明日までの恋
夏休み。
今年も両親に連れられて、祖父母の家のある、海辺の町へと帰省をした。
生まれて数十年、両親は欠かさずに夏休みの時期に帰省することを年間行事に組み込んでいるのだ。
かくいう僕は中学三年生にもなり、そろそろ反抗期に差し掛かる頃だというのに両親の方針には従っている。
祖父母の家に到着すると、両親は祖父母との会話でつきっきりになり、僕はこの帰省の間は暇を持て余してしまう。
「……少しくらい、夏らしいことでもするか」
なんて、ちょっと厨二っぽいセリフを吐いて玄関を出る。気ままに歩いているつもりでも足取りは軽やかだった。
目的とする場所は海だった。なぜ海へ向かったのかと問われれば理由は1つだった。
毎年、海を訪れるたびに出会う麦わら帽子を被った少女。少女に会えると思っているから海へ向かうのだ。
そして海が見える砂浜へたどり着くと--
麦わら帽子が海風にさらわれないように手で押さえながら水平線を眺める少女がいた。
少年がいることに気が付くと、決まってこういう。
「今年も来たんだね」
僕も決まって
「そっちこそ」
なんて返す。
特別なことは何もしていない。でも僕にとっては、それだけで妙にうれしくなるのだ。
砂浜を少し歩きながら堤防ののっぺりに腰を下ろして何気ない会話をする。
学校の事、夏休みの事、海の事、くだらない話、
駄菓子屋を訪れてアイスを食べたり。
本当に何でもない時間。
でも、その「なんでもなさ」が僕の時間を充実させるには十分だった。
こんな何でもない一日を数年と繰り返してきた。だから、帰るときに寂しさといったものはなかった。
夕方。
僕と彼女はいつものように海が見える場所で別れる。僕は当然
「じゃあ、また明日」
くらいの気持ちであいさつをする。だが、この日に限って、彼女は少し間を置いてこう言った。
「……明日も、ここに来て」
と言う。僕はその言葉を疑わずに肯定した。
「うん、わかった」
それだけ。
大げさな約束ではない。だから、その日はそのまま別れた。
帰り道、僕は少しだけ浮かれている。
明日は何を話そうか、今日聞けなかったことを聞いてみようか、そうすればもう少し長く一緒にいられるかな。
そんなことを考える。ただ
「明日も会える」
それがたまらなく嬉しいんだ。
翌日、僕は彼女と約束した通り海へと向かう。
しかし--
麦わら帽子を被った彼女はいない。
「まだ来ていないのかな」
そう思い、一先ず待ってみることにした。
でも来ない。痺れを切らして僕は初めて彼女の家へと向かった。実は毎年海で会っていたから、家の場所だけは知っている。
息を切らしながら彼女のいる家へとたどり着く。しかし、そこにあったのは--
もぬけの殻と化していた家であった。カーテンがない。庭に植物もない。
しばらく、家の前に立っていると、近所の人が、気が付いて声をかけてきた。
「その家に用事でもあったのかい?」
用事という用事でもないが首だけは縦に振った。するとご近所さんは
「この家の人は昨日引っ越ししたんだよ。なんでも、旦那さんが都会の方に赴任するからって家族そろってお引越しするんだって奥さんが息巻いていたよ」
言葉を失った。
昨日、少女と会った。
昨日、
「明日もここに来て」
と言われた。
僕は約束を守った。
でも少女は、もうこの町にはいない。なんであのとき、彼女は一言だけ言って他に何も言わなかったのか。
僕はまた海へ戻ってきた。
昨日と同じ場所。昨日と同じ海。だが、少女だけがこの場にいない。
得も言われぬこの感情を僕は海へ投げる。
「あれは、恋だったのか……」
彼女がいなくなったことで初めて気づいてしまった。海を見ながらあの時の会話を思い出す。
ただ、
「また来年」
と言えなかったことだけが、ずっと心の中で燻っていたのだった……。




