2
「ごめん」
「いや、深山さんがすぐに違う世界に行ってしまうのは、この席になって嫌というほど理解したから。大丈夫」
「……、褒め言葉として受け取ります。とりあえず、出してみなよそれ」
机を指さすと、草間くんはゆっくりと手を引き出した。
……
「何も持ってないじゃない」
その手には、何も掴まれていない。
草間くんは少し机を私の方にずらすと、自分は椅子ごと後ろにずれた。
「深山さん、取ってくれないか?」
「え、なんで私が」
挑戦状だったら、まったく答えられませんよ。
「もし挑戦状だったら、丸めて捨てて」
「いいの?」
「いい、面倒」
「じゃ、自分でやればいいじゃない」
至極もっともな返答をすると、草間くんは首を振った。
「見たら、やらないと気が済まなくなるから」
隣人、草間くんは周りが太鼓判を押すぐらい頭はいいけど変わってる人。
その上、大人しい風貌とは似合わず、最強が付くくらいの負けず嫌い。
私は、まーいっか、位の気持ちで草間くんの机に手を伸ばした。
草間くんは本当に見たくないのか、目を逸らしたままその時を待っている。
なんだか面白い構図だな、そんな事を思いながら机の中にあるはずの彼曰く“なんか、知らないもの”を手に取った。
……? 紙というよりは、封筒?
首を傾げながらそれを取り出してみると、なんの表書きもない封筒。
「どう? 挑戦状?」
早く何かを知りたいのか、そっぽを向いたまま草間くんが急かして来る。
「え、ちょっと待って」
いつも見る挑戦状じゃない気がするんだけど、脇坂先生、今回凄く自信があるとかそーいう感じ?
封筒をひっくり返して見ても、封がしてあるだけで何も書いていなくて。
「まだ?」
再度急かして来る彼に追い立てられるように、仕方なく透かして見ようと目より少し上に翳してみた。
――好きです――
見えた文字に、目を見開く。
す……き……?
「っ、ちょっ、これラ……!!」
「って、わっ!」
ラ、の時点で気付いたのか、思いっきり焦った声を上げて私の口を草間くんが右手で塞いだ。
そのまま空いた片手で、私の手から手紙を奪い去って机の中に突っ込む。
ラ、だけで分かるとは流石秀才! じゃなくて!
その手紙の存在もあれだけど、この状況も私の心臓を壊そうとしている感じです!!
「草間 和仁、深山 沙奈。お前ら一体、何をしてるんだ」
「「……!」」
状況にそぐわない冷静な声に二人して顔を上げると、担任が両腕を前で組んで私達を見下ろしていた。
「独身教師に対して、嫌味か? あー、どうせ彼女もいないさ! いちゃついてないで、さっさと前向け。HR始めるぞー」
途中から周りの生徒に向けて声を張り上げたのか、そのままくるりと後ろを向いて教壇へと歩いていった。
草間くんは慌てて私の口を塞いでいた手を離すと、ごめんっと小さく呟く。
私は私で凄く驚いていたけれど、ゆで蛸のように真っ赤になった彼を見て反対に気持ちが落ち着いてきた。
そこである事に気づいて、鞄からちり紙を出すとそれを草間くんの机に置く。
「……?」
まだ真っ赤になったままの草間くんは、何? と首を傾げた。
「リップつけてるから。多分、手についちゃってると思う」
どうしても秋から冬にかけては唇がかさつくから。
草間くんは慌てたように手のひらを見ると、いきなり立ち上がった。
「……草間、どうした」
連絡事項を話していた担任が、呆気に取られたように瞬きを繰り返して。
「忘れ物したので、取ってきます!」
そう一気に言うと、草間くんは走り去っていった。
「どうしたんだ、あいつは」
担任の言葉に、クラス一同、同意するように首を傾げた。




