故郷を迎える◇混乱の広場
「殺せ! 引き裂け!」
女魔術師の叫びに民衆は沸く。
女の暗示が働いているためでもあるが…、恐るべき集団心理だ。
「殺せ!」
「悪魔め、邪魔するな!」
「降りてこい――!」
アグナルは沸き立つ民に向けていた視線を、隣に立つ女へと移す。その顔には…、自分が見知っているあの表情などなかった。
これが、この女の本性――。
「……何故、こんな真似を…」
かすれた声でのアグナルの問い。しかし、女はそれを完全に無視した。
屋根にいる黒髪の青年が、その矢の先を女に定め――放つ。
「…面白い」
女は喉の奥で笑った。
鋭く放たれた矢。しかし、そのすべてが女の周囲にある空気の層で止められていく。
それを見た民衆はますます沸き立った。
屋根の青年達へとめがけて、民衆は手近にある様々な物を手当たり次第に投げつけていく。青年達はそれらを交わしながら隣の屋根へと器用に飛び移り、次々と矢を放っていく。
絶え間なく投げられる障害物にしびれを切らしたのか、赤髪の青年が何か――御札のような紙を取り出した。
「――…てぃッ!」
宙へと放たれたそれは、一瞬で目には見えない壁を築く。群集から投げられる物はその壁に遮られるが、黒髪の青年が放つ矢は障害なく越えて飛ぶ。
「結界か――」
女は呟き、残酷に笑う。小賢しい真似をするものだ、と。
――と。
黒髪の青年が放った一条の矢が女の結界を越えた。
「なにッ――」
それを交わし、床を射抜いた矢を愕然と見やる女。
矢には御札が貼られていた。
「魔力封じの印…。どこの魔術師だ? わたしの邪魔をするとは」
「――…この国に用はないだろう? もう…、終いにしないか?」
苦しい息の下、アグナルは女に訴える。
女は笑い、虚空から杖を呼び出す。
「王族を滅ぼせば、国はどうなると思う?」
「…国そのものが君の望みなのか…?」
女は答えなかった。だが、それこそが答え。
――アグナルは唇を噛んだ。
「炎の精霊達よ。小賢しいネズミどもを焼き払え…!」
女の呼び声に、宙で炎が起こった。
炎は渦を巻き、屋根のふたりを飲み込もうとして――。
「レイヴ!」
「ジーク!」
呼吸のあった動きで、青年達は同時に矢と御札を放った。水のチカラが封じられたそれらと炎は互いに拮抗し、霧散する。その途端、凄まじい蒸気が立ち込めた。
風を起こして蒸気を退け、女は立て続けに呪文を詠唱していく。氷の柱が立ち、空気が鎖となり、蔦が絡め、閃光が走る。
青年達はそれらをぎりぎりで交わしていく。だが――…、御札も矢もいずれは使い果たしてしまうだろう。
「……なぜ…?」
アグナルは茫然と呟いた。
彼らは何故、私のような愚者を助けようとするのだろう…?
――唐突に、手の戒めが解かれた。
「!」
驚いて後ろを見る。
そばかす顔の可愛らしい少女が、人差し指を口に当ててにっこりと笑って立っていた。
拘束が解けたアグナルの手を無言で引く少女。
――…女は気づいていない。民衆も青年達に気をとられている。
少しためらい…、それでも無言で何度も何度も急かす少女に足が動き――…。
「あッ…!」
群集の一部が、その動きに気づいた。
ハッと振り返り、驚愕に目を大きく見開く女。
「なッ――! 小娘が、いつの間に…ッ!?」
「ええ、小娘よ。小娘ですとも。それが、何か? 自分が賞味期限切れのオバサンだからって妬いてんの? 小娘相手にマジになってんの? バッカじゃないの〜ッ?」
臆せずに両手を腰にしてまくし立てる少女。盛大に「い〜ッ」をされ、女のひんむいた目玉が血走った。
「このッ、生意気なッ…!
地の精霊ッ、力を貸せェッ!」
「――風! 僕に従って!」
空から聞こえたのは少年の声。
刹那。完全寸前だった巨大な土人形が、突風により霧散する。
巻き起こる強烈な土ぼこり。
「げほ…ッ。ちょっとラティ! あんた馬鹿じゃないの!? あたしまでほこりだらけにしないで!!」
「無茶言わないでよー。ボクだって必死なんだから〜」
「来週の皿洗い当番、あんたがやんなさい!」
「ええーッ?」
抗議の声と同時に、空から凄まじい勢いで降りてきた少年。その背にある翼を見て、アグナルはますます驚く。
有翼人――? は、初めて見た…。
少年は空を覆い尽くす数の猛禽類を付き従えていた。少年の合図と同時に、それら全てが女に襲いかかっていく。
「このッ――…、小賢しい…ッ!」
次から次へと襲いかかる鷹や鷲を、女は杖で叩き落とそうとする。呼吸が乱れて呪文詠唱ができないようだ。
有翼人の少年が、女とアグナル達の間に浮いた。
「キーシ! はやく行って!」
「言われなくても行くわよ!
さぁ、こっちへ――!」
アグナルの手を強く引く少女。
「――…キーシ!」
女の妨害が消えたために一気に屋根を飛び移ってきた青年達が叫んだ。アグナル達が進む前方に、出現しつつある黒く不気味な魔法陣を見たためだ。
「駄目だ、引き返せッ!」
「きゃあああぁぁッ!!」
突然目の前に出現した黒い異形の巨人に、キーシと呼ばれた少女が悲鳴をあげる。
柱のように巨大な腕が振り上げられ、そして一気に振り下ろされる――!
――――だが。
次の瞬間――、巨大は実に気持ちよく縦半分に斬り倒された。
ふたつに裂け、それぞれが地へと沈み、不気味な色の煙をあげて消えていく。
それをした者は――。
「お前達…、いい加減に目を覚ますがいいッ!!」
民衆を威厳ある声で一喝した。




