒のような黒い巨大な城。


 都市の名は魔王領。


 城の名は魔王城。


 そう。物語などでお馴染み、あの魔王が住んでいる場所だ。


 その魔王の本拠地、魔王城に俺はいた。


 魔王城の最上階。広い空間の丁度中央に豪華な血のように紅い絨毯が敷かれ、両側に黄金の蝋燭台。その先には人間をはるかに超えるサイズの玉座が鎮座していた。


 そして、蝋燭台に灯った青い炎の明かりに浮かび上がるのは、玉座に座って高い位置からこちらを見下ろしている山羊のような頭をしている全長5メートル軽く超えてるだろう巨人。


 一見すると人間の体に見えるが、その体の表面は黒い毛に覆われ、盛り上がった筋肉に、人間をはるかに超える巨大さと、視線だけで生き物を殺してしまえるだろうギラギラした真っ赤な瞳。体からにじみ出ている殺気と禍々しいオーラは魔王と呼ばれることだけはあった。


 魔王はゆっくりと椅子から立ち上がる。


 こちらを睨み、嬉しそうに笑みを浮かべ、何もない空間から10メートルはあろうかという大剣を取り出した。


 装飾の施された巨大な大剣。刀身の中央に紅色の宝石がはめ込まれた大剣だった。


 俺も背中から長剣を抜いて半身に構える。


 こちらの長剣は1,5メートルほどの美しい黄金の剣。さらにいう白いフルプレートの鎧と兜を装備していた。


 魔王から禍々しい黒いオーラが、俺からは白いオーラが溢れ出て巨大な魔王城を……いや、大地を揺らした。


 たった2人……。


 1人は人間なのに……。


 大地を揺らし、特に何もしていないのにオーラを解放しただけで頑丈そうな石でできた床や壁にヒビを入れ、蝋燭台の青い炎を消し去った。


 さらに力を解放しながら俺は笑みを浮かべる。


 俺は種族でいえば『人間』だが、普通(ただ)の人間ではなかった。


 魔王を倒し世界を平和にするという目的のために、俺は数えきれないほどの魔物や魔獣を駆逐し、様々なダンジョンに挑み、様々な技能を覚え、力を蓄え、もはや人間を超えた存在となったんだ。


 そして、おそらくこれが俺の最後の戦いだろう。


 『勇者』となった俺の最後の……。


 魔王は衝撃波を発生させながら大声で叫ぶ。


「来るがいい勇者よ! おまえの全てを持って俺を殺してみせよ!」


 聖なる長剣【エクスカリバー】で衝撃波を切り裂き、魔王へ切りかかりながら俺も大声で叫ぶ。


「俺の全てをかけて倒させてもらうぞ魔王!」


 人類の希望、勇者となった俺と、魔を統べる王、人類の敵である魔王との死闘が始まった――。











「……はぁはぁっ、……はぁはぁ……はっ!」


 魔王城の最上階で俺は歓喜に震えていた。


 俺の目の前には首がなくなった魔王であった者の死体。


 遠くに飛んだ頭、真っ赤な目は光を失い魂がなくなり完全に死亡したことが一目でうかがえた。


 そう……勇者である俺が魔王に打ち勝ったのだ!


 フルプレートの白銀の鎧と兜はボロボロ、聖剣エクスカリバーは真ん中からへし折れ、体のあちこちに大きな傷ができ、地面に血溜まりができ、俺はいまにでも死にそうだったが、目的を達成できた喜びを感じていた!


 笑みがこぼれ、涙が溢れる。


 やっと……! やっと俺の戦いが終わった!


 『勇者』という称号を得てしまい魔王討伐を人類から強制された俺の戦いが終わったのだ!


「これで……終わり……か」


 魔王であった者の死体に確認するようにつぶやく。


 そして魔王との戦闘でギリギリまで消耗した最後の魔力を使い瞬間移動の魔法を発動させて魔王城から離脱しようとしたその瞬間――。


「どこへ行くつもりだ?」


 魔王の死体……戦いの余波でボロボロになった玉座の裏から女が現れた。


「――っ」


 俺は女の容姿に目を奪われた……。


 床にとどかんばかりの紫色の長い髪、ふっくらした唇に、整った鼻筋、気の強そうなつり目で紅い瞳。


 大きな胸に、くびれた腰と、小さく丸い尻……。


 ものすごく美しい女だったが、俺は彼女の頭にあるものを発見し体を強張らせた。


「つ、角……!?」


 そう。人間でないことを主張しているような両側の側頭部から生えた短い山羊のような角を発見したのだ。


 その女は男を惑わすような笑みを浮かべながら近づいてくる。


「うふふっ、まさか父さまを倒すような人間が存在しているなんて思わなかったわ」


 お父さま……!? ま、魔王の娘なのか!?


 彼女は口もとに手をあててクスリと笑いながら異空間から杖を取り出した。大きな紅い宝石が先端にはめられた杖だった。


「――っ!」


 俺は彼女が取り出した杖の恐ろしさにすぐに気がついた。


 杖の材質は分からないが、杖の先端にはめ込まれていた紅い宝石は魔王の剣にはめ込まれていた物と同一の賢者の石……。


 多くの生命を生贄に精製される等価交換の原則を無視して力を行使できるという宝物だった。


 さらに彼女から感じる禍々しいオーラは魔王のそれ……。


 長年の経験が全てを理解し、冷静な判断を下した……。


 俺はここで死ぬと……。


 自分の死を否定したいが、俺の冷静な部分が冷酷に告げていた。


 現に先ほどから隙を窺い魔王城から脱出しようとしたが、魔王の娘に隙などまったくない。


 魔王との死闘で瀕死である俺は逃げる事など不可能……。


 瀕死である俺が魔王の娘に対抗し討ち取るなど不可能……。


 完全な敗北。


 戦う前から俺の敗北は決定していた。


「……うっ!」


 俺は口から血を吐き出し、後方に仰向けで倒れた……。


 床に溜まっていた自分の血が服に張り付き、鼻と口に血の臭いと味が広がる。


 体にまったく力が入らない……。


 視界がぼやけ、意識が薄くなっていく……。


 血を流しすぎた所為だろう……。


 魔力が空っぽになった所為だろう……。


 気力が尽きた所為だろう……。


 いくらでも敗北した理由がでてきた……。


「うふふ……、あなた……おもしろい………ね。……殺す……じゃ……た……ない……、私が………………させてあげる」


 女は男を虜にするような笑みを浮かべながら何かを話していたが、もう俺にはきちんと聞くことも出来ない……。


 どんどん狭く、闇に包まれていく視界に最後に映ったものは賢者の石が放つ紅い光と、そのうしろで嬉しそうな表情を浮かべている魔王の娘の顔だった……。











 そして次に目を覚ました俺は――。


 緑色の軟体の魔物……。


 戦いの初心者達の戦闘訓練用の雑魚。


 子供にすら負けるかもしれない最低級の魔物。


 スライムになっていた……!


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