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最後まで読んでくれると助かります。

作者: 小野千春
掲載日:2026/10/27

 午後十一時四十分。友達の佐伯から、メッセージが届いた。


『お前、小説読むよな』

『読むけど』

『短いの書いた。感想くれないか?』


 珍しいこともあるもんだ。佐伯は読書感想文すら禄に書けないような男だ。


『どんな話?』

『手紙の話』

『恋愛?』

『読めば分かる』


 続けて、小説サイトのリンクが送られてきた。明日も学校だ。もう寝ようと思っていたけど、三千文字くらいしかないらしい。


 僕はリンクを開いた。




-----


 下駄箱に手紙が入っていた。


 白い封筒だ。宛名も差出人も書いていない。


「おっ、ラブレター?」


 隣で靴を履いていた友達が、俺の手元をのぞき込んだ。


「こういうの、今でもあるんだな」


 俺はなんてことないフリをしてみるが、実際すこし嬉しい。誰が送ってきたんだろう。期待に胸が膨らむ。


「果たし状かもしれねーぞ」


「俺が何したってんだよ」


 そう笑いながら封を切った。


 手紙の一行目には、今夜の午前零時、お前の家に女が来る、と書かれている。


「不幸の手紙じゃん」


 友達は、一行目を見ただけで顔を背けた。


「最後まで読めよ」


「やだよ。こういうの、気持ち悪いもん」


「信じてんの?」


「信じてないけど、やだ」


 友達はさっさと歩いていった。


 教室に戻って、手紙の続きを読む。誰がこんな悪戯をしたんだろう。

 そこには、夜中に知らない女が訪ねてきたという男の話が書かれていた。


 白い服を着た女が、毎晩、玄関のドアを叩く。男は無視を続けたが、最後には家に入られて、殺されてしまう。


 ありがちな怖い話、といった感じだ。


 だけど、男が死んだあとにも文章は続いていた。


 ここまで読んだ人のところにも、今夜、女が来るらしい。助かりたければ、自分も女のことを書いた手紙を誰かに送れ。そして、その手紙の最後で次の人にも同じことをするように伝えろ、と。


 相手が最後まで読めば、女はそちらへ行くそうだ。ご丁寧に助けてくれてありがとう、とまで書いてあった。


 ありがちな不幸の手紙。よくあるチェーンメールの手法。


 俺は便箋を丸めた。こんなもので怖がるほど、ガキじゃない。


 その夜、午前零時。


 玄関のチャイムが鳴った。母は夜勤で、家には俺しかいない。


 インターホンの画面を見ると、女が立っていた。白い服。長い髪。うつむいているせいで、顔は見えない。


「どちら様ですか」


 震える声で問いかける。


 答えはない。女はそのままドアの方に向かって画面から姿を消した。


 玄関のドアが三回鳴る。


 こん、こん、こん。


 口元を押さえ、足音を立てないように注意しながら玄関のドアに近づく。ドアスコープから外を覗くと俯いた女の頭頂部が目の前に見える。


 こん、こん、こん。


 ドアを叩く音が部屋に響く。


 女が、ゆっくり頭を持ち上げる。そしてまた俯きドアに近づいてくる。


 こん、こん、こん。


 俺はそこで、ようやく気づいた。


 この女は、頭でドアを叩いている。口元を押さえて悲鳴を噛み殺しながら部屋に逃げ込み、布団をかぶった。


 朝になるまで、音はやまなかった。


----



     

 ここまで読んで、僕は佐伯にメッセージを送った。


『普通に怖いじゃん』

『最後まで読んだ?』

『まだ』

『最後まで頼む。オチがあるから』


 自分から感想を求めておいて、途中の感想には興味がないらしい。まあ、せっかく書いたなら、結末を見てほしいか。


 僕は小説に戻った。




----


 翌朝、玄関の外に便箋が落ちていた。


『今夜、また来ます。今度は中まで入ります。』


 学校で友達に昨夜のことを話しても、信じてもらえなかった。下駄箱に入っていた手紙を見せようとすると、逃げられた。


「そこまで必死になられると、余計に読みたくないって」


 写真を撮って送ってみた。返事は来なかった。母にも送ったが、『変な遊びはやめなさい』と叱られた。


 夜になった。


 玄関の鍵を確かめて、チェーンもかけた。ドアの前には、せめてもの抵抗で靴箱を引きずって置いた。それでも安心できない。あの女が鍵を気にするとは思えなかった。


 午後十一時。


 俺はスマホを握りしめていた。


 誰か一人でいい。最後まで読んでくれればいい。だけど、正直に説明したら、誰も読まない。


 俺だって、事情を知っていたら読まなかった。


 そのとき、昼間の友達の言葉を思い出した。


「そこまで必死になられると、余計に読みたくない」


 だったら、必死にならなければいい。不幸の手紙だと、気づかれなければいい。


 最初の手紙だって、ほとんどは怖い話だった。俺はその続きを読んで、最後の呼びかけまで読んでしまった。


 女のことを書いて、最後に次の人へ伝える。


 それなら俺にも書ける。昨日の夜にあったことを、そのまま書けばいい。


 俺は小説サイトの、新規投稿画面を開いた。


----





「なるほど?」


 声に出た。


 不幸の手紙を、そのまま渡すから警戒される。怖い小説にすれば、読者の方から読んでくれる。


 使い古された仕掛けかもしれないけれど、普段小説を読まない佐伯が考えたなら、悪くない。


 僕はメッセージを打った。


『小説にして読ませるってことね』

『うん』

『主人公、性格悪すぎだろ』

『そうしないと助からないから』

『で、女が次の読者のとこに行くオチ?』


 既読は付いたが返事は来なかった。僕は残りを読み進める。





----


 投稿してしばらく待った。閲覧数は増えなかった。考えてみれば当然だ。俺には読者もいないし、宣伝に使うアカウントもない。知らない人が偶然見つけてくれるのを待つしかない。


 時計は午後十一時半を回っていた。


 俺は連絡先を開いた。


 小説を読むやつなら、一人知っていた。そいつには、昼間、手紙の話をしていない。怖い目に遭ったことも話していない。だから、普通に頼めばいい。


 短いのを書いたから、感想をくれないか。


 それだけでいい。


----





 指が止まった。僕はトーク画面を開き直した。


『短いの書いた。感想くれないか?』


 佐伯のメッセージを、もう一度読んだ。


 いや。これは演出だ。読者に実際に送った言葉を小説にも入れる。そうすれば、自分のことみたいで怖くなる。


 佐伯は僕を怖がらせようとしている。


 明らかにそうだ。所詮はただの小説だ。


 まだもうすこしだけ続きがある。僕は画面を下に送った。





----

  

 最後に、これを読んでいるお前に伝えておく。


 うまくいけば、今夜、俺の家に女は来ない。


 代わりに、これを読んでいるお前のところへ行く。


 怒っているかもしれない。冗談だと思っているかもしれない。


 俺も、最初はそうだった。


 だから、信じなくてもいい。


 ただ、今夜、玄関が鳴ったら、明日の夜までには次の人を見つけてほしい。


 女のことを書いて、最後に、読んだ人にも同じことをするように伝える。その人が最後まで読めば、お前は助かる。


 ここまで読んでくれたなら、あと一文だけだ。


 この小説を、お前への手紙とする。


----





 読み終えて、しばらく画面を見つめていると、佐伯からメッセージが届いた。


『ありがとう』


 僕はすぐに佐伯に電話をかけたが、出ない。


『おい』

『そういうの、もういいから』

『電話出ろって』


 メッセージにも既読はつかなかった。時刻を見る。


 午後十一時五十五分。


 僕は玄関の方を見た。もちろん、誰もいない。何を怖がっているんだろう。あいつの書いた小説を読んだだけじゃないか。


 そもそも、小説にした手紙まで有効だなんて、そんな都合のいいルールがあるものか。


 女のことを書いた手紙を送れ、とは書いてあった。でも、小説サイトに投稿したものまで手紙になるのか。それは、この小説の主人公が勝手にそう考えただけだ。本当にそれで助かったのかさえ、まだ分からない。


 よく分からないな、そう思って僕はブラウザバックして、あらすじを読み直した。

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