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「ごめんなさい、深山先輩」
目の前でしょぼくれる佳奈子ちゃんに、もういいよと笑顔を向ける。
あの後大声を出して部室から飛び出そうとした佳奈子ちゃんを、すんでの差で草間くんが捕まえて。
そして朝のラブレターのことを、謝られた。
説明させる為に、さっき教室戻った際、佳奈子ちゃんにメールしたんだったと草間くんが言ったのはその後。
頼むから、もっと早く思い出して!
あんな恥ずかしい場面、見られたくなかったわ!
で、現在に至る。
「だって、おにーちゃんてばレトロにラブレターなんて書いちゃってさー。さっさと渡しちゃえってけしかけても、まったく聞きゃしないんだもん。だから、机に入れといてやれば、渡す勇気が出るかと思ったんだけど」
「お前は、もっと女性らしく振舞えないのか」
少し離れた椅子に座っていた草間くんは、少し不機嫌そう。
佳奈子ちゃんは、同じ様に不機嫌そうな視線を草間くんに向けた。
「おにーちゃんは、もっと男っぽくなった方がいいんじゃないのー。邪魔されたからって、怒っちゃってさー。顔に似合わず、ロマンチストでウザい」
「佳奈子!」
草間くんの声に、佳奈子ちゃんはソファから立ち上がってドアノブにしがみついた。
「お邪魔虫は退散しますーっ! 本当にすみませんでした、深山先輩」
「俺には!」
「おにーちゃんの、へたれー!」
「佳奈子!」
ぎゃはは、と笑い声を上げて、佳奈子ちゃんは去っていった。
ぐったりと肩を落とした草間くんは、さっきまで佳奈子ちゃんが座っていた私の隣に腰を降ろす。
「兄妹以外の、何者でもないだろ」
「確かに」
苦笑しか、出来ない。
草間くんは大きく息を吐き出すと、天井に視線を向けた。
「今日、部活休みなんだよね」
「……うん?」
いきなり話が変わって、なんだろうと聞き返す。
草間くんは、じっと上を見ていて。
「これ、暗い中で見てみたくない?」
「え?」
これ?
草間くんの視線を辿る。
そこには、さっきも見上げていた天体写真。
キラキラと、星が光ってる。
「さっき、深山さん言ってただろ? 夜見たら、キラキラしてもっと綺麗だろうなって」
「あ、うん」
壁掛け時計は、まだ六限中を指していて。
少なくとも、あと三時間はここにいる事になる。
嬉しいような、恥ずかしいような。
「いや、何もしないから。さっきは……ちょっと流されたというかなんというか。誰か来たら嫌だから、鍵は閉めるけど」
「鍵?」
「いや、ほら。早退したはずの深山さんがここにいるのばれたら、何言われるか分からないし」
いつもはあまり見ない焦った表情に、思わず噴出してしまった。
口元を手で押さえても止められない。
草間くんは少し不貞腐れたような顔で、私を見ている。
「なんで笑うかな」
そう言われて止めようとは思うんだけど、どうしても笑いが漏れる。
「だって、いつもの草間くんじゃないんだもの」
クラスの子の言葉じゃないけど、あんまり喜怒哀楽を表に出さない人なのに。
今日は、全部見れた気がする。
「深山さんは、すっかりいつもの君だね」
「ごめんなさい」
笑いながら謝っても、まったく意味はないだろうけど。
私はまだ機嫌の直っていない草間くんの袖を引っ張って、天井じゃなくて窓の向こうを指差した。
「暗くなるの待ってる間、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
草間くんは外じゃなくて私を見る。
私はさっき聞いてみようと思った、彼の好きな分野の問いを口にする。
「どうして季節ごとに、雲の雰囲気が変わるの?」
「え?」
聞き返す彼に、ほら……と指を揺らす。
それを辿るように、草間くんの視線が窓の向こうに向いた。
「秋とか冬の曇って、薄くてかすれてるじゃない。どうして?」
「ん? あぁ、それは……」
怪訝そうにしていた顔が、いきなりいつもの顔に戻る。
数学の挑戦状をといている時みたいな、淡々としているのに目だけは楽しそうな。
この目を知っている人は、何人くらいいるのかな、とか思う。
草間くんは私の疑問に、すらすらと答えていて。
思わず、目を細める。
「ね、草間くん」
すらすらと話していた草間くんが、ん? と口を噤む。
「好き」
「……っ」
今のトコ、この顔は私だけのもの、かな?
今日一日振り回された手紙を手に持ったまま、一気に真っ赤に変わっていく顔を私は満面の笑みで見つめた。