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-77- 着た切り雀

 私達庶民にとって、全てが全て満足できるという環境はそう容易(たやす)くは整わない。出来るだけ始末する、消耗させないetc.といった日々の慎ましやかな切り詰めで生活を維持しようとする。そんなことで、衣類も着た切り雀になってしまう訳です。理想は売れっ子の芸能人さんのように好き勝手に自前の衣類を身に着けられる生活ですが…。^^

 押花(おしばな)は今日もまた、一張羅(いっちょうら)の背広と結び古したネクタイを身に着け、混んだ地下鉄に揺られながら都庁へ向かっていた。

「おはようございます、課長!」

 同じ課の課長補佐、標本(しるしもと)が、今日も同じネクタイと背広ですか…という、うざったい視線で押花を見ながら、斜め後方から小さく声をかけた。二人とも立ち席である。

「…ああ、おはよう。君もこの線だったか?」

 押花は斜め後ろを振り返り、声を返した。

「はい…」

 いつも同じ路線、同じ時間帯に乗る地下鉄で出会わないということは、それだけ乗客が多いんだな…と、つまらなく考えながら、押花は周りの乗客に押花のように押され続けた。こんなとき、着た切り雀の背広やネクタイはモノを言う。少々、押されても着崩れる心配がないほど着古されているからラだった。理想は込んでいない車内に座り、真新しい背広やネクタイ身に着けて出勤することだが、都会の日々は、そんな悠長なものではなかった。そんなことで、着た切り雀の外装は戦闘用の(よろい)にもなっていたのである。

 都庁へ着くと、標本の背広は周囲の乗客に押され続けたことで着崩れ、押花の背広は少しの変化もなかった。

『へへへ…年の功だな』

 したり顔で押花の背広は標本の背広へ声をかけた。

『先輩っ! (おそ)れ入りました…』

『ははは…君もいずれは私のようになるさっ!』

 したり顔で押花の背広は標本の背広へ返した。課内に入った二人は、課長席と課長補佐席へ別れて座った。

 理想は着た切り雀にならない生活ですが、着た切り雀には、こんな特典もあるんですね。^^ 


                   完

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