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悲しみの雨(2)

 しばらくの間、どちらもしゃべらなかった。吹き抜ける冷たい風に、リュカはぶるりと震え、塀の向こうに寒くないか尋ねようと口を開きかけたが、声を発したのは向こうが先だった。

「……幸せ、なのだろうか? そんな生き方は」

 その問いに、リュカは小さく目を見開いた。

「……どうなんだろう? そもそも、幸せの定義って曖昧だし」

 不幸じゃなかったら、幸せなのか。それともそれ以上があるのか。リュカに答えは出せない問題だ。

「そうかもな。……お前はどう思う? この一家は、幸せか?」

 リュカは、目を閉じてブラント家の一族の顔を思い浮かべた。

「……少なくとも、笑ってるよ。知ってるでしょ? 一週間、見てきたんだから」

「……」

「悲しいことがあったかもしれないし、その後悔を一生背負って生きていくのかもしれない。それは辛くて苦しいことなのかもしれない。……でも、それが不幸とは限らないかもしれない。……守りたかった領民が元気で、街も発展してて。フェリスが元気に笑ってて。……その場にもう一人いたらなって思えば悲しいかもしれないけど……でも、そう思うことって不幸なことなのかな?」

 僕はそうは思わないんだけど、と呟いて塀から背を離し、振り返った。塀の向こうを見透かすように見つめ、言葉を紡いだ。

「……君は、どう思う? 『白のヴァルキュリア』……クレール=エディンティア=エッジワース」

 塀の向こうから、ひどく狼狽した声が届いた。

「……気付いて、いたのか?」

「うん。僕、ちょっと色々あって……裏の世界の事情にはちょっと詳しいんだ。それから旦那様のお話と君の言葉を合わせて色々考えて……あとは直感で!」

「大した直感だな」

 塀の向こうから微かに苦笑した気配が伝わった。

 裏の組織『万屋』の『白のヴァルキュリア』が捨て子だったというのは、裏の世界ではかなり有名な話だ。その『白のヴァルキュリア』が白い髪に赤い瞳の十七歳くらいの女性だということも。

 そして、この屋敷を気にする裏の世界の住人と思しき女性の存在。

 赤い瞳に白い髪という組み合わせは、裏の世界を抜きにしても非常に珍しい。

 ならば『白のヴァルキュリア』イコールブラント家の娘セレスティアという公式を立てることもさほど難しいことではなかった。

 彼女が本当に『白のヴァルキュリア』だという確信は持てないままだったが、そこは自身の直感を信じた。結果、間違っていなかったので、まあいいだろうということにしておこうと思った。

「ねえ……君は、知ってたんだよね? ……この家が……その」

 言葉を濁すリュカに、塀の向こうの声が淡々と返ってきた。先程の狼狽がまるで嘘のように、感情を隠した声音だ。

「ああ。自分がこの家の血を持っていることは……知っていた」

「様子を見に来たってことは……この一家が、標的なんだ」

 答えは返らない。依頼の守秘義務は当然だから、答えが返らないのも不思議はない。だが、咄嗟に否定ができないならばこれは肯定したも同然だ。

「僕は……ブラント家を守るよ。助けた以上にお世話になったし、何だかんだで救われたし、大切な人達だから。……君は、どうするの?」

「私は……」

「君は、どうしたいの?」

「……私はっ……」

 それきり彼女は黙り込んでしまった。

 彼女が立ち去ったのは、それからしばらく経った後のことだった。

「……私には、殺せない」

 裏の世界の人間としては失格だろう一言を残して。

 彼女が単独でこの街に来ていると思い込んでいたリュカは、ほっと胸をなでおろした。

 これで悲劇は避けられたと、そう思ったのだ。

 確かに、血の繋がった娘が両親と弟を殺すというひとつの悲劇は、リュカの行動によって避けられた。しかし、これが新たなる悲劇の幕上げとなるとは、リュカには思いもよらなかったのだ。


◇ ◇ ◇


 ティアはティールズの街を一人、歩いていた。

 確信してしまった。迷いが晴れてしまった。自分には、ブラント家の者は殺せない。

 善政を敷いている領主一家。幸せな、しかも己と血の繋がった一家を潰すことなど出来ない。しかも、依頼の理由は恨みなどではなく、単なる妬みだ。

 リュカに残した言葉は、ティアの本音だ。

 だが、どうすればいいというのか。

 ブラント家抹殺の任務はティアの単独任務ではない。彼女一人が降りたところで、支障などないのだ。

 メンバーは躊躇なく殺すだろう。あの一家を。あの、優しい一家を。

 それは嫌だった。

 止めなくてはならない。この任務を。無意味な殺戮を。『万屋』を。ティアの赤い瞳が、次第に悲壮な決意を帯びていった。

 そして、目的もなくどこか呆然と歩いていた彼女の足は、明確な意思を持って動き出した。

 ティアの仲間たちが潜む、森に向かって。

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