序章◆あの日のこと
誰もいなかった。
誰もきてくれなかった。
自分はこのまま死ぬのだ、と思った。神様の元へ逝ける――、そう思った。
死を畏れはしなかった。恐怖すら感じなくなってしまった自分がいた。そして、死を望むようになってしまった自分がいた。
…失うものなんて、ない。
そう思った。
人の愛情を怖いと思った。そして《人》そのものが怖いと思った。
人は、平気で嘘をつく。だから…。
死ねば、時が止まる。こんな感情も止まる。幸せにもなれなくなるけれど――…それは今だって、同じだ。
――死神が、きた。
ソレは絵本と同じ黒い格好をしていた。吸い込まれるような漆黒の大きな鎌を持っていた。だが意外なことに、死神はまだ若い青年の姿をしていた。
死神は、どこまでも美しかった。
被った黒い布から覗く長い銀髪が綺麗だった。双眸も美しい銀だった。
死を望む自分に――必死に黒い布へしがみついて懇願する自分に、死神は声も出さず、笑いもせず、ただ静かに鎌を振り上げた。
明らかに軌道上に自分を捉えている鎌を見て、ようやくの安堵をおぼえた。胸に幸福の気持ちが広がっていく中、嬉しさに笑みを浮かべて目を閉じる。
――…あぁ…死ねるんだ…、と思った。
これでやっと…死ねるんだ…、と。
でも。
自分は今――…生きている。