キオウへの疑問◇やむを得ず
「幽体離脱~ぅ?」
レイヴは目を丸くさせ、賢者の言葉を繰り返した。
粥を頬張りつつ頷くキオウ。
「ふぇいはふっ…――正確には、それに近い状態だけど」
「それになっていたの?」
うん、とキオウは頷く。
「自分で?」
再び、頷く。
レイヴは脱力し、どさ…っ、と椅子に座った。
「な~んだ…、死んだかと思った」
「殺すな。今ここで粥をハフハフして食ってんのは、誰だよ」
「はぁ…、ビビって損したぁ」
「それはこっちのセリフだ。実体に戻ったら、なんか知らんが重いんだぜ? 俺は自分の領域でも離脱から戻る際にわざわざ確認しなきゃならんのか?」
「あはは、ゴメンゴメン」
レイヴは引きつった笑いを浮かべ、ため息をつく。
なんだか――…、ものすごーく、疲れた。
窓辺ではまーくんが光合成している。のどかなものである。
「…ん? そういやお前、元気だなぁ。病気は?」
キオウは粥を頬張ったまま、無言で壁を指さした。
壁に貼られているのは、不思議な図形が描かれた1枚の紙。レイヴはそれが魔除けの印だとすぐにわかる。トレジャーハンターとして世界中を駆け回っていた頃に、魔術師の店で買い求めたお守りのプレートにも同じ図形があった記憶がある。
この賢者サマは当時レイヴが大金で買った魔除けを、私用で手軽にポンポン描いているらしい。
「…で、なんで魔除けで元気なの?」
ピタッ、とキオウの動きが止まった。
………しまった。
「お前…、本当にどーゆー状態なんだ? 皆が心配してるのはわかるでしょーが」
「…う」
「ハケ。吐くのだ。吐かないと粥は没収っ!」
「……わ、わかった。ただし、誰にも言うなよ? いいな?」
「でええぇぇぇぇぇェェ~…ッ!?」
見張り台でレイヴの絶叫を聞いたキーシは、ちょうどお茶のセットを持って甲板から飛んできたラティと顔を見合わせた。
「…ラティ。今の、なに?」
「なんか…、い~やな予感がする」
「何それ?」
「ん…、有翼人のカンがそういってる」
「声がデカいわッ! このトマト頭がッ!」
キオウに頭をはたかれたが、レイヴはそれどころではなかった。
「ななな、なんか悪いモノが船に入り込んだぁッ!? 一体なにが――」
「それがわかりゃあ苦労しねーよッ!!」
今の自分では実体でソレを捜索するのは困難だから、精神体だけで船内を捜索していたのだ、とキオウは続けた。
腕を組んで「う~ん」と唸るレイヴ。キオウがそれをじろじろと見る。
「…意外だな」
「あん?」
「お前がそーゆーモンを意識するのが」
あはは、とレイヴは笑った。
「トレジャーハンターだからね。そーゆー噂話からお宝ポイントを探ったりもするから」
「怪談が宝に繋がるのか?」
「トラップだよ。お宝を守るオバケやモンスターかもしれない」
なるほど。
感心するキオウにレイヴは「それで?」と厳しい顔で詰め寄る。
「正体はわかった?」
首を横に振るキオウ。
「お前をここまでダウンさせるんだし、すっげーモノなんだろうなぁ」
「…ま。これは、トリプルパンチで、だけどな」
へ? と目をパチパチさせるレイヴ。
「俺は元々、ここら辺の《気脈》と相性が悪い。それで弱ったところにあの瘴気、そしてソレだ」
「あらま、賢者サマも大変だ。
――で。だいたいでいいからさ、どんなモノかはわかる?」
ずばり。
「なんか嫌なモノ」
「…そーじゃなくて。何かに憑いているとか」
「かもな」
賢者の結界内で弱る気配がないのだ、宿主があるのだろう。
なら、とレイヴが身を乗り出す。
「見慣れない物を捜せばいいんだ?」
「チリのひとつまでも、な」
「うわ、大変そう…」
「誰かに憑いている可能性もゼロじゃないんだけど――」
――――…ぎしっ
「ん?」
「あ」
「………」
ドアの向こうで盗み聞きしていたジークであった。
何故か顔を真っ青にさせ、よろよろと部屋に入ってくる。
「お…いキオウ。まさかまた、俺に憑いている、とか…?」
「あ、ホントだ」
「マジかよおおぉぉぉォォ…ッ!?」
カイがいるデッキにお盆を持って上がったインパスは、遠くから聞こえた悲鳴にきょとんとした。
「今の、ジーク?」
「だな」
「さっきはレイヴだったよねぇ?」
「だな」
「「………」」
お盆のクッキーを無意味に見つめた。
あ、ナッツが少しコゲてる。
――そしてふたりは、同時に呟いた。
「「何をやっているんだ…?」」
「……冗談だ」
キオウは耳を塞ぎつつジークを見た。
「じ、じょーだん?」
「お前には憑いてない。生気は濃すぎるぐらいだし、いたって健康」
「そ、そーか…」
安堵に脱力するジーク。やれやれと苦笑するレイヴ。
キオウはニヤニヤとジークを見ている。
「てかお前、俺と最初に会ったときとはかなり違う反応だなぁ?」
「そーゆーモンにいちいち怯えていたら、俺の本業は商売が成り立たねぇんだよ」
ジークは嫌そうにキオウを睨む。キオウはそれを無視して粥を食べ、レイヴはただただ笑っている。
「で、キオウはどこを捜したの?」
「人が入れない場所とか」
「なーんだ。じゃあ、後は俺らでも捜せるんだね。俺らが捜すよ」
「おい待て。今『俺ら』って…」
「もちろん、俺とジーク」
「勝手に決めんなッ」
「キオウは休んでな。…精神体とかいう状態でも、消耗はするんでしょ?」
「ま、多少はな」
「微々たる消耗ならやれよッ」
「ジークは冷たいなぁ。でもホントはキオウを心配しているんだよね。わかってるって。このこのっ」
「心配なんかしてねぇーーーッ!」
「……………そーなの?」
聞こえたのは子供の声だった。はた、とジークの動きが止まる。
そして、錆びついたカラクリ人形のようなぎこちなーい動きでベッドを見る。
チビキオウがポツンと座っていた。うつむき、口をとがらせて。しかも、目には涙をにじませて。
これぞ、人の良心を狙う攻撃!
キオウのこの術は姿と精神を変化させるモノ。キオウ導師は必要ならば幼少期の自分の純粋な心さえも利用するという――、ある意味とんでもない思考の持ち主であった。
「ジーク…、ぼくがキライ…なんだ……?」
「…う」
――おかしい。
ジークは己の心に狼狽した。何故こんなに胸が痛むのだろう?
子供を手にかけた経験もある。その際にためらいが皆無だったか、と訊かれると、少し悩むかもしれないが…、それとこれとは話が別だ。
キオウはうつむき、力なくまーくんを撫でている。
何故だろう…、何故こんなに動揺してしまう…!?
――ネタをバラすと、青年キオウがチビの姿へ戻る直前に、対象者の心理をデリケートにさせる術をジークにかけていたりするのであった。
「きーちゃ〜ん。よしよ〜し」
キオウの頭を「よしよし」するレイヴ。得点アップを謀っているのだろう。
「うぐ…ッ。お前ッ、賢者なら俺の本心が視えるんだろ!?」
「あはは。やっぱりジークはキオウが心配なんだねー。素直じゃないなぁ。このこの~っ」
「ちっがぁーーーうッ!!」
「……やっぱり違うんだ…」
「…ッ。だーかーらーっ!」
「ほらほらジーク、俺と一緒に」
「わーかったよッ!」
「よしッ」
途端、元の姿に戻ったキオウ。
それを見たジークが一時停止し、握り締めた拳を「こ、こここ…こ…っ」とわなわな震わせる。
「ああ? ニワトリか?」
「キオウキオウ、モノマネならジークより俺の方が」
「コイツら、マジで大ッ嫌いだああぁぁぁァァ…ッ!!」