記憶の中にいる人◇取っ掛かり
「キオウさん、ちょっと穴あいてるよー」
「ちょっと?」
「ちょっとー」
「…わからねぇって」
キーシと共に見張り台で潮風を受け失笑するキオウ。
さすがにここは素晴らしい眺めだ。風は少し強いが、キーシは慣れっこの様子。鼻歌混じりに賢者と有翼人の会話を聞き、機嫌よく望遠鏡をのぞいている。
あたり一面は青い海ばかり。
マストの点検中のラティにキオウは叫ぶ。
「具体的な大きさを言え! スイカ、まーくん、りんご、たまご――」
「なんで小さくなってくの?」
「キーシ、お前は黙れ」
「はぁい」
「んー、まーくんより小さいけどイチゴより大きいでーす」
ダメだこりゃ。
実際に見た方が早いと諦め、キオウは「よっと」と手すりを乗り越えた。ふぅわりと浮かぶ賢者の体。
「いやーん賢者サマ、下から丸見えだよー」
「ボケッ、ズボン履いてるってのッ」
甲板からの野次に淑女のスカートのように煽られたローブを押さえて怒鳴るキオウ。キオウの反応にレイヴがますます笑い転げている。
とりあえずこの阿呆のどたまへ風の拳を一発食らわせ、キオウはラティの元に向かった。下から「横暴だ乱用だ暴力だーっ」と何やら喚きが聞こえた気が、知ったこっちゃない。
「ねー? まーくん以下イチゴ以上でしょ?」
マンゴーほどの穴を指差し胸を張るラティだが、風をはらんだマストに「もわ~っ」と埋まり軽くパニックである。
やれやれと失笑し助けてやるキオウ。
「――キオウ!」
カイの声だ。
「羅針盤を知らないか!?」
「見てねぇー」
「捜してくれ!」
「ええ~っ? 俺がかぁ? 」
「銅貨5枚やる!」
言い値にキオウはつい吹き出した。それは幼い頃にカイから貰ったお手伝い賃と同じ額だ。
引き続きマストの点検をラティに任せ、キオウはその場で浮遊術を解除した。
自然の法則に従い、フッ…、と落ちる。
「ジーク危ない!」
「あぶ?
って――…おいおいおいおいッ!」
レイヴの警告で間一髪キオウを避けるジーク。
しゅたっ、とかっこよく着地したキオウに、噴火のごとき勢いで抗議を開始する。
「こんの馬鹿賢者ァァッ! 落ちるなら下を見ろよッ!」
「見た。けどお前、真下にいたから見えなかった」
「真下こそ見るべき場所だろーがッ」
「なんでよりによって俺の真下にいやがるんだよ。お前ってどこまで運がないんだ?」
ごもっとも。
隣で笑いをこらえて肩を震わすレイヴ。怒りにわなわなと拳を震わすジーク。そのこめかみに浮かんだ青筋がプッツンしないかと観察するキオウ。
「キオウ、羅針盤!」
「あ、はいはい」
「おいコラ逃げるな待てッ!」
びーびーとわめくジークを完全に無視し、キオウはカイがいるデッキに向かった。
カイは顎に手をあてている。
「カイ、どこにやったのか覚えてないのか?」
「ああ…」
「――カイなら羅針盤なしでも大丈夫そうだよねー」
キオウの後ろについてきたレイヴだ。キオウも同感だと笑って頷くが、カイは顔をしかめたままだ。
「まっ、あった方が心強いよね。捜そう捜そう」
「レイヴ、お前も捜す気か?」
「もちろん。困ったときはお互いさまだよ」
「ん…、でもなぁ」
何かを言いよどんでいるカイ。
キオウはレイヴの目を――じっと視つめた。
「俺とカイで捜すからいい。レイヴはラティの手伝いを、してくれるだろ?」
賢者の目に吸い込まれるように寄せられるレイヴの目。
そして、ぱちぱちとまばたく。
「…あ、うん。高い場所はお手のものだし、手伝ってくるよ」
「――何をした?」
階段を降りていくレイヴが消えた後、カイは目を鋭くさせてキオウを見た。
キオウは、別に、と鼻で笑う。
「俺に、用なんだろ?」
キオウはカイの目をじっと視た。
「羅針盤は嘘。カイが羅針盤をなくすような航海士じゃないと、俺は知っている」
「…わかった。だから、術はよせ。もう嘘偽りは言わない。
これが嘘じゃないことは…、お前はわかるだろう?」
カイのためらいのないまっすぐな視線に、表情をやわらげ頷くキオウ。
その目に先ほどまで宿っていた何かは、すでに消えていた。




