第364話 鎮魂歌を捧げる
◆聖女メリダの視点
アイリスが捕まってしまった。
いつの間にか糸で縛られ動けなくなったアイリスは空中に吊り下げられブラブラと揺れる。
「助けてなの〜!」
「アイリス待ってて今助けに行くわ」
私はバエルに向かって行く。
真正面から槍のように尖った糸が多数飛んで来た。私は手に闘気を集中し手の甲で弾きながら接近し、あと一歩でアイリスに届くところで急に腕に負荷がかかった。
何かが腕に巻き付いている。
でも何見えない!?
腕が突然強い力で引っ張られ、そのまま壁に叩きつけられた。
「カハッ………」
背中から叩きつけられ上手く呼吸が出来ない。
しかし、そんなことを言ってはいられなかった。
槍のように尖った糸が倒れた私に向かって飛んでくる。
私は横に跳躍し糸を躱す。
糸は壁に突き刺さり止まった。
「ダメダメですよ!こちらにはかわいいかわいい人質が居るのですから、手は出さないでください。さもないと………」
その言葉のあとに聞こえたのは少女の激しい叫び声だった。その声はあまりにも辛そうで、私の心を抉る。
アイリスの腕は酷く爛れ、あまりの痛みに涙と鼻水をたれ流し酷い顔をしていた。
「あなたと言う人はー!」
私の中でかつてない程のの怒りが込み上げてきた。
「アハッ……良い顔です!聖女様、さっきも言いましたが、私の糸はとっても危険なんですよ〜。まずは一本……足と腕……あと頭で四回楽しめそうです。ま〜このかわいいお嬢さんがもてばの話ですがね!」
バエルはそう言って笑った。
しかし既に私の中では怒りが頂点に達し、バエルの声は届いていなかった。身体が自然と前のめりになり進もうと動いていた。
「待ってください。聖女様」
私は肩を掴まれ無理やり止められた。
怒りで暴走しかけた私だったがスーッと急激に冷静になっていった。
「ブラックさん?」
何度かしか話したことはなかった。だから彼のことを分かっていたつもりはなかった。だけど……ここまで人は変われるのだろうか。
ブラックさんは少し物静かで優しい方と言った印象だったのに、今は無表情で非常に冷たく感じる。止められた瞬間、鋭い刃物を突きつけられたような恐怖を感じ、それが逆に私を冷静にさせてくれた。もしもあのまま突っ込んで行ったら私もアイリスもどうなっていたことか………
「ブラックさん、ありがとうございます。そちらは片付いたようですね。良かった」
私はチラッと見ると教皇とヴォルフ団長が無事なのが分かった。
「申し訳ありません。こちらは私が不甲斐ないばかりにアイリスが捕まってしまい……」
「聖女様気にしないでください。アイリスは我々が助け出しますのでご安心ください。子供にあのようなことをする輩は、私も妻も大嫌いですから」
ブラックさんは大鎌を片手に構える。
「どちら様ですか?面白いところなんです。邪魔しないで頂きたい。それともあなたもご一緒に?」
「馬鹿なことを言うな。私達はお前を許さない」
ブラックはゆっくりと大鎌を振る。
鈍く光を放つ大鎌は鋭く冷たい威圧を放ち静かなる斬撃を飛ばす。
スーー………
離れた位置で捕らえられたアイリスを拘束していた糸が切れた。そこにミルキーが待ち構えていたように現れアイリスを受け止める。バエルはそれを止めようと手を伸ばした時、ドシッと重い衝撃が身体に伝わる。
「これ以上はさせません!」
私はアイリスの拘束が解かれた瞬間に移動、バエルを声の衝撃波で攻撃、体勢を崩させた。
アイリスはミルキーさんが救出してくれた。治療は教皇に任せて私はバエルを倒す。
バエルに手が届く距離まで接近が出来た。ここまでこれば反撃をさせない速度で殴れば普通なら倒せる。
だけど気をつけなければいけない。この男はまだ何か奇っ怪なスキルを持っている。先ほどのアイリスが捕まったのも、恐らく見えない糸を作れる。それであれば無闇に殴れない。………とバエルも思っていると考えているはず。私はそこまで甘くはありません。
『衝撃の歌………ショックソング……ウェーブアタック」
バエルは見えない膜に包まれ、私は拳を握り締め振り下ろす。拳は膜に当たると内部を拡散し衝撃が広がった。衝撃はさらに内部にいるバエルを襲う。四方八方からの連続衝撃となりダメージを与えた。
これであれば見えない糸を気にする必要はありません。私は連続で殴り続けた。
……………バタン……バエルが倒れ動かなくなった。
あれだけ殴られれば当然と言えるほど殴り続けた。
しかし私は手を緩めない。
『ホーリークロス』
直径五メートル程の長さの光の十字架を召喚。
「あなたを浄化しこの世から消し去ります。あなたの過ちで亡くなった方々にあの世で謝罪してください」
十字架は打ち落とされた。
バエルは浄化の炎に焼かれ消えていく。
「終わりです。皆さまも安らかにお眠りください」
私は悪魔バエルによって殺され取り込まれた魂へ向けて鎮魂歌を捧げた。