第380話 少年現る
「うむ!だいたい終わったか」
「おう!思ったより楽だったかな」
イグニスは物足りないと言わんばかりに片腕をグルグルと回していた。
「申し訳ありません。私が張り切りすぎてしまい」
トリスタンはイグニスに頭を下げる。
操られていた兵士の半数以上をトリスタンが倒していた。
「トリスタン謝ることではないぞ。さっきの戦いは良い動きをしていた」
「バロンさんにそう言ってもらえると嬉しいです」
トリスタンはほぼ全員を一撃で討ち取っていた。高速移動による連続の横薙ぎで兵士の背中についていた黒い物体を排除し、それをイグニスが燃やすフォローを行っていた。おかげでイグニスはやや消化不良気味で腕を回している。
「助かったぞ。トリスタン」
「陛下……ご無事でなによりで御座います」
トリスタンは膝をつき頭を下げる。
流れるような所作の中、内心落ち着きはなかった。
「うむ!助かったぞトリスタン、そのように畏まるでない。そなたは我軍の最強騎士なのだからな」
うぐっ……今のトリスタンには鋭く突き刺さる言葉だった。
「あ…あの……陛下、報告したいことが……」
「トリスタン我慢しろ。今はそんなことをしている場合ではないからな」
うぐっ……罪悪感に耐えきれず告白しようとするも、
バロンによって止められた。トリスタン自身もそれは理解しているのだが、心の問題だけに理屈ではなかった。
「バロン、良かった合流出来たか、我々だけでは少々不安であったから助かっぞ」
バロンの下にローラン様が剣を鞘に収めながら歩いて来る。どうやら彼も戦っていたようだ。
「ローラン様ご無事だったようで、久し振りの戦ですが腕は鈍っておられないようで」
「フッ……見ておったか、私もまだ剣を置いたつもりはないからな、それなりに動ける。ただ歳には勝てんわ。体力が持たん。早いところ若い者に任せたいのだがな」
「ローラン様小言はもう良いです。それは断りましたよ」
「はぁ〜……考え直してくれんかの〜」
ローランはがっかりとした表情をする。でも実際は断られることを前提に言っており、それほど落胆はしていない。引き受けてくれれば儲けものくらいに思っていた。
「それでこのまま向かいますか?」
「そうだな。ここにおってもまた襲われるやもしれん。それならばさっさとヤツを捕らえ、この戦いを終わらせるのが先決であろう。幸いにもお前達のお陰で大きな怪我を負った者はおらんからな」
「そうですか、それでは向かいましょう」
バロンが不意に振り向いた時だった。
大きな扉の前に子供が立っていることに気がつく。
「誰ですか?私の記憶では君のような子には覚えはありませんが」
バロンは剣の柄に手を添える。
「う〜とね!ちょっと道に迷ったの、おじさん達ここどこかな?」
「君……そんな言葉通じると思ってはいないだろ。遠回しなやり取りは好きではない。要件を言ってもらえるかな」
バロンから闘気が放出され戦闘態勢になり、剣を抜こうとしたところで邪魔が入った。
轟炎を纏い重い斬撃で少年に叩きつける。
「やぁー!イグニス久し振り、元気そうでなによりだよ」
「あ〜元気だよ。お前さんも元気そうだな〜。出来ればもう会いたくなかったんだが」
「酷いな〜イグニス、ボクは何もやってないよ」
「あ〜そうだな。騙された俺が悪い」
黒いモヤのような結界に守られた少年を斬り裂かんと更なる炎を燃え上がらせ押し込んで行く。
「イグニス〜…………邪魔!退け!」
ニコニコと笑っていた少年の表情が豹変、冷たい眼差しをイグニスに向ける。
黒いモヤから棒のような物が突き出しイグニスを押し飛ばす。イグニスは空中で反転しながら地面に着地した。
「イグニス大丈夫か?」
「あ〜大丈夫だよ」
イグニスは腹を擦りながら立ち上がった。
「あの少年……例の九王の少年なのか?」
「あ〜そうだ!見て分かったと思うが、得体のしれないヤツだ。何をしてくるか分からん!注意しろよ」
「ね〜ね〜、二人で話していないでボクも話に混ぜてよ。ボクって結構寂しがり屋なんだよ」
イグニスとバロンは少年に向かって走り出す。
「わ〜い!嬉しいや!ボクにかまってくれるんだね!……」
嬉しそうにパンっと手を叩くと手の間に黒い玉が現れる。
ん?アレは……
いち早くバロンは気が付き足を止める。
黒い玉は周りの物を吸い込んで行く。
凄い吸引力だ!バロンは剣を地面に突き刺し耐える。
イグニスはバロンより少年に接近していたので、足を踏ん張らせていたが、ズルズルと引き寄せられる。
「コノヤロー負けるかよ!」
イグニスは炎を使い、その推力で吸引力に抗う。
「あ〜やっぱり君達は耐えちゃうか、楽にはいかないね!でも良いんだ。そうなるとは思っていたからさ」
イグニスとバロンは後ろから妙な気配を感じ振り返ると、地面から黒いモヤが噴き出し地面を滞留していた。
「バロンあれはマズイんじゃねぇ〜の」
「どう見ても危険だ!行くぞ!」
バロンは身体強化スキルを使い吸引力から脱出、イグニスは炎の推進力を上げて脱出した。
黒いモヤは国王様達の束縛しているのか、動こうとしているのに動けていない。
バロンとイグニスは黒いモヤから少し距離を置き触れず観察する。
「うっ…な!?沈む!」
「これヤバイよ!取り込まれてる」
ブライアン侯爵、宮廷魔術師アルスが声をあげ、徐々に地面に吸い込まれている。二人だけではない、
他の者達まで………
「バロンどうする……焼いとくか?」
「イグニス冗談か?そんなことしたら全員焼死だ!これは恐らくどこかに連れて行かれている。これを無効化するには術者を倒すしかない」
「チッ、しゃねぇ〜戻るぞ!」
バロンとイグニスは少年を倒すため振り返えると、急に身体が重くなり手と膝を地面に突き倒れる。
「重いぞ!これ……バロンどうなってる?」
「イグニスなんでも聞くな!私も分からん!それよりも地面のモヤがこっちにも来ている。このままじゃ捕まる」
「よっしゃ!そいつは燃やす」
「イグニス………それは止めてくれる?」
その言葉と同時にイグニスの身体は地面にめり込むほどに重みが増した。地面に倒れながらイグニスが見たのは少年の無邪気な顔と天井にある黒い玉だった。