プロローグ
カーテンの隙間から差し込む太陽の光で目を覚ました。光はあまりにも強烈で、頭痛を誘った。
視線を上げると、宙を舞う埃が、光を受けて金粉のようにきらめいていた。
枕元の携帯を手に取る。
3月10日 12時34分。
画面には、そう表示されていた。
スマホをズボンのポケットに入れ、重い身体を起こし、窓際に置かれたゲーミングチェアに腰掛ける。
右手の机には、昨日使った空のコップが置いてあった。
足元に置いてあった1.5リットルのペットボトルを拾い上げ、お茶をコップに注ぐ。
お茶を飲むと、頭のエンジンがゆっくりとかかっていく気がした。
ポケットからスマホを取り出し、ゲームを開く。
僕、田中初(27歳)は、ヒキニートである。
親が残した金を浪費しながら、起きてゲームをし、眠る毎日。
外出はゴミ出しのみ。
そんな生活を10年近く続けている。
一人暮らしのヒキニート。なかなかレアだと思う。
このまま孤独死するのだろう。そんな不安が少しばかりある。
でも、そんな不安もゲームをやれば忘れられる。
それが、何年もヒキニートをやって学んだことだ。
いつものようにオンラインゲームにログインすると、あることに気づいた。
───あれ、今日もRATがいない……。
ネットでの友人、RATがゲームにログインしていなかったのだ。
───アイツがこんなに長くログインしないなんて、珍しいな。
PCのボイスチャットアプリを開いたが、RATはオフラインだった。
RATとは、このゲームのサービスが始まったときに知り合った。
チャット欄で、アニメかゲームの話をして意気投合したのが始まりだったと思う。
それから、ボイスチャットのアプリで話すようになり、毎日のように遊んでいた。
声からすると、三、四十代の元気なおっさんという感じだった。
顔も本名も知らない。だが、僕にとっては気心の知れた相手だった。
アニメの感想、くだらない攻略情報、下ネタを含んだ雑談。
───いつもは、この時間にログインしてるのに……。
ゲームのログイン履歴を見ると、もう一週間もログインしていなかった。
───アイツと最後に話したのは、確か……。
一週間前。RATの弾んだ声がよみがえる。
「来週からイベ始まるけど、ランキング走る?」
「当たり前ですよ!! だって、今回のイベントには、私の推しのパトリシアちゃんがいるんですよ!! ランキング上位に入れば、SSR選択チケット! 行くしかないでしょ!!!」
RATは、いつも以上に元気だった。
だいぶ年上に思えるのに、RATはいつも僕に敬語を使っていた。
───あんなに言ってたのにログインしてないとか……。アイツこそ、孤独死したんじゃないか?
不安が胸をよぎる。
───……ま、仕事が忙しいとか言ってたし、多分それだろう。可哀想だな、アイツ。
RATに同情しつつ、僕はとりあえずゲームを始めた。
デイリーミッションを終え、冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫からコーラを取り出し、一口飲む。喉を突き刺す炭酸が、痛みに似た爽快感を与えた。
机に戻り、飲みかけのコーラの缶を置く。
慣れた手つきでブラウザを開いた。
───なんか面白いニュースないかな〜。
ぼーっとしながらネットサーフィンをする。
───ん?
ふと、あるネット記事が目に留まった。
【大山組惨殺事件 組員全員死亡】
記事によると、大山組という暴力団が襲撃され、組員全員が死亡したらしい。
警察は、大山組と敵対関係にあった暴力団の関与を調べているという。
事件が起きたのは、僕の住む場所の近くだった。
───うわ……これ、地元じゃん……。こっわ。
───でも外に出ないし、関係ないか!
───よし、別のゲームでもするかな。確か、そっちも今日からのイベントがあったはず!
マウスに手を伸ばした拍子に、肘が何かに触れた。
───あ……。
机の上で、コーラの缶が横倒しになっていた。
缶からあふれたコーラが、よりにもよってスマホを直撃した。
太腿にまで、冷たい液体がかかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
消えるスマホの画面。
急いでティッシュで拭いたが、悪あがきもむなしく、スマホは息を引き取った。




