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賢者サマのおふね◇キオウのこと  作者: 神代きい


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故郷を迎える◇絶対王者

 一瞬で静まり返る広場。…当然の反応だろう。

 ――死んだとされている前王が突然虚空から現れ、異形の巨人を斬り裂いたのだから。

 その手には、銀色に輝く一振りの剣。

「な…なに……?」

 女は言葉も出ず、動揺から杖を床へと落とす。

 視線を女へ移すアゼルス。その碧い瞳は、静かで荒々しい怒りに満ちている。

 ――…う…うわ〜…、あの閣下があんな目をしてる〜……。

 あまりの恐怖に、レイヴは心の中で泣いた。

「な…、何故お前が生きている!? 死神は、お前は死んだと――!」

 女の驚愕した叫び。

 アゼルスの目が、スッ…、と鋭く眇められる。

「――お前には言いたいことが山ほどある。この怒り、お前を今この場で裂いたとしても収まらんだろう」

「…。何のことかな?」

「ほう? とぼけるのか。それでも構わん。お前が今何をしようが、お前が過去にしでかした罪は変わらんからな」

 すげぇ殺気…、と呟くジーク。

 あのアゼルスが、あの温和で我が子思いで優しくてフレンドリーなアゼルスがどこにもいない。不機嫌な息子以上に怖い。完全に別人。

 この恐怖は――…畏怖の対象だ。

 女は残酷な笑みを浮かべた。

「あいにく、わたしには何も罪科などない。罪があるのは、その悪魔」

 言いながらアグナルを示し、女は余裕の笑みを浮かべる。

 対して、フッ…、と冷酷に笑うアゼルス。

 剣を鞘に戻し、ゆっくりと民衆を見回す。

「ならば、この場にいる皆に訊こう。

 たかが一介の宮廷魔術師の言と、この私の言。――そのどちらを信ずるのかを」

 ぬああああ、怖い怖いこわいコワイ…。

 思わず隣のジークにしがみつくレイヴ。ジークも未だかつて経験したことがない強烈な恐怖に体が硬直している。

 それまでピタリと止まっていた民衆が、ザワザワとざわめき始めた。

「――…あ…、アゼルス閣下……」

「アゼルス様が、ご無事でいらした…」

「そうだ…。どうして俺達はあの魔術師の命令をきいているんだ…?」

「アゼルス様よ? アゼルス様が私達を騙すはずがないじゃないッ!」

「そうだそうだ! 俺は閣下を信じるぞッ!」

 正気に戻った民達が叫ぶ。

 ――しかし。

「馬鹿を言え! あの方は6年前に俺達を勝手に見捨てたんだぞ!?」

「そ、そうだッ。今回だって内戦を防いでくれなかった…!」

「そもそも、アゼルス様が口を挟む必要はないだろ!? アグナル王の問題なのだから…!」

「悪魔に死を! それで何もかもが解決だ…!」

 女の暗示が解けきれていない民もまだ多いようだ。

 ――否。これは王族に、アグナルに、そして自分に対する不信の叫び。絶対に無視をしてはならない声だ。

 アゼルス派と宮廷魔術師の女派とに二分してしまった群集。人がひしめき合う中で殴り合いが始まる。争う気のない者までもが巻き込まれ、押し倒されて踏みつけられる。その騒ぎの中で正気に戻る者。混乱しパニックに陥る者。悲鳴と怒号。人の壁に逃げ場を断たれた女子供の泣き叫ぶ声――。

 目を伏せ、ため息をつくアゼルス。

 そして、まっすぐと女を見据える。

「――暗示を解け。こうなっては、お前の企ても台無しだろう? 暗示を解き、この場から速やかに失せよ」

「貴殿の口から出る言葉とはとても思えぬな。12年前のこと、未だにお怒りか」

「ああ、怒っているさ。怒っているとも。――今回のこともな。

 アグナルを介して私を殺そうとしたことなど構わん。そんなことはどうでもいい。だが…、よくも民達を巻き込んでくれたな」

「ふ…っ。貴殿を殺そうとしたのは、わたしなりの気遣いよ。

 ――はやく息子の元へ逝きたかったのだろう? それを叶えてさしあげようとしたまで」

「あの子の話で動揺させた隙に暗示をかけるつもりならば、あいにくだったな。もうその手には騙されん」

「人という生き物は、心に潜む闇と光を指摘されれば、たまらなく不安や高揚をする感じるもの。

 わたしはただ、それを実証しているだけなのだ」

「――…お父さま! 伯父さま…!」

 ティナの声だ。

 声が聞こえた方へと顔を向けると、ウィズジーとともにアグナルの子供達が見えた。目には見えないが、おそらくはあの守護霊もいるのだろう。

 ウィズジーは彼女のチカラを借りて、城内に監禁されていた子供達を連れ出してきたのだ。

「! お前達…!」

 喜びと驚きの中で身をかがめたアグナルに飛びつく子供達。ウィズジーがその傍らへと付き、守護者の結界が静かに働く。

 女の顔色が微かに変わった。

 さて…、とアゼルスが女を鋭く見る。

「どうする? 言い逃れはできまい? お前は国家転覆を図った重罪人だ」

「…証拠などない。そもそも、わたしからすれば、貴殿こそが重罪人よ。死者が世の理に反して生きているとは――」

「やれやれ…、勝手に殺すな。私は死者の門すら見ていないぞ」

「でたらめを…! 死神は確かに、貴様は死んだと――」

「そのようだな。そう聞いたよ」

「…なに…?」

 女の動きが止まった。狼狽にしかめられる顔。

「お前が答えを求めた冥界の使者は、事実と反した答えをお前に与えた」

「何を言っている」

「お前はやりすぎた。ゆえに、偽りの答えを返された」

「ぬかせ」

「事実だ。お前は死神にすら見放されたのだよ」

「先ほどから何を――!

 炎の精霊! この死に損ないを焼き払え!!」

 瞬時に杖を拾い上げた女の叫びに炎が立つ。ただの炎ではない。竜だ。渦を巻いた炎が竜の姿をしている。

 民衆の悲鳴の中、牙を剥いたそれがアゼルスめがけて襲いかかっていく――!

 アゼルスは目を伏せ、静かに深いため息をつく。

 ――…仕方がない、か…。

 アゼルスはゆっくりと目を開けた。目前に迫った紅の鋭牙。


「――――キオウ、おいで」


 炎の竜がアゼルス飲み込む――! そう見えた瞬間、炎の竜は忽然と消えた。熱風の余波だけが吹き抜けていく。

 民衆は何が起こったのかが理解できなかったが、それは女も、アグナルとその子供達も同じだった。


「――…父上、喚ぶのが遅いよ。あなたが格好良すぎて、俺の見せ場が全然ない」


 陽光に煌めいた銀の髪。

 魔法陣もなく虚空から現れた若き賢者。

 彼は父親をかばうために左腕を伸ばした状態のまま、まるで拗ねた子供のようなため息をついた。


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