キオウへの疑問◇キオウへの疑問
甲板の隅でひそひそと話し合うレイヴとジークに、カイは通りがかったインパスを呼び止めた。
「あのふたり――」
「へ? 最近、いつもああだよね」
「何をしているんだろうな」
さぁ…? とインパスも首を傾げる。
「キオウが寝込んだ後からだな」
「だね」
インパスが手に持つバケツで活きのいい魚がぴしっと跳ねる。ラティが釣った魚だ。
「…あ、そうだ。最近になってからさ、急に思うようになったんだけど――」
インパスが視線を落としてぼそぼそと話し始めた。バケツを置き、腕を組む。
なんだ、と先を促すカイ。
「――…俺さぁ…、デスティニィ号に乗る前に、ど~っかでキオウと会った気がするんだよねぇ…」
「知り合いだったのか?」
「いや、キオウ自身と会ったってワケじゃなくて…。
あの顔、どっかの晩餐会か何かで見た気がしてならないんだよねぇ…」
「上流階級にいそうな容姿だしな」
「あまり詮索はしたくないけど…、キオウって貴族の生まれなのかなぁ?」
「どうだかな」
「はぁ…。銀髪って、ショウカの王侯貴族にはありふれた特徴だしなぁ…」
「――それだ」
いきなり納得したように力強く頷くカイ。
はぁ? とインパスは首を傾げる。
「何が『それだ』なの?」
「今『ショウカの王侯貴族』と言ったな?」
「うん」
「キオウはこの間、こう言った」
『俺、ショウカには行きたくない』
「ショウカには、と断言した点が気になっていた。あいつ、お前と同郷なのかもしれんな」
「――――…あァァッ! 思い出した…ッ!!」
突然、インパスが降りた天啓のごとく叫んだ。
聞こえたのか、レイヴ達が驚いた顔をこちらに向けてくる。なんでもない、と手をパタパタさせてごまかし、インパスはバケツとカイの腕をつかんで厨房へと引っ張っていく。
揺さぶられるバケツの中で魚が恐れおののいているが、誰も気付きはしなかった。さらに掃除当番のキーシが「何この水浸しはーッ!?」と発狂したが、これも誰も気にはしなかった。
厨房内にある水樽の上に、まーくんがいた。
ハッとしたインパスがまーくんを外に締め出す。鍵まで念入りにかけた。
「キオウめ〜…、さてはまーくんを偵察に寄越したな? 油断大敵だなっ。ふふふ」
いや、それは絶対にないだろう。
奇妙なモノを見るような目を向けるカイに、インパスは目を輝かせて何度も頷く。
「カイッ、思い出したんだ! 間違いないッ!」
「だから、何が?」
カイが辛抱強く訊ねると、すっかり興奮したインパスは両膝をパンパンと叩いた。
「晩餐会どころじゃないッ、ショウカの王宮だよ! キオウ、国王陛下にそっくりなんだ!」
「…国王だ?」
カイの眉が訝しげにピクリと跳ねる。
「なら、なんだ? キオウは王子サマだ、とでも言い出す気か?」
「だってだってだってだって、マジですっっっっごく似てるんだよ!?」
「この世には同じ顔の人間が3人だかいると聞くがな」
「ぜっっったいにッ、キオウは陛下の御子息だよ! ほらアレなんだっけ…御落胤ってヤツ!? 陛下の御子なら王位継承権が当然あるはずで――…わおっ、キオウが王になったらどうしようっ? 雇ってもらおうかなぁ~。俺ってばまた宮廷料理長に返り咲いたりして…、ふふふっ」
返り咲くも何も、お前は自分で辞めたんだろうが。――などとは、大人のカイは言わなかった。
代わりに、深い深いため息をつく。
「その王様とやらは、アゼルス陛下か? アグナル陛下か?」
「へ? アグナル様は殿下だよ?」
「…現役から退いて7年も経っているからな、その辺りの情報にはすっかりか?」
カイはまた深いため息をついた。
「アゼルス陛下は6年前に自ら王位を退いた。今は弟のアグナル殿下が、国王だ」
「え…? そ、そーなのっ? えぇ~っ、アゼルス様ぁ~っ。なんでぇぇ~」
相当ショックだったらしい。インパスはさめざめと泣いている。
――無理もない。
アゼルスは歴史に残る残虐王の息子、父王が荒らした国を整えた名君だった。ショウカ国内外問わず、その人気は高い。
そのためにその突然の退位には世界中が騒然となったのだが――…。食材の買い付け以外は船上で過ごすインパスだ、喋るタコが国を興すほどの大事件が起きても知らないままだろう。
「なら、キオウが王子だと仮定しよう。何故こんな場所に王子がいる? 誘拐か? ならば、国家転覆を謀った犯人はどこだ?
先に言っておくが、俺ではないからな」
カイは矢継ぎ早に質問をした。
う…っ、と詰まるインパス。
「あ~…ほら、だから、きっとアレだよ。御落胤だから」
かなり苦しい説であった。
カイがやれやれとため息をつく。
「――…俺が瀕死のあいつを拾ったのは12年前。俺が船旅で立ち寄った、ここから遠く離れたキュク国の港だ。
我が子が行方知れずならば、当然国王は捜索隊を編成しただろう。だがこの12年間、そうした話を聞いたことなどなかった」
「………」
「アゼルス閣下は大変素晴らしい御仁なんだろう? もしも御落胤がいたとしても、その存在を見限ったり見捨てるようなことはしない。そういう人物なんだろう?
お前は俺以上にわかっているはずだ」
「…う、ん」
「今ショウカは内戦の最中だとも聞いたし――…ああ、それでその嫌な気配に具合を悪くしたのか」
「…うーん…」
「それなら、キオウが断言したことにも説明がつく」
「うーん……」
「なんだ、まだ不満か?」
はぁ…、とインパスが特大のため息をついた。
「ぜっっったいに、陛下の御子だと思うんだけどなぁ~…」
「まだ言うのか」
「だって陛下、ご自身だけでよく城下に行かれていたし…」
東方の島国の将軍サマのようである。
「12年前といえば、お前はまだ城にいただろうが。お前が敬愛するその陛下に、普段と変わった様子でもあったか?」
「…うーん…」
「だろうが」
「でもなぁぁぁ~…」
その後もぶつぶつ言い続けるインパス。
カイは苦笑混じりにそれを眺め、今の会話を反芻し――…、ふいに何かが引っかかったかのように動きを止めた。
そして窓の外には、相変わらずの「の~ん」とした顔の――のぞき魔まーくんの姿があった。




