記憶の中にいる人◇夜明け前に
真夜中を過ぎ、もうじき夜明けとなる。
だが…、誰も部屋に戻ろうとはしなかった。
「………おいインパス」
静かな厨房の片隅で涙にむせぶ料理人に、ジークがとうとう痺れを切らした。
「てめぇが号泣してんじゃねーよッ!!」
「だっ…だっでぇぇ…っ! アゼルス様もキオウも、可哀想すぎなんだようぅぅ~ッ!」
ずびーーーッ!
「鼻をかむな! 雰囲気が壊れる!」
「だっでえぇぇ~」
ラティとキーシもすすり泣いている。カイとレイヴは沈黙のまま壁に背を預け、腕を組んでいた。
「そもそも…、インパス! あのふたりは見世物じゃねーんだッ、俺らを起こすんじゃねぇよッ! キオウがどんな気持ちで自分の正体を隠してきたと思っていやがる!?
さぁて…。てめぇがあーんなストーカー行為をしやがって、一体キオウはどう思っていたのかなぁ~?」
「うっ…、うわあぁぁぁッ! キオウッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「だぁぁああアアアッ! 黙れこのボケがあぁッ!」
「ジーク…」
ため息をつくレイヴ。
ジークが荒れている原因は、キオウに対するこの…なんとも複雑な感情の苛立ちのせいか。
だがジークの荒れ方はハンパではない。…あの父子がキッカケで荒れる何かが、ジークの中にあるのだろう。
「とりあえず。俺達はこれまでどおりに、だ」
呟き、わずかに水を飲むカイ。
そうだね、とレイヴは頷く。
「で、でもぉぉぉ~…」
「インパス?」
「俺はキオウにとんでもない仕打ちをしていたんだよねぇっ? どうしようぅぅぅぅ…っ」
「………」
ダメだこりゃ。
ひたすらに「ごめんなさい」を繰り返すインパス。耐え切れなくなったジークが「空気が悪いぜッ!」と窓を乱暴に開け放つ。
「……夜が明けちまうな…」
ジークの呟きに全員が外を見る。東の空がぼんやりと明るい。
夜が明ければ――…、仲良く同じ部屋に入ったあの父子は起きるだろう。そして、何らかの行動を起こすだろう。
それが全員――…怖かった。
聞こえてきた足音に、全員の視線がドアに集まる。
キオウだ。
こんな時間に厨房内で仲間が全員集合している光景に、たじろいたキオウが一歩後ずさった。
「………。何してんの?」
いやアナタ、何と訊かれましても…。
レイヴがとっさに大嘘をこいた。
「イ…インパスが『新料理の開発に付き合え!』ってうるさくて。な、なぁ?」
「えっ? ええっ?
そ、そーだよっ。だだだだからッ、コショウで目がこーんなに真っ赤になっちゃってさぁ。ほれほれっ」
「…ふぅん?」
疑惑の眼差しでその場にいる全員を一瞥し、水樽まですたすたと歩くキオウ。水を汲んだ柄杓に口をつけ、一気に飲み干す。
そして。
「…はぁぁぁぁ~…」
10トン級のため息だ。
――…こりゃ、かなりの深手だな…。
レイヴは密かにそう思った。
「あ、あのさぁキオウ――」
「カイ」
意を決して話しかけようとしたインパスだったが、続きはキオウ本人に妨害された。
う…っ、と詰まるインパスとは対照的に、カイは冷静に顔を向ける。
「ここからショウカの領内までどのくらいかかる?」
「良くて5日、向こうからではこのとおりに倍近くかかる」
「ここから一番近い有人の陸地までは? ただし、ショウカ以外」
「マネシア共和国領内だな。2日以内に着く」
「…そう」
短く応え、キオウは更に続けた。
「ちなみに。それより近くに無人の島なんて、ある?」
「ある。日の出に発てば夕方には着ける」
「なら、そこに行って」
えっ? と顔をあげる一同。
足元に転がってきたまーくんを拾い、キオウは――照れを隠すように鼻の頭を掻いた。
「――…父子の大事な場面をのぞき見しやがったんだ。こうなったら、とことん付き合ってもらうからな」




