デスティニィ号にようこそ◇最初の分岐路
夜風に当たろうと甲板へ出ると、星空を見上げている銀髪の青年を見つけた。
気配を消して近づいても驚く様子がない。さすがは賢者サマ、といったところか。
「なんだジーク、眠れないのか?」
「…まぁな」
つーか、俺はガキじゃねぇお前に違和感があんだよ…。
ジークは内心苦笑し、手すりに寄りかかっているキオウの隣で星空を見上げた。
澄んだ空気。満天の星。波の音が耳に心地よい。
「気持ちいーな」
素直な言葉が出た。
「この時間は星の力が満ちるからな」
「………お前、ほんっとーに賢者か?」
「ああ?」
怪訝なジークの言葉こそが怪訝そうなキオウ。
「賢者ってのは、なんつーか、こう…、優しげなっつーか…落ち着いた言動をするモンじゃねぇのか?」
「なら、俺はフツーじゃねぇんだろ…!」
楽しげに肩をすくめたキオウだが、何故かふいに眉根を寄せた。
虚空から杖を呼び、チカラを操る。
自分達を包むドーム状の何か。軽減する夜風の冷たさと強さ。…結界ってヤツか。
「これから、どーすんの?」
トントンと杖で自分の肩を叩きつつ、キオウがのんびりと訊いてきた。
「このまま一緒に来んの? 来ねぇの?」
「…それを訊きに来たんだ」
ジークはキオウをじろっと見た。
「俺が船に乗る予言をした賢者サマならわかるんだろ? この先、俺がどうするのか」
「また予言しろって?」
「まぁな」
「残念でした」
キオウが額を掻いてため息をついた。とてつもなく嫌そうな顔をしている。
「そりゃ、視ようとすれば視えるさ。
でもな、俺の言葉でお前が自分の今後の行動を決めるなら、俺は何も視たくないし、言いたくもない」
「はぁ? なんだよそれ」
ただ、とキオウは続ける。
「特別にこれだけは言ってやるけどな。この《選択》はお前の《人生》を左右する、かーなり重要な《分岐路》だ。心して選びな。
俺がこんな注意をするなんて珍しいんだぜ、マジで」
「………」
――…なんだ? コイツ、何かを知っていやがる気がする…。
「…。ひとつ、訊くけどな」
「ん?」
「この船の連中は――…全員、お前が?」
「この世界には全てのモノに《運命》と《絶対》ってモンが存在する」
キオウは視線を夜空に戻した。
「《運命》はその魂が最初から持っている《分岐路》だ。《分岐路》を本人がどのように《選択》していくかで《運命》は成り立つ」
「ほーぉ? で?」
「あの連中にも、俺は何も言わなかった」
夜空に顔を向け、キオウが目を伏せる。
「あいつらは自分の意志でここに在る」
「…ふぅん」
「俺自身も俺の《運命》に何があるのか、視ようとは思わない」
だから、キオウにもわからない。
これでいいのか。
このままでいいのか…。
「…ちったぁ賢者っぽい雰囲気も出せるんだな」 ジークの軽口に苦笑するキオウ。
「まっ。自分の未来をホイホイ視ると師匠が口うるせぇ、ってのもあるんだけどな」
「師匠?」
「カタブツだ。あだ名は漬物石。…キレたら天災に匹敵する」
「え」
…付け足された言葉に含まれた重みが半端ない。
硬直したジークに対し、キオウは一笑して空へ向けて大きく息を吐く。
「ま、師匠の説教なんざどーでもいいさ。てめぇが進む《分岐路》はてめぇで決めないとな。てめぇ以外が決めた《選択》は、てめぇの《人生》たぁ呼べないからな」
自分で決めな。
自分が後悔しないと感じる《選択》を――。
キオウはそう言い、自室へと消えていった。
キオウが消えた後もジークはその場で星を眺め、何度も大きなため息をついていた。
…こんな心境は初めてだった。
自分の運命。自分の、人生――。
仕事をして報酬を得る。それは人の営みの中では当たり前の行為。ただ、自分には剣を駆ること以外には何もなくて。
だから…、だから――…。
『それで、お兄さんは納得しているの?』
あの夜…、キオウに言われた言葉に何かが引っかかった自分が、あのとき確かにいた。
『目障りだから』
『邪魔だから』
『気に入らないから』
殺しの依頼者の動機は、大抵がこうだ。この間もそうだった。愛人に裏切られた? 馬鹿じゃねぇか? 勝手なお前の言い分だろうが。
依頼を受けた際に心の中でそう毒づいて――…嫌悪した。
その事実を思い出した。
――こんな考え事が出来る自分を、ジークは初めて知った。
それは、ちょっと嬉しい発見だった。