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追憶の雨(3)

 曇天の下、バリー達『万屋』一行は、ティールズの街に辿り着いた。

 街から微かに香る潮の匂いに、ティアは目を細めた。

「ん~。いい街だな。魚がうまそうだ」

 バリーが街を見回して、満足げに頷いた。これから後ろ暗い仕事をこなすようにはとてもではないが見えなかった。

「まずは下調べ、だな。……うし、ティア。お前ちょっと見て来い」

 軽い調子のまま、バリーは事も無げに言った。

「標的は分かってんな?」

「……ティールズの領主・ブラント家だろう。……分かっている」

 あっさりと応え、ティアはバリーの横をすり抜け、ティールズの街に入った。仲間たちの気配が、街の出入り口から離れていったのを感じた。大人数で宿を取れば、それだけ目立つ。目立てばそれだけ足も着きやすくなってしまうし、何より行動が制限されてしまう。だから、こういった組織総出の依頼では、街や村の近くにある森や洞窟に簡易的なアジトを設置し、そこに潜むのが常だった。

 ティアは大通りを黙々と歩いていたが、やがてその足取りはゆっくりとなり、そして街の中央部まで来た時、止まってしまった。

「……ブラント家」

 いつもは綺麗に感情の押し隠されたティアの赤い瞳が、微かに揺れた。

 だが、心をざわめかせるこの感情が何なのか、ティアには分からなかった。

 ティアは雑念を振り払うかのように頭を左右に振り、再び歩き出した。

 命じられた偵察をしなければ。

 だが、ブラント家へ向かう足取りは、いつもの数倍は重かった。

「……どうしたというんだ。私は……」

 そう呟きつつも、体は無意識のうちに仕事モードに切り替わっていたから不思議だ。標的のいる屋敷に到着するしばらく前から気配を消して歩いていた。屋敷に辿り着いたティアは、立派な建物を仰ぎ見た。

「……凄い屋敷だな」

 そのまま塀に沿って歩き、屋敷の周りを一周し、塀の側に生える一本の大きな木に注目をした。屋敷からは若干離れているが、この位置にある木からならば、庭一面と屋敷が見渡せるはずだ。

 ティアは視線の動きと感覚で、周囲の気配を探り、誰もこちらを見ていないことを確認すると、ふっと猫のように身体を沈ませた。強く地面を蹴り、あっという間に大木の枝の中に身を隠した。

 するりと移動し、庭と屋敷が見渡せる枝に陣取ると、気配を殺したまま、庭を見下ろした。

 屋敷のウッドデッキに設置された椅子に腰掛けた身なりの良い中年男性と中年女性が、庭を見て微笑んでいた。

 その視線の先に、庭で遊びまわる二つの影があった。

 一つの影は十歳前後の少年。ティアによく似た、けれどもティアよりも確実に感情豊かな面差しが、楽しそうに笑って、もう一つの影に抱きついた。そのもう一つの人影は、幼いながらも整った顔立ちの、金髪碧眼の少年だった。金髪の少年は微かに微笑んで、抱きついてきた少年を受け止めた。

 幸せな、家族の姿だった。

 ティアの心に動揺が走った。だが、彼女には自分が何に動揺したのか分からなかった。困惑が更なる動揺を生み、ティアの消していたはずの気配が微かに乱れた。とは言っても、常人では彼女の気配に全く気付かないレベルでの話だ。

 しかし、金髪の少年が何かに気付いたかのように視線を上げ、ティアの潜む方向に顔を向けた。

「……!?」

 ティアは驚愕に目を丸くした。だが、今度はその感情が理解できた分、先程とは違い、気配のコントロールを誤るようなことはなかった。

 こちらからはむこうが丸見えだが、むこうからはこちらは死角になって見えない、そんな場所を選んで潜んでいるのだから、これ以上失態を犯さない限りは大丈夫であるはずだ。

 金髪の少年はしばらくこちらを見ていたが、ティアによく似た少年に声をかけられると、そちらを見て笑った。

 金髪の少年がこちらを伺うことは、それきりなかった。

 あの少年がこちらを見たのは偶然かもしれないと、普通ならばそう思うのだろう。気配を消したティアの存在を察知することなど、常人に出来るはずがなかった。

 だが、長年この仕事に携わり、幾度も危ない橋を渡ってきたティアの直感は、警鐘を鳴らしていた。

 偶然ではない。あの男は気付いている、と。

「……確認したほうがよさそうだ」

 あの少年の力量を見極めなければ、任務の遂行に支障をきたす恐れがあった。

 一同が屋敷に入っていくのを見届けたティアは、気配を感じさせない猫のような動きで枝を伝い、地面に降りた。

 そのまま塀に沿って歩き、屋敷と塀との距離が一番近い地点で立ち止まり、壁に身体を預けた。

 そして、そのまま意識を屋敷に向けた。

 少々危険はあるが、これにあの男が気付くか否かがある程度の指標になるのだ。

 気付かなければ、任務は支障なく遂行できるだろうが気付けば、何らかの対策を採る必要がある。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、ティアはゆっくりとまぶたを下ろした。

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