8
――深山 沙奈さま
好きです
草間 和仁――
「……え?」
頭が真っ白になった。
深山……沙奈? 私?
思い込んでいたものじゃない名前が、その手紙には書いてあって。
意味が分からないまま、草間くんを見る。
彼は首の後ろを押さえながら、苦笑した。
「いや……その、書いてみたかっただけなんだ。渡すつもりはなくて……」
「え?」
ちょっと、待って。
「でも、そんな体調崩すくらい断るのに悩まれるって知ったら、ここは砕けとこうと。悪かったな、ホント」
はは、と笑う彼の口調は重い。
「これ……、佳奈子ちゃん……」
が、差出人じゃ……
そう呟くと、草間くんがため息をつく。
「少し前に部屋で書いてたのを見つかってさ、隠しておいたんだけど。佳奈子の奴、人の部屋漁った上に机に入れやがって」
「漁る……?」
「そう。だからホント朝は焦った。分かってたら、深山さんに取ってなんていわなかったのに」
え、どういうこと?
「佳奈子ちゃんから、草間くんへの手紙……じゃない、の?」
「……は? なんで佳奈子から、俺?」
呆気に取られたような表情で問いかけてくる草間くんを、じっと見つめる。
「朝、見えたんだろ? 俺から深山さんへの……その……って」
言い難そうに誤魔化す草間くんの言葉に、頭を横に振った。
「好きですって、一言だけ……」
「は?」
「好きです、しか見えなかった。名前までは……」
「――はぁ!?」
大きな声を上げて立ち上がった草間くんに驚いて、びくりと肩を揺らす。
草間くんは気付かないのか、立ち上がったまま私を見下ろしていて。
「え? じゃぁ、どうやって断ろうか悩んで具合悪くしたとかじゃ……」
「……ない」
ぶわっと、草間くんの顔が真っ赤に変わった。
そのまま力尽きたように、ソファに沈んでいく。
「え?」
その変化に、私の方が呆気に取られた。
両手で顔を押さえたその指の隙間から、草間くんが私を見た。
「なんだよ、じゃあ……俺、恥かいただけ……?」
「え? うぇっ……」
「この手紙の所為じゃなかったら、今、当たって砕けなくてもよかったわけだよな……」
「いや、その、手紙の所為って言うか。その……っ」
口籠る。
便箋には、確かに私の名前。
もしかして、私。物凄い勘違いをしていたんじゃ……
「その。佳奈子ちゃんが……」
そこまで言って、やっぱり口籠る。
もし……ていうか、確実、間違ってたよね。
物凄い、恥ずかしい勘違い。
草間くんは両手を降ろして、私を見つめた。
「あのさ。さっきから、佳奈子の名前が出てくるけど。あいつがどうかしたのか? なんか言われた?」
言われたって……
慌ててその言葉に、頭を横に振る。
「……いや、その……。佳奈子ちゃんが、朝、机に何か入れてたの思い出して……」
「それで?」
なんか、怒ったような声に変わったと思うのは、私の聞き間違いでしょうか――
「佳奈子ちゃんから、その……草間くん宛て……か、と」
静まり返る。
それは、一瞬。
「妹なんだけど」
う、声、怖い。
「っと、だから……その……血が繋がってないとか……」
「実の兄妹だけど。ていうか、どんなドラマだよ、それ」
「もしくは、名前を書かないで気持ちだけ伝えたいとか……」
どんどん声が小さくなっていくのは、草間くんの顔が怖いから。




