本当はいい国◇本当はいい国
花と緑に彩られた王宮の中庭。そこによく知る人物と似た顔があった。
アグナル現国王陛下。アゼルスの異母弟だ。
《なるほど、この人が叔父上か。父上と似てはいるけど、なんつーか…、父上よりも格が》
アゼルスが規格外だという考えはないのか、初対面の叔父を手厳しく評価するキオウ。
アグナルは見事なバラの花びらを指の腹で撫で愛でている。微かに笑みをたたえた横顔は、確かに父アゼルスとどこか似ている…のだが、纏う覇気はアゼルスよりも若干弱い。
その傍には15歳ほどの姫と、10歳前後の姫と王子。
《この3人は俺の従妹弟達ってワケだな》
「お父さま、このバラももうすぐ咲きそうですね」
「ん? ティナ、トゲに気をつけなさい」
内戦真っ最中のショウカ。その渦中の人物が、こーんな平和なことをしていて許されるのだろうか? キオウは少し悩んでみた。
城内も平穏そのものだ。心地良い風がバラの花びらを纏い、ふわ…っと空へ吹き抜けていく――。
「お父様、あとで私のピアノを聴いていただけます?」
「ああ、もちろん」
ピアノか…。
キオウは思い出していた。幼い頃、自分も父に誉められたくてピアノを練習したことを。
そういえば、全然弾いていないな…。
《さて、と》
魔法で姿を消しているキオウは、空高くへと舞い上がった。風が耳元でうなり、あっという間に目指す高度まで着く。
見事な庭園が眼下いっぱいに広がった。
《あ、道が五芒星を描いている。父上が言っていたとおりだな》
次回から空間転移の魔法を使う際の目印として覚えておこう。キオウは脳裏にこの風景を刻み込んだ。
そして更に高度を上げ、城の敷地全体を見下ろす。
《さすが王宮、広いなぁー…。
えーと、まずは…どこに行こうか。父上はどう言っていたっけ? ええと…》
『中庭の道から城内に入ると、すぐ右の回廊の突き当たりに書庫が――』
《王宮の書庫、かぁ…》
純粋な好奇心が疼いた。
以前と同様に浮遊術を解除し落下するキオウ。地面ギリギリで術を再発動させ、そのまま書庫まで一気に飛ぶ。
途中ですれ違った衛兵が「いいいッ今の風圧は一体!?」と慌ただしくきょろきょろしていたが、知ったこっちゃない。
膨大な量の本、本、本、本…。
書庫自体もかなりの広さで、本棚の数も馬鹿にならない。歩くのも面倒なので、キオウはふわふわと浮かんだまま蔵書をチェックしていく。
幸いなことに、書庫内は無人だった。一番隅の本棚にたどり着いたキオウは、一度姿を現して大きく伸びをする。
「父上は『よく書庫で衛兵達がサボっているんだよ』って笑ってたけど…。内戦中だしな、サボる場合じゃないか」
昔話に歴史書。怪談に帝王学。今話題の『パタクロの雨』シリーズや、何故か幼児向けの塗り絵集や迷路の本まである。
城の書庫ってこんなモノまで所蔵されるモンなのか? と首を傾げるキオウ。
立ち読みした怪談の本を本棚に戻して手についたホコリを払っていると、入り口の扉が開く音が聞こえた。
瞬時に姿を消すキオウ。
入ってきたのはあの従妹弟達だ。ピアノを弾きに行ったのか、一番上の姉はいないようだ。
「ティナ姉さま、かくれんぼしよっ?」
「うんっ」
確かにここは死角が多い。鬼ごっこだろうがかくれんぼだろうが楽しめるだろう。
ったく…、ガキは無邪気でいいよな。
キオウは少し口元に笑みを浮かべて立ち去ろうとした。
「ねぇテイル…。テイルはあの宮廷魔術師の女、変だと思わない?」
「ヘン…?」
「お父さまに侍ってばっかり…! 絶対に変よっ」
《……宮廷魔術師の、女…?》
キオウは何故か引っかかった。
「あの人が来てからよ? お父さまがウィズジーさまと喧嘩を始めたのは」
「悪い人じゃないよ。ボク、サシィナにおやつ貰ったし…」
「王子がたかが宮廷魔術師に餌付けされてどーするのよっ!?」
ごもっとも。
子供達の遊びが始まった。最初の鬼はティナだ。
隠れた弟を探し始めたティナ。姿を消したままのキオウは、なんとなくその後についていく。
…よし、決めた。
キオウは自分の声が聞こえるようにして、従妹に話しかけた。
《その宮廷魔術師とやらは、そんなに嫌な女なのか?》
「イヤもイヤ。大ッッッ嫌い!」
《いじめられた?》
「その逆。私たちを手懐けようとしてるの。生意気よ生意気ッ」
…10歳程度の姫君が言うべき言葉ではない。
なんだかキーシとウマが合いそうだなぁ、と苦笑するキオウ。
「あんなのを侍らせるだなんて…、お父さまは何をお考えなのかしら…」
《なるほどな…。参考になった》
「…あれ? 今私は、誰と…?」
《怯える必要はない。このことは、ちゃんと忘れさせるから。
それと――、いいことを教えてやる》
「な、なに…?」
反応がおかしくて、キオウは笑った。
《テイルは右端にあるユリの本棚の陰だ》
ティナは何故か、その言葉を素直に受け入れた。
そして指定された本棚の陰には、確かにテイルがいたのだ。
「あ、あれ…? もう見つかっちゃった」
「あら、本当」
「え? 本当って…、何が?」
「何がって…、何が?」
「「えっ?」」
姉と弟はキョトンと顔を見合わせた。
《宮廷魔術師か…、どこだろうな…》
廊下をふよふよと飛びながら、キオウは周囲を見回していた。
しばらくして、ピアノの音に気がつく。なかなかの腕前だ。
《まっ、俺よりは下だな》
変な意地を張ったキオウは、ピアノが聞こえる方向に進んだ。
中からピアノの音が聞こえてくるサロンの扉を開ける。
《………》
いた。
ピアノの奏者はやはりティナ達の姉ティカだ。アグナルはソファで目を閉じて娘の演奏を聴いている。
そしてその傍らには――…宮廷魔術師の長衣を纏った女。
「ティカ様の演奏は本当に素晴らしいですわ」
「ありがとう、サシィナ」
…キオウは目を怒りに染め、睨んだ。
――その宮廷魔術師の顔を。




