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賢者サマのおふね◇キオウのこと  作者: 神代きい


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20/54

記憶の中にいる人◇日光で充電中

 インパスが強く主張することもあり、いつの間にか来客のことは「アゼルス」と呼ぶようになっていた。

 確かに、名無しのままだと不便ではあるが…。

「それで、あのダンナはマジで前国王陛下なのかよ?」

 のんびりと海に釣り糸を垂らしているジークは、隣で両足を投げ出した姿勢で釣りをしているキオウに問い掛けた。

「マジらしい。すげー騒ぎだった」

「はぁ? 騒ぎ?」

「昨日、俺いなかっただろ?」

「あ~…、そういえば。てめぇが船を留守にすんのは、珍しくもなんともねぇけど」

「いつもは師匠(ジジイ)んトコ行ってんだけどな、昨日はちょっくらショウカの王都に行ってきた。相性が最悪な《気脈》と瘴気のおかげで、俺は今少しばかり具合が悪い」

「………」

 気だるげに目を伏せて座っている賢者サマに色々とツッコミを入れたい気分ではあったが、ジークはグッと我慢した。

「ショウカ、内戦しているだろ? あの人の弟王のアグナルと、両者の叔父ウィズジー殿下が、覇権だかなんだかを争っているらしい」

「ふーん…」

「で。周囲の人間があの人を他国へ逃がそうとして、強引に船に乗せたらしいんだけど――」

「嵐で沈んだか? それとも、やられたのか?」

「後者」

「で、どっちに?」

「前者」

「弟の差し金?」

「そういう噂だ」

 興味などない口調に顔を向けると、キオウは寄りかかっていた樽に背をズリズリと擦りつけつつ床に寝転がった。釣りなどせず、部屋で寝ていればいいものを…。

「太陽熱で体温上げてるんだよ」

 青白い顔をして珍しく黒の長衣を着ている理由はソレですか…って、読心すんじゃねーよ。つか、体調悪りぃなら無駄な魔力使うんじゃねーよ。てか、具合悪くなるってわかってる場所にそもそも行くんじゃねーよ…。

 太陽でアツアツな自分の黒髪を仏頂面で撫でつけるジーク。内心のツッコミに嫌味もプラスした視線をキオウに投げつけてやったが、賢者サマはシカトするつもりらしい。

「でも、なんで弟が?」

「兄が再びの王座をどさくさにまぎれて狙っている、と疑心暗鬼らしい」

 アグナルは次の王位には己の子を、と考えている。

 ウィズジーは甥から王座を奪わんとしている。

 アゼルスはどちらにも荷担しなかった。

 ――そのために、両者とも彼の出方を警戒していた。

「と、街の人は噂していた」

「あのダンナに子供は?」

「いない」

「はぁ? 世継ぎを残さねぇと、なんかアレじゃねーか?」

 アレってなんだよ、とキオウは苦笑し、引き上げた釣り針にエサを付け直す。

「気になってたんだぜ。何故自分の子供ではなく弟に王位を譲ったのか、って」

 言って、ジークも釣り糸を引き上げる。

「そういえばあのダンナ、なんで6年前に突然王位を退いたんだろうな? キオウ、なんか知らねーか?」

「さぁ? でも『最近アグナル王は変わった。悪魔に憑かれたか!?』って噂はあった」

 噂話ばかりだな、と苦笑するジーク。

「悪魔といえば。あのピエロ、やっぱり小娘があの島で拾ったらしいな」

 自室から消えたピエロ人形を不気味に思うどころか、キーシは「お気に入りだったのに!」とプリプリお怒りだ。そのヒステリーの矛先はラティである。

「人形には魂が宿りやすい。無造作にぽい捨てされた怨みと、あの瘴気や《負の気》の影響でああなったんだろうよ」

「ふぅん…。イソメイソメ、と」

 ジークはエサを付け直し、再び海原へと竿をしならせた。

「で、お前はあのダンナをこれからどうする気だ?」

「《分岐路(みち)》は本人に任せるべき」

「困ったときだけ賢者ぶりやがって」

「よし。賢者の偉大なるチカラを見せてやる」

 竿をその場に置いたキオウが、あぐらを組んで目を閉じた。何かやるつもりらしい。

 だから無駄な魔力は…とも思ったが、興味もあるので止めないジーク。

「――お、いるいる。ジーク、もう少し右」

「右」

「よし、そこだ。ちょいと動かして誘って、もう少しで…――かかった!」

 嬉々とした声と同時に、グイッと海面へ引き寄せられる竿先。ジークはあわせるタイミングを見逃さない。

 ――…カサゴ…のような厳つい魚が釣れた。

 強面な赤い魚をぷらーんとぶら下げ、ジークはぼそりと呟く。

「…あんま、楽しくねぇな」

「便利過ぎるのも考えモンだろ? 賢者がフツーの人間と関わらない理由のひとつだ」

「お前はフツーの賢者じゃねぇだろーが」

「案外そうでもない。他の賢者と比べると、俺はまだマトモ」

「…。夢が崩れるな…」

 ジークは苦笑し、再び釣り針を海へ放つ。

「で、インパスはまだキテるのか?」

「…まぁな」

 頭痛の緩和や怪我の治療でアゼルスの部屋に行くと「父親思いの息子」とインパスは見てしまうのだ。もうこのままでもいいか、とキオウは諦めつつある。面倒だし。

 それに――…。

「お? 噂をすれば影が差す」

 インパスが盆を持ってやってきたのだ。

 床に力なく座るキオウの前で仁王立ちし、にっこりと笑う。

「ほらほらキオウ、父君に持っていってよ」

「お前が行けばいいだろうが」

「何を言う。愛子(まなご)の方が断然に嬉しいでしょ」

「…はいはい」

 ため息混じりに応えて立ち上がるキオウ。竿と交換する形で盆を受け取る。その間インパスはひたすらニコニコ顔、否、ニヤニヤ顔だ。

 あーあ…、コレっていつまで続くんだろうな…。

 キオウはため息をついた。

「ちなみに、インパス」

「んー?」

「魚かかってる」

「え? …うわっ!?」

「げっ、かなりデカいぞ! レイヴッ、速攻で網を――。

 ! いいタイミングで来たなラティ! 網持ってこい!」

「えー? 僕は今トイレに行――」

「んなモンは後だ後ッ! 魚は逃げるが便所は逃げんッ!」

「ええぇっ!? ひ、ひどいよぅ!」

 今日も賑やかなデスティニィ号であった。


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