5
静かな廊下を、草間くんに手を引かれて歩く。
ドアの向こうでは皆がいて、先生が授業をやっているなんて分からないほど静か。
草間くんは、手を離してくれない。
あれだけ悩んでいたのに、触れていることに嬉しさを感じる私っておかしいよね。
佳奈子ちゃんの笑顔が、ちらついて思わず目を瞑った。
「草間くん、本当に大丈夫だから……」
足を止めて小声でそう伝えると、草間くんが振り返る。
「顔、真っ青。いつも世話掛けてるんだから、たまには返させて」
「でも、大丈夫だし……」
具合が悪いわけでもないのに、厚生室でなんて言えばいいのか……
誤魔化せばいいのに、そこまで頭が回らなかった。
草間くんは眉を顰めて私を見下ろしていたけれど、ため息をついてまた歩き出す。
一階の厚生室を通り過ぎて、校舎を出た。
「どこ行くの?」
「いいから」
そう言っても、止まらない。
そのまま部室棟まで来ると、最上階の一番奥のドアを開ける。
――地学部
そう書いてある札を見て、草間くんが部長をしている地学部の部室だと気付く。
「どうぞ」
促されるまま中に入ると、十畳くらいのスペースにソファと本棚、なぜかポットが置いてあった。
草間くんはさっさとドアを閉めると、ソファに腰を降ろす。
「座って」
ぽんぽん、と草間くんが腰掛けた隣を手で叩かれた。
――え。となり、に?
傍によるのを躊躇していたら、手を掴まれてソファに座らされた。
草間くんから少し離れて座ったけれど、それでも緊張する。
「深山さん、上、見て」
「え?」
俯いて手元を見ていた私に、草間くんの声が掛かる。
問い返しながら草間くんを見ると、深くソファにもたれながら彼を上を見ていた。
「上」
再び掛かる声に、私は彼と同じ様に上を向いた。
天井に向けた視線に、キラキラとした光が映る。
「……うわ……」
そこは一面、引き伸ばされた天体写真が貼ってあった。
キラキラと、小さな星が光ってる。
「凄いだろ? 去年卒業した先輩の、ある意味卒業制作」
「卒業制作?」
「そう。光って見える星、全部スワロフスキー……だっけ? あれ、貼ってある」
……
「えぇっ?!」
びっくりして、立ち上がる。
目を凝らしてみると、確かにデコ用のクリスタルが貼り付けてあるのが見えた。
「その先輩が二年の時に撮った写真を引き伸ばして、時間と金を使いまくってこつこつやってた。ま、俺たちも手伝ったけど」
「……すごいね……」
そう言って、ゆっくりとソファに座る。
いくつにも分割して拡大しただろう、天体写真。
それに一粒一粒、星に見立てたクリスタルを貼り付けていく。
壮大で、気の遠くなる作業。
「女の先輩だからこその、発想なんだろうけど。俺達じゃぁ、こんなこと考え付かない」
「へぇ……、ロマンチストな先輩だね」
「その代わり、とても静かな部活時間が続いたけどな」
「だろうね」
カニを食べる時と一緒だよね。
夢中になると、皆、無言。
その部活風景を想像できて、思わず口元が緩んだ。
「夜見たら、キラキラしてもっと綺麗だろうな」
「そうだなぁ。これ夜中まで貼ってた時があったけど、確かに綺麗だった」
本物の宇宙みたいに、目に映りそう。