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賢者サマのおふね◇キオウのこと  作者: 神代きい


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30/54

本当はいい国◇ほっとする場所

 どの国にも属さない大海域と、ショウカの海域との狭間にある無人島。そこにデスティニィ号は停泊している。

 本来この海域は平穏で、ショウカ自体の気候も風土も豊かなのだ。しかしアゼルスは最近の異変を語る。異常な豪雨、不規則な気温差、気まぐれな太陽、謎の嵐――。

 嵐の残滓を調べた賢者は「すべての異変は何かのチカラの仕業だ」と語った。その正体と叔父の様子を調べるために、今キオウは船を留守にしている。

 そんな船の甲板に、3人の人影があった。

「アゼルス様アゼルス様っ。こっちとこっちでは、こっちがいいですよねっ?」

「こっちかい?」

「はいっっ!」

「んー………、ん?」

「え…? ななな何故に考えるんですかぁ~っ!?」

「あの人は最近、甘い物を控えているんだよ」

「では、甘さを控えめに?」

「そうだね」

「りょーかいですっ! よしッ、インパスふぁいとぉぉっ!」

 …何をやっているんだか。

 呆れた目でインパスを見るジーク。対して鼻歌混じりに皿を下げていくインパスは、生き生きと後光が差している。

 賢者が不在の間、ジークは船と仲間達の護衛をキオウから任されている。しかし父王の時代に壮絶な体験を何度も経験したアゼルスは、遊びではない剣術の腕の持ち主だ。それを知ったジークは手合わせを申し込んだりもしている。

 カイは船の整備を、レイヴとラティは島を探索し食材調達を――という具合に、それぞれに長所を生かした仕事が振り分けられていた。

「ま、インパスはいつもどおりに料理するだけだもんな」

「凄いメンバーだね、この船は」

 賢者を筆頭にした乗組員達。

 アゼルスは息子を羨ましく思った。この仲間達は全員、キオウを好いてこの船にいるのだ。

 ――この船は…、あの子が大切に時間を積み上げてきた、城だ。

 海鳥が飛ぶ平和な空に、何やら茶色の翼のデカい鳥がいる。

 否。鳥だとしたら化け物じみたデカさだ。

「ぎゃあッ、カモメにつつかれたぁ〜っ!」

 飲用水の調達から戻ってきたラティであった。

 お茶目でアクティブなカモメ達に絡まれて、せっかくの真水がバケツから海へとこぼれて――あ、バケツが落ちた。

「あのガキ、アホか」

 呆れを通り越した顔で空を仰ぎ見るジーク。そんな“真空のジーク”の若い表情に、アゼルスはやわらかな眼差しで穏やかに笑む。

 視界の隅に、ぼぅ…っ、と魔法陣が浮かび上がった。美しい緑の光の柱が立ち、見慣れたシルエットが現れる。

「お、賢者サマのご帰還だ」

 異空間を一瞬で転移したキオウが、エメラルドグリーンの風を纏い甲板へと足をつける。

 途端――、賢者は特大のため息をついて力なくうなだれた。

「おかえり、キオウ。

 …どーかした? 早速、具合悪くなっちゃった?」

 タイミングよくやってきたレイヴ。その手からコップを奪って水を一気に飲み干し、キオウはうめく。

「………う」

「う? 鵜がいたの?」

「…レイヴ」

「あはは、ごめん。そんで? 問題でも?」

「問題――…ああ、あったさ。あったとも」

「ちょっ…、キオウ。今のお前の雰囲気、怖い…」

 キオウは父に目を向け、再びうめいた。

 ――そして。

「うわあああんっ、ちちうえぇぇぇっ!」

 父に飛びついたチビキオウは、しがみついてわんわんと泣き出した。



「……そう…」

 食堂内。元の姿に戻った息子から話を聞いたアゼルスは、ただそれだけを呟いた。

 背後で重く沈黙するレイヴとジーク。キオウの声が厨房まで聞こえたのか、インパスが気の利いた茶と菓子を出してきた。

 そのカップと皿の間を縫うかのように、まーくんがテーブルの上を転がっている。

「…キオウ、辛い思いをさせたね」

「ブッ殺すか、ブチ切れして暴れたかったな。マジで」

「物騒なことを言うんじゃない。…気持ちはわかるがね」


 ――ティナが嫌っていた宮廷魔術師の女は…、あのときのあの女だったのだ。


「私の次に弟か…。いや、おそらくはそれ以前にもどこかで…」

「…父上はもう、大丈夫だよな?」

「大丈夫。エリーの墓に誓おう」

 うん…、と頷いてわずかに笑むキオウ。

「あ。それから、あの女からウィズジーじいさんの気配を感じた。ごくわずかな…残り香みたいな程度に、だけど」

「おや、二股かい? つまりはこの内戦、あの女が裏で操っているな」

「表で、の間違いだろ?」

「救いようのないことを言わないでおくれ」

「………あ、嫌な予感」

 感情の波が徐々に落ち着き、カップを手に取るために「しっしっ」とまーくんを追い払うキオウ。そのレーダーが何かをキャッチしたらしく、ボソッと暗い予言をこぼす。

 その正確さを知るレイヴとジークが、ガバッとテーブルに身を乗り出した。

「何なに?」

「なんか来んのか?」

「んー…。雨が降るまで、あと3分」

「雨って…、例の豪雨か!?」

「らしいな」

「いい天気なのに?」

 首を傾げるアゼルス。

「あと2分28秒。墜落するラティと、見張り台から降りれなくなったキーシが視える。お前らも余裕かましてんじゃねぇよ、自分の部屋の窓を閉めな」

 賢者の予言に慌てて飛び出していくふたり。ラティとキーシに何かを必死で叫んでいるレイヴの声が聞こえる。

 自室の窓を目に見えないチカラで閉めたキオウは、我関せずと余裕の態度で茶を啜った。もとより窓は閉めてあるアゼルスは、不思議そうに窓の外を眺めている。

「…ああ、本当だ。空が急激に暗くなってきた」

「短時間だろうけど、攻撃的な強さの雨足だ。熱帯地域のスコールに似ているけど、瘴気が混ざっているからタチが悪い。

 …あ、降るよ」

 賢者の言葉は現実となった。

 自然下ではあり得ない急激さで暗くなった空に稲光が走り、唐突にバスタブをひっくり返したかのような凄まじい雨が叩きつけたのだ。

 ラティとキーシ、レイヴとジークが全身ずぶ濡れで飛び込んでくる。

「うわ、悲惨。大丈夫か?」

「大丈夫に見えるかよッ。カイはそのまま着替えに部屋へ引っ込ん――どわッ!?」

 ブルブルッ! と至近距離で翼の水気を払ったラティに、ジークがギョッと身を引く。

「お、お前〜ッ」

「まだ羽根が重い〜っ。かまどに火ぃ入ってるかなぁ〜?」

 ぱたぱたと厨房に走っていくラティ。かまどの火で乾かすのだろう。

 だが、賢いレイヴはこの手を使う。

「キオウ、お願い」

「…はぁ?」

「俺が風邪で潰れたら困るでしょ?」

「カイやインパスが潰れたら死活問題だけど、お前なら別に――」

「キオウ」

 息子をたしなめるアゼルス。

 素直ではないキオウは父に不満げな目を向け、それでもレイヴに手をかざす。

「…俺は便利な乾燥機ですか」

 ぶわあぁぁッ!

 ボソッとぼやいてレイヴに熱風を浴びせるキオウ。そのとばっちりを受けたまーくんが、よろよろと転がっていく。

 まーくんはマリモ、つまりは植物。そして植物は火に弱い。

「あちぃ…ッ。

 ――…おっ、乾いた乾いた。ありがとさん」

「あっ。キオウさん、あたしにもやってー」

「熱風で髪がチリチリになっても、責任とらねーけど?」

「…はぁい、かまどに行きまぁす」

 ジークはとっくにかまどに行っている。

 相変わらずレイヴを恨めしげに見るキオウ。視線を無視してクッキーをかじるレイヴ。その足によろよろと激突するまーくん。

 そんな彼らを、アゼルスは穏やに見守っていた。


 ――…こんなにも楽しくてあたたかくて心地よい気分は、城では絶対に味わえない。


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