-60- 遠き道
人生は遠き道を行くが如し、焦るべからず・・とは、誰かさんが言ったとか言わなかったとか言われる言葉だが、理想はラッキーな近道の方がいいに決まってます。^^
黒崎は今年で五十八になる定年前の一サラリーマンである。とある日の朝、会社から早期勧奨退職の候補者として部長室に呼び出されていた。
「どうかね、黒崎君?」
「はあ、まあ…」
「はあ、まあでは分からんじゃないか。前向きに考えたということで、いいんだね?」
「はあ、まあ…」
「生返事だな、君はいつも…」
「はあ…」
「専務には了解したと報告しておくよ。それでいいんだね?」
「いえ、それは困ります、部長…」
「どう、困るんだっ!?」
課長の甘酒は少し口調を荒げ、黒崎を凝視した。
「うちの妻が難色を示しまして…」
「んっ? 難色とはっ!?」
「難色は難色でございます。早い話、反対でございます…」
「そこを何とか言い含めるのが君の腕じゃないか。早期退職だと、社から出る金も五百万は違うんだから…」
「今夜、もう一度、話し合ってみます…」
「ああ、是非そうしてくれたまえ。ははは…別に今日明日という急ぐ話じゃないんだからね…」
口ではそう言いながら、部長にこの案件の返事を迫られている甘酒は、少なからず焦っていた。
「はあ…」
空返事で暈し、自席のデスクへと戻った黒崎は、この話は遠き道だな…と朧気に思った。妻への説得を考えたのである。
別に命にかかわる話じゃないんですから、黒崎さん、遠い道を頑張って下さい。^^
完




