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教室に帰ってきたものの、隣の席に草間くんはいなかった。
お弁当をいつも入れているバッグもなかったから、きっとご飯を食べにどこかに行っているんだろう。
私は自分の席に腰を降ろすと、頬杖をつく。
窓際の席は、午後の陽光でぽかぽかしていて。
窓の向こうは、真っ青な青空。
春や夏は綿菓子みたいな雲が多いけど、秋口は薄くかすれたような雲が多い。
草間くんに聞いたら、理由を教えてくれるのかな。
「……」
“草間くん”の名前に、思わず頬が熱くなっていく。
朝、口を塞がれた際に触れた思いの外大きかった手のひらを、思い出して。
そして、一気に血が逆流していく。
いつも笑いながらお弁当を持ってくる、佳奈子ちゃん。
おにーちゃんを好きになる気持ちは分からないけど、人を好きになる気持ちなら分かる。
勉強しか目に映っていなさそうな草間くんに対して、他の誰よりも近い人間だと思ってた。
それを、喜んでた。
いつか、その気持ちが伝わらないかと思ってた。
なのに――
朝、真っ赤になっていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。
そして、真っ青になって帰ってきてた。
その間に、返事をしたのかな。
聞きたいけど、聞けない。
知りたいけど、聞けない。
怖い
こわい
コワイ……
「……ま、み……やまさ……深山さん?」
「……っ!」
現実に戻された私の目の前には、草間くんのドアップ。
焦って身体を後ろに引いたら、床と擦れた椅子の足が嫌な音を響かせた。
「あ、ごめん。驚かせて。もう授業始まるよ?」
「う……、あ、うん」
早鐘を打つ鼓動をそのままに、机から古文の教科書を取り出す。
「どうかした? 数学でもないのに、深山さん顔色悪いけど?」
その声に顔を上げると、じっと私を見つめる草間くんと目が合った。
さっきと違って、真っ青な私といたって普通の草間くん。
「うん、大丈夫……」
何とか笑顔を作って、視線を手元に戻した。
「でも……」
何か草間くんが言いかけたけど、先生が入ってきてしまってそれは途切れた。
いつもなら楽しい古文の授業も、まったく頭に入ってこない。
耳にはいってもそのまま流れていく。
時々、草間くんから視線を感じるけど怖くて顔を上げられなかった。
頭の中は、一つの疑問に囚われていて。
受け取ったのかな。
でも、実の兄弟で……
「まさか……」
思わず呟いてしまって、口を右手で塞ぐ。
血が、繋がってない、とか……!
「あの」
突然隣から声が上がって、私の腕が掴まれた。
驚いて顔を上げると、草間くんが立ち上がって私の腕を掴んでいた。
クラス中の視線が草間くんに向いているのに、本人はあまり感じていないらしい。
まっすぐ、古文の担当教師を見ている。
「深山さん、具合が悪そうなので、厚生室に連れて行っていいですか?」
「あら、大丈夫? 辛かったら早退してね」
心配そうな顔なのに、なぜか微笑ましそうに見る古文の先生。
その声に私は慌てて頭を横に振った。
「あの、私大丈夫で……」
「連れて行きます」
私の言葉を遮るように言って、私の腕を引き上げる。
引っ張られるまま立ち上がって、歩き出した。
「それにしても、いつもと反対ねぇ。たまには、面倒見てもらいなさい」
先生の声に、クラスの雰囲気が心配から笑いに変わったのは言うまでもない。