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故郷を迎える◇青柳の賢者

 再び訪れた静寂。

 その場にいた者達全員の視線は、否応なしに彼へと引き寄せられる。

 ――ただひとり、その父親を抜かしては。

「…お前の見せ場になっているよ、今はね」

 我が子の軽口に優しく苦笑するアゼルス。

「な……」

 女は先ほど聞こえた言葉に耳を疑っていた。

 父上、だと…?

 ハッと目を見開いて青年を見る。

 その銀髪。その碧い目。

 そして、見覚えのある――。

「まさか――!」

 女は思わず後ろへと跳んだ。

「ああ…、そういえば『証拠がない』などと言っていたか」

 我が子の肩に手を置き、アゼルスは女に挑戦的な目線を向ける。

「ここに証人がいる。その顔は…、もう理解しているようだな。

 この子は――…お前がかつて私に殺させようとした、私の大切な唯一無二の愛子(まなご)だ」

「そんなッ…、そんな馬鹿なッ!」

 女はのけぞり、目玉をむいて絶叫した。

「そんなはずがないッ! お前も死んだはずだッ! 12年前、確かに死神はそう言った! お前は冥界へ逝ったと…!」

「死神が気を利かせてそう答えたんだよ。俺はかの死神と親交がある。だがまぁ…、それ以前に死神(ドゥ)はアンタを嫌っていたらしいが。

 アンタは他国でも多くの人を死に追いやっていたそうだな。そんなアンタを、死神(ドゥ)は激しく嫌っているんだよ」

 キオウは言いながら、とてつもなく不機嫌な顔を女に向けていた。

「アンタの負けだ。ここから失せな。そして、二度と俺達の前に現れるな」

「な…ッ」

「さもないと――、今この場でアンタを殺す。死神を喚び、アンタを煉獄へ連行させる。

 ああ…、俺はかの煉極の監督者とも面識がある。この俺が頼めば、アンタはこの世の――いや、次の世の終わりまでずっと苦しむハメになるぜ?」

 キオウは本気だった。心の底から本気だった。

 女は、ギリ…ッ、と歯ぎしりをする。

 若き賢者は目を怒りに染め、もう一度短く言った。

「失せろ」

 まだ若いとはいえ、父親譲りの威厳で堂々とすごまれ、女は悔しげに拳を握る。

 この若造が魔導の心得を持つ者であることは明白。その実力は間違いなく、自分以上――。

 女はギッとキオウを睨みつけた。

 そして――。

「風の精霊! ヤツを切り刻め…ッ!」

 杖を振りかざし、声の限りの叫び。

 だが――…、その言葉とは裏腹に、カマイタチはおろか微風すら起こらない。

 何事が起きたのかわからず、女は唖然と己の杖を見る。

 キオウは笑った。

「ばーか。ショウカの精霊達は全て、俺の支配下に入った。そんなことにも気がつかねぇのかよ。アンタの横暴でめちゃくちゃでチカラまかせな命令には、もう誰も従わねーよ」

「せ…精霊を支配下にだと!?」

 女は目玉をひんむき、食らいつく勢いでキオウを見る。

「『支配下』では語弊があるな…、正しくは『保護下』かな。精霊を顎で使うしかできないアンタが俺を倒すなんて、たとえ生まれ変わったとしても不可能だ。

 ――お、ほら見ろよ。魔力のアテがなくなったからな、アンタが自分にかけてきたまやかしの術が解けていく。憐れなもんだ」

「…っ」

 ――…言われなくとも、わかっていた。

 シラウオの手がシワだらけのそれに、輝く金髪が白く傷んだそれへと戻っていく…。

 ――元の醜い老婆に戻った女は小刻みに震え、飛び出した目玉でキオウを見ていた。

 今の女は無力の人間。先ほどまで体中に満ちていた魔力のカケラも感じない――否、魔力以外のチカラさえもない。ただ醜いだけの存在…。

 その悔しさに、唇を噛む。

「俺の魔法はアンタや普通の魔術師のように精霊のチカラを借りない。俺の魔力は《気脈》と呼応し合うチカラだ。

 ――これでも、俺の正体がわからねぇのか?」

「お…、お前のような子供が――!」

 悲鳴にも似た女の叫びは小刻みに震えていた。

「お前のような子供が、賢者だというのかッ…!?」

 血を吐くかのような、老いしゃがれた声で老婆が叫んだ。

 キサマはただ悠然と笑ってみせた。答えの代わりとして。

 ――そして、僅かな風の精霊のチカラを女に解放する。

「さぁ、最後の選択だ。

 この風のチカラで、どこか遠くへと行くのもよし。俺に無謀な挑戦をするのもよし――」

 どうする?

 キオウは目でそう問いかけた。


 ――自分の周囲に流れ込んだソレを感じ取り、僅かながらも確かに風のチカラが戻ってきたことを老婆は知った。

 本当に僅かなチカラ。たった1回の術で使い果たしてしまう…。


 ――…どうする…?


 老婆はキオウをじっと見た。

 キオウは老婆をじっと見た。

 そして、次の瞬間――。


 ――――…フッ…。


 老婆の姿はその場から消えた。


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