本当はいい国◇まさかの展開
ウィズジー側が本陣を置いている場所は、王族が夏に避暑へと訪れる古城ジキリスト。
そこには当然、大叔父であるウィズジー本人がいるはずだ。
(てかキオウ、なんで俺ぇ~?)
《お前はこんな場合でしか役に立たないからな》
(…あの、賢者サマ? お前を乾燥機代わりにしたこと、まだ根に持って――)
《とにかく、それらしく振る舞ってな》
(……はいはい)
日差しが心地よい午後の時間。古城の庭を下働きの小僧として歩いている赤髪の少年は、目に見えない案内人によって迷うことなく歩いていく。
赤髪、綺麗な小麦色の肌、左のこめかみにある傷跡。――つまり、賢者キオウによって子供の姿になったレイヴである。
姿を消してレイヴの左上を浮くキオウは、ふと胸元を掴んで周囲を見回す。
《…この胸騒ぎは、なんだ? すげぇ勘違いをしている気がしてきた》
(え? ななな、何よ一体?)
《とにかく、奇妙な予感がする》
(ち、ちょいと勘弁してよー。俺はまだ死にたくないよー)
《あ、それは大丈夫。死神のドゥとは仲がいいから。ドゥに頼めば、死期を伸ばしてもらえる。たぶん》
(………)
《…冗談だ。そういう予感じゃねぇ、ってことさ》
陣営にはそれなりの魔術師がいるだろうな、とは予想していたが…、この結界は見事すぎる。緻密な絹織物のように編まれた術だというのに、本質は分厚い鉄板のように頑丈だ。賢者の自分でさえ感動する。
一体、どこの誰の仕事だろう…?
《あの女じゃねぇのは確かだけどな…》
それはそうと、この庭のバラもなかなか見応えがあって素晴らしい。キオウは純粋にこの景色を楽しんでいる。
しかし、インパス特製のニンジンケーキを抱えるレイヴにはそんな余裕などない。キオウが口にした言葉でますます不安になっている。
――ちなみに、このケーキには種も仕掛けもない。本当にただのケーキである。
にしても…、しっかりしてくれよ賢者サマ〜。寝ぼけてんの〜?
そんなレイヴの不安が流れ込んできて、キオウはやれやれと苦笑した。
《少し様子を見てくる。お前はあの四阿にいろ。誰も来ないから》
(うっ、わかった…)
レイヴと別れ、一気に上空へと飛び出すキオウ。スズメが傍をかすめた謎の高速飛行物体に驚いて逃げていく。
《ウィズジーじいさんの部屋は、と…。透視を使って――…いねぇなぁ。お散歩かよ?
え~…と……、んー………ん?》
発見。
別ブロックの中庭だ。渋い銀に白髪が混ざった紳士が、噴水脇をゆっくりと歩いている。
名前の響きから「ウィズジーじいさん」と勝手に呼んでいたキオウだが、実際の印象は「老いたジジイ」ではなく「落ち着きある大人の男性」だ。師である秋津の賢者を彷彿とさせる存在感。…確かに王の肩書きは、あの叔父より似合う気がする。
《けれどやっぱり、父上の方が相応しいんだよなぁ…》
無意識に呟きつつ周囲を観察する。幸いなことに護衛兵の姿はなさそうだ。
キオウはウィズジーを視て――…、大叔父がひとりではないことに気がついた。
《え…っ? この気配って…》
先方はすでにキオウに気がついていたようだ。ウィズジーの傍らに在るその年増の女性は、目に見えないはずのキオウを優しく手招いている。
キオウは導かれるままに近寄った。
『――殿下、あなたの大甥が挨拶に参りましたよ』
キオウの古の同僚は、やわらかな声音でそう囁いた。
キオウはただただ呆気にとられた。
大叔父の傍らに在るその者から――…、師匠や他の同僚から感じるモノと同じ気配を感じたからだ。
キオウは自分以外の賢者全員と面識があるわけではない。しかし、これだけは言える。
――彼女はすでにこの世の存在ではない存在。
だが…、生身だろうが幽霊だろうが、通常賢者はそのチカラと知識を人のために振るいはしない。賢者が持つそれらは常人には脅威でしかない、と考えているためだ。
若き賢者キオウはそうした考えを「認めている」だけで「実行しよう」とは思っていない。師が自分をフツーの人間が住む生活に放ったせいでもある。だがそれよりも、この世界と人にはまだまだ魅力あるモノがいっぱいだ、とキオウ自身の心が弾んでいるのだ。絶望に堕ちて死を恋しがっていたあの頃とは正反対だな、と思う。
この彼女がウィズジーを守護していることは間違いないだろう。この見事な結界も、おそらくは彼女の作だ。
死んだ身とはいえ、まさか自分以外の賢者が常人と共に在るとは…。
「ほぉ…、若い頃の父親と瓜二つの顔じゃないか。
それで、今日はどのような用件かな?」
彼女のチカラでキオウが視えているのだろう。ウィズジーが穏やかな声音で話しかけてきた。
キオウはつい視線をそらす。
「……いや…別に……」
ケーキを片手にご挨拶に、とは言いにくい状況であった。
ウィズジー本人からはあの女の魔力の残滓を感じない。この彼女が守っているのだろう。
「そ…、そっちの賢者サマは?」
『私はこの方を守護する者です。秋津のはお元気?』
「はぁ…、まぁ……」
…師匠と面識があるらしい。弟子としては苦笑するしかない。
そんなキオウを、孫を見守るかのような慈愛の眼差しでウィズジーが見つめる。
「さて、私の部屋においで。お友達も一緒に」
「…」
レイヴまでバレているらしい。ここは彼女の結界内なのだから当然ではあるが…。
キオウは頭を掻きむしった。
「うー…、こんな展開は反則だッ」
「おや、この老体が女にたぶらかされていると? それは少し残念な見解だな」
行こうか、と促されたが――…、脳が大パニックを起こしているキオウは動けない。
ど、どうしよう……。
考えた挙げ句――、キオウはとりあえず頭を下げた。
「………。出直します」
そして、レイヴの元へとすっ飛んでいくキオウ。
そんなまだまだ若い賢者の後ろ姿を、ウィズジーとその守護者はあたたかい笑みで見送っていた。
(んー? 今、キオウの声がしたような…)
《はいはい、いるよっ》
(あー、やっぱり。やっと戻ってきたぁ)
《帰るぞ》
「………はい!?」
思わず声を大にして叫ぶレイヴ。
「か、帰るだって!?」
《そーだよ! ええいっ、ちくしょうっ。何かと調子が狂う…!》
「ちょっ…! なにがどうな――」
「とにかく、帰るぞ!」
「うわっ!? そこにいたの!?」
「魔法陣を出すから、もっとこっちに来いッ」
「うわーッ、レイヴさんはまだ心の準備があぁぁッ!」
「そんなモン必要ねぇだろーがッッ!!」




