最後まで読んでくれると助かります。
午後十一時四十分。友達の佐伯から、メッセージが届いた。
『お前、小説読むよな』
『読むけど』
『短いの書いた。感想くれないか?』
珍しいこともあるもんだ。佐伯は読書感想文すら禄に書けないような男だ。
『どんな話?』
『手紙の話』
『恋愛?』
『読めば分かる』
続けて、小説サイトのリンクが送られてきた。明日も学校だ。もう寝ようと思っていたけど、三千文字くらいしかないらしい。
僕はリンクを開いた。
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下駄箱に手紙が入っていた。
白い封筒だ。宛名も差出人も書いていない。
「おっ、ラブレター?」
隣で靴を履いていた友達が、俺の手元をのぞき込んだ。
「こういうの、今でもあるんだな」
俺はなんてことないフリをしてみるが、実際すこし嬉しい。誰が送ってきたんだろう。期待に胸が膨らむ。
「果たし状かもしれねーぞ」
「俺が何したってんだよ」
そう笑いながら封を切った。
手紙の一行目には、今夜の午前零時、お前の家に女が来る、と書かれている。
「不幸の手紙じゃん」
友達は、一行目を見ただけで顔を背けた。
「最後まで読めよ」
「やだよ。こういうの、気持ち悪いもん」
「信じてんの?」
「信じてないけど、やだ」
友達はさっさと歩いていった。
教室に戻って、手紙の続きを読む。誰がこんな悪戯をしたんだろう。
そこには、夜中に知らない女が訪ねてきたという男の話が書かれていた。
白い服を着た女が、毎晩、玄関のドアを叩く。男は無視を続けたが、最後には家に入られて、殺されてしまう。
ありがちな怖い話、といった感じだ。
だけど、男が死んだあとにも文章は続いていた。
ここまで読んだ人のところにも、今夜、女が来るらしい。助かりたければ、自分も女のことを書いた手紙を誰かに送れ。そして、その手紙の最後で次の人にも同じことをするように伝えろ、と。
相手が最後まで読めば、女はそちらへ行くそうだ。ご丁寧に助けてくれてありがとう、とまで書いてあった。
ありがちな不幸の手紙。よくあるチェーンメールの手法。
俺は便箋を丸めた。こんなもので怖がるほど、ガキじゃない。
その夜、午前零時。
玄関のチャイムが鳴った。母は夜勤で、家には俺しかいない。
インターホンの画面を見ると、女が立っていた。白い服。長い髪。うつむいているせいで、顔は見えない。
「どちら様ですか」
震える声で問いかける。
答えはない。女はそのままドアの方に向かって画面から姿を消した。
玄関のドアが三回鳴る。
こん、こん、こん。
口元を押さえ、足音を立てないように注意しながら玄関のドアに近づく。ドアスコープから外を覗くと俯いた女の頭頂部が目の前に見える。
こん、こん、こん。
ドアを叩く音が部屋に響く。
女が、ゆっくり頭を持ち上げる。そしてまた俯きドアに近づいてくる。
こん、こん、こん。
俺はそこで、ようやく気づいた。
この女は、頭でドアを叩いている。口元を押さえて悲鳴を噛み殺しながら部屋に逃げ込み、布団をかぶった。
朝になるまで、音はやまなかった。
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ここまで読んで、僕は佐伯にメッセージを送った。
『普通に怖いじゃん』
『最後まで読んだ?』
『まだ』
『最後まで頼む。オチがあるから』
自分から感想を求めておいて、途中の感想には興味がないらしい。まあ、せっかく書いたなら、結末を見てほしいか。
僕は小説に戻った。
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翌朝、玄関の外に便箋が落ちていた。
『今夜、また来ます。今度は中まで入ります。』
学校で友達に昨夜のことを話しても、信じてもらえなかった。下駄箱に入っていた手紙を見せようとすると、逃げられた。
「そこまで必死になられると、余計に読みたくないって」
写真を撮って送ってみた。返事は来なかった。母にも送ったが、『変な遊びはやめなさい』と叱られた。
夜になった。
玄関の鍵を確かめて、チェーンもかけた。ドアの前には、せめてもの抵抗で靴箱を引きずって置いた。それでも安心できない。あの女が鍵を気にするとは思えなかった。
午後十一時。
俺はスマホを握りしめていた。
誰か一人でいい。最後まで読んでくれればいい。だけど、正直に説明したら、誰も読まない。
俺だって、事情を知っていたら読まなかった。
そのとき、昼間の友達の言葉を思い出した。
「そこまで必死になられると、余計に読みたくない」
だったら、必死にならなければいい。不幸の手紙だと、気づかれなければいい。
最初の手紙だって、ほとんどは怖い話だった。俺はその続きを読んで、最後の呼びかけまで読んでしまった。
女のことを書いて、最後に次の人へ伝える。
それなら俺にも書ける。昨日の夜にあったことを、そのまま書けばいい。
俺は小説サイトの、新規投稿画面を開いた。
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「なるほど?」
声に出た。
不幸の手紙を、そのまま渡すから警戒される。怖い小説にすれば、読者の方から読んでくれる。
使い古された仕掛けかもしれないけれど、普段小説を読まない佐伯が考えたなら、悪くない。
僕はメッセージを打った。
『小説にして読ませるってことね』
『うん』
『主人公、性格悪すぎだろ』
『そうしないと助からないから』
『で、女が次の読者のとこに行くオチ?』
既読は付いたが返事は来なかった。僕は残りを読み進める。
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投稿してしばらく待った。閲覧数は増えなかった。考えてみれば当然だ。俺には読者もいないし、宣伝に使うアカウントもない。知らない人が偶然見つけてくれるのを待つしかない。
時計は午後十一時半を回っていた。
俺は連絡先を開いた。
小説を読むやつなら、一人知っていた。そいつには、昼間、手紙の話をしていない。怖い目に遭ったことも話していない。だから、普通に頼めばいい。
短いのを書いたから、感想をくれないか。
それだけでいい。
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指が止まった。僕はトーク画面を開き直した。
『短いの書いた。感想くれないか?』
佐伯のメッセージを、もう一度読んだ。
いや。これは演出だ。読者に実際に送った言葉を小説にも入れる。そうすれば、自分のことみたいで怖くなる。
佐伯は僕を怖がらせようとしている。
明らかにそうだ。所詮はただの小説だ。
まだもうすこしだけ続きがある。僕は画面を下に送った。
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最後に、これを読んでいるお前に伝えておく。
うまくいけば、今夜、俺の家に女は来ない。
代わりに、これを読んでいるお前のところへ行く。
怒っているかもしれない。冗談だと思っているかもしれない。
俺も、最初はそうだった。
だから、信じなくてもいい。
ただ、今夜、玄関が鳴ったら、明日の夜までには次の人を見つけてほしい。
女のことを書いて、最後に、読んだ人にも同じことをするように伝える。その人が最後まで読めば、お前は助かる。
ここまで読んでくれたなら、あと一文だけだ。
この小説を、お前への手紙とする。
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読み終えて、しばらく画面を見つめていると、佐伯からメッセージが届いた。
『ありがとう』
僕はすぐに佐伯に電話をかけたが、出ない。
『おい』
『そういうの、もういいから』
『電話出ろって』
メッセージにも既読はつかなかった。時刻を見る。
午後十一時五十五分。
僕は玄関の方を見た。もちろん、誰もいない。何を怖がっているんだろう。あいつの書いた小説を読んだだけじゃないか。
そもそも、小説にした手紙まで有効だなんて、そんな都合のいいルールがあるものか。
女のことを書いた手紙を送れ、とは書いてあった。でも、小説サイトに投稿したものまで手紙になるのか。それは、この小説の主人公が勝手にそう考えただけだ。本当にそれで助かったのかさえ、まだ分からない。
よく分からないな、そう思って僕はブラウザバックして、あらすじを読み直した。




