デスティニィ号にようこそ◇警官に追われて
「おいおいおいおいッ!」
ドドドドッ、とヌーの大移動のような警官隊に、ジークは目玉をひんむいた。まさかこんな数が張り込んでいたとは――!
ジークの生業は暗殺である。いくらでも斬れる腕があるが、それでは残りが「仇討ちだぁぁッ」とますます食らいつきそうだ。
“真空のジーク”を捕らえた、という肩書きが欲しい警官達。異常なほど高まったテンションから目が血走っている。
ふつーはビビるだろ!? 俺を見たらッ!
街道から森へと入る。森にも警官が潜んでいる気配がするが、上手く行けば――。
「ま…まてえぇぇぇ~ッ」
「誰が待つかよッ!」
なるべく障害物が多い地形を選ぶが、背後の警官は減る様子がない。
もはや自分がどこを走っているのかさえわからない。どうにでもなりやがれッ、と自棄になりかけたとき、整備された道に出た。
だが、その道を駆けてくる警官達の姿。
「なんだよもう…ッ」
ジークは警官がいない側へと走り出す。罠だとはわかる。だが、どんな罠にも針先程度の綻びがあるはずだ…!
「――…ク…ジーク! こっちこっち!」
覚えがある声に顔を向けると、森への獣道にやはり見覚えがある男がいた。
「レイヴェイ――!?」
「こっちこっち!」
両腕をいっぱいに振って自分を誘導するレイヴ。誘われるまま、ジークはそれに従った。
特徴的な赤髪をバンダナで隠したレイヴは、滑らかな素早さで森を駆ける。トレジャーハンターにはどのような地形でも移動できるスキルが必須である。慣れた動きで障害物を交わし、ジークを気遣う余裕まである。
獣道が少し広くなった頃、前方の地面に杖で何かを描いている――端麗な顔の銀髪の青年。
「キオウ、来るよっ」
「わーかってる。さっさと行っちまえ」
「あいよ。ジーク、こっち!」
「…あ、ああ」
――――おい待て。キオウだと?
い、今のが!?
「どーなってんだよ…!?」
さすがに息が上がってきたジークだったが、叫ばずにはいられなかった。
「へ? あぁ、今のはキオウだよ」
「キオウはチビで――!」
「あれが本当の姿。気まぐれに姿を変えるんだよ、あいつは」
「はぁッ?」
「だって、賢者だし」
賢者だし、とあっけらかんと言うレイヴ。これではオタマジャクシがハトに成長しても「賢者だし」で済ませてしまいそうだ。
周囲が明るくなり、前方で森が消えた。
――…崖!?
下は海の波が打ち寄せる荒々しい岩場。容赦ない波に長年曝されてきた岩肌はまるで凶器。
すると。
「降りるよ」
「………」
予感的中の宣言であった。
唖然とするジークを尻目に、レイヴは鉤付きのロープで器用に降りていく。
「ほら、はやくー。怖いのー?」
いや、怖いとかではなくて…。
「だあぁぁぁッ」
ままよっ、とジークもロープを伝い降り始めた。波飛沫と上昇する潮風に何度か動きを止めたが…、それでもなんとかたどり着く。
「無事? じゃ、乗って」
ブン! と振り落とした鉤縄を回収しながらレイヴ。
「は?」
…乗る? 何に?
「あれ」
あれ、と海を指すレイヴ。
――沖に、船がある。
「…えっ?」
崖の上からは海に船など見えなかった。
どうなって…?
「だから、賢者だし」
レイヴが笑う。
「ついといで」
荒波の海へとためらいなく歩き始めたレイヴ。
――そのまま、波の上を歩いて渡って行く。
「………」
ジークはもはや声が出ない。
「ほらほら、おいでよー」
促され、おそるおそると後に続いてみる。
――…な…なんか、妙な踏み応えだなコレ…。
柔らかいような硬いような滑らかなようなゴツいような…。
脳がじ~んと痺れていくのを感じつつ、ジークは甲板に足をつけた。
――…うわ、ほんとーに来ちゃったよ…。
「はい、ごくろーさん。
キーシ! そこから何か見える!?」
「見えなーい…!」
「そっか、わかった!
カイ!」
続けて舵を握る黒髪の男に顔を向けるレイヴ。カイと呼ばれた男が頷いて舵を切った。
更なる沖へ――!
…ジークはその場にへなへなと座り込んだ。レイヴが差し出したコップに躊躇なく口をつけるほど頭の中が真っ白だ。
「…おい、レイヴェイ」
「レイヴでいいよー」
「キオウは?」
「後で自力で追いつくよ。賢者だし」
「……賢者、か」
呟いて息を吐き出していると、マストの上からレイヴを呼ぶ声がした。見上げると、そばかす顔の少女が綱梯子を器用に降りてくるところだった。
「きーちゃん達が帰ってくるよ!」
「そっか。警官達は振り切ってくれたみたいだね。
それでキーシ、きーちゃんか? キオウさん、じゃなく」
「きーちゃんだよ。ラティと一緒だもん」
そっか、と返すレイヴ。
その頭上から、陽光を背後に有翼人の少年が銀髪の賢者を抱えて降りてきた。神秘的とも呼べる光景であったが、今のジークに感動する余裕などなかった。
「おう、おかえり! 警官達は?」
「全員まとめて街まで転移したよー」
へなっ、と脱力するように着地した有翼人の背中をさすりつつ、ジークが昨夜見たあの小さなキオウが答える。さするごとに体力が回復するのか、子供の顔色が良くなっていく。
「ラティ、重かったー?」
「う…ん、もう平気。あの大群が一瞬でワープされちゃうの、面白かったっ」
「今頃、街は大騒ぎかな?」
他人事のように無邪気に笑い、キオウがジークに顔を向けた。
「怪我はなぁい? 治してあげるよー?」
「あ…、ない」
ジークは慌てて首を振った。
ラティはすっかり回復したようだ。翼をいっぱいに広げて伸びをすると、船の上空をグルグルと元気に旋回し始めた。
あ…、とキオウが呟く。
「船にかけた目隠し、まだ解いてないや」
えへへ、と笑ったキオウが手を叩いた。
空気が揺らぐ感覚を置き、周囲の風景が先ほどよりもクリアになる。船を覆っていた魔法のカーテンが解かれたのだ。
「ふー、疲れちゃったぁ。おなか空いたし――って、あれ? 今日って僕ごはんまだだよね?」
「はいはーい! キオウ、焼きたてのパンが待ってるよ~。まーくんも光合成してるよ」
「あっ、インパス! 今行くー」
エプロン姿でおたまを振る料理人の誘いに、パッと顔を輝かせるチビキオウ。
ルンルンと船内へと消えていくちびっこの後ろ姿に、ジークは「…コイツはマジで賢者サマなんだろーか?」とかなり本気で思った。