-70- 旅
旅は出よう! …と意気込んで、とにかく出ることである。出てしまえば、あとは上手くしたもので、何とかなるものだ。理想は、ゆったりと計画を立てて出ることだが、動きの速い現代ではまあ、そう都合よくいかない場合が多いから、とにかく出た方がいいようだ。お金が無ければ無理な話ですが…。^^
蛸壺は旅に出よう! …と、決意するほどのことでもないのに決意した。
決意すれば何のことはない。あとは家を飛び出すだけだ。そんなことで、取り敢えず困らない金額を財布に詰め込むと、適当に衣服を選んで身に包み、蛸壺はフラッと駅へ向かった。行き先も何も考えていなかったから、これからどうなるか? も分からない。フツゥ~ならかなり気がかりになるところだが、蛸壺は少しも気にせず、お構いなしに駅構内へ入り、適当に切符を買ってホームに停車中の客車へと飛び乗った。すると、存外に上手く旅は進んでいく。
「乗り越しですね…。どちらまで?」
「どこか、のんびり出来る温泉なんかありませんかねぇ~?」
「ははは…そう言われても。尾豚線で乗り換えて頂けば、小一時間、行ったところに牛川温泉がありますが…」
「…ですか。それじゃ、そこまでの切符をお願いします」
「鳥毛駅までは普通切符だけ、鳥毛から牛川温泉前までは[特急 鹿馬]の特急券ですから…」
車内を巡回する改札駅員は軽く電卓で計算し出した。
「3,200円ですね…」
「あっ、そぉ~~」
蛸壺は財布から10,OOO円札を出して改札駅員に手渡した。駅員は6,800円のお釣りを蛸壺に返した。
「よい、旅を…」
そう笑顔で言うと、改札駅員は前の席へ去っていった。こりゃ、いいや…と、蛸壺は永い腕をグニャリと回しながら駅構内で買った駅弁を食べ始めた。泊まる宿もスンナリと決まり、快適な旅は続いていった。蛸壺は、出よう! と意気込んで出てよかった…と思うほどのことでもないのに、しみじみと思った。
理想どおりの旅とは、アレコレと深く考えて出る必要はないようです。^^
完




