世界は合い言葉であふれている
ぼくはわんこ。
毎朝、飼い主が「おはよう」と言う。ぼくにはただの音に聞こえるけれど、その音を口にすると、人間同士はにっこり笑う。どうやらそれは“合い言葉”らしい。
散歩の途中、近所のおばさんが「おはようございます」と声をかけてくる。飼い主も同じ言葉を返す。ぼくはしっぽを振るけれど、誰も「わん!」を合い言葉にしてくれない。人間って、合い言葉ばかりだなあ。
夕方。「じゃあね」「また明日」――帰りの挨拶も合い言葉だ。公園で遊んでいた子どもたちがそう言って別れていく。ぼくも「わん!」と声を出すけれど、返してくれる人はいない。ぼくの合い言葉は、風に溶けて消えてしまうみたいだ。
でも、人間同士は、その合い言葉を交わすだけで仲間になれるらしい。すごいなあ。ぼくも仲間に入りたいけれど、「わん!」はどうやら認証されないらしい。
季節が変わると、合い言葉も変わる。
「寒いね」「暑いね」「桜がきれいだね」――それだけで、人間は同じ景色を共有できる。ぼくも桜の下で「わん!」と吠えるけれど、誰も「ほんとだね」とは返してくれない。
ぼくには匂いで季節がわかる。春は花の匂い、夏は草の匂い、秋は落ち葉の匂い、冬は冷たい空気の匂い。ぼくの世界は匂いであふれている。
人間の世界は、合い言葉であふれている。
朝の挨拶も、帰りの挨拶も、季節の挨拶も。
人間って、ほんとうに合い言葉ばかりだ。
もし「わん!」が人間の合い言葉になったら、世界はきっともっと楽しくなるだろう。だってぼくは毎日、何度でも「わん!」って言えるのだから。
でも、やっぱりできなかった。
人間の世界は合い言葉であふれているけれど、ぼくの世界はしっぽと匂いであふれている。
それでもいい。
飼い主が「ただいま」と言うとき、ぼくが「わん!」と返すと、笑顔になってくれる。
それだけで、ぼくにとっての合い言葉は完成しているんだ。




