-63- 取り零(こぼ)し
神様や仏様でない人である以上、誰にだって取り零しはある。まあ、理想は出来るだけ取り零しを少なくすることですが…。^^
とある大学受験会場である。一人の受験生、鳥尾はやるだけのことはやった…という俎板の上の鯉の気分で試験界の合図を待っていた。
「では、始めて下さい…」
試験官の静かな声で、受験生達は一斉に裏返して配布された問題用紙と答案用紙を捲り返した。ザワザワッとした雑音のあとの会場は、音一つせず静まり返った。鳥尾も当然、問題に取り組み始めた。問題は予想以上にやり易い問題が多かった。鳥尾はルンルン気分で解いていった。ほぼ解き終わった頃、終了を試験官が告げた。鳥尾は他の受験生とともに会場をあとにした。駅の前で切符を買おうとしたとき、財布がないことに鳥尾は気づいた。慌てて会場へ駆け戻り、自分が座っていた座席の辺りを探したが財布は見つからなかった。どうしよう…と戸惑っていたとき、後ろから試験官が鳥尾に近づいてきた。
「落ちてたよ。これ、君のかい?」
「は、はいっ!」
「試験の取り零しじゃなく、よかったじゃないか。気をつけて帰りなさいよっ!」
試験官はニコリとした笑顔で財布を手渡すと去っていった。
答案用紙に取り零しはなく、鳥尾は春四月、大学の門を潜った。
鳥尾君、違う取り零しで、よかった、よかった!^^
完




