第342話 ステータス 運……アップ?
父さんとバロンさんからの説明が終わり、それぞれが戦の準備を始める。とは言え事前にこうなることはみんなも分かっていた。その為慌てる者は一人もいない。……はずだったのだが、バタバタと慌てて通る人達に声をかける男が一人いた。
「よ!そこの旦那、良い商品があるんだぜ!見ていってくれよ!なぁ!なぁ!」
「あ、要らないです」………スタスタスタ
「そこの綺麗なお姉さん、肌がツヤツヤになる魔法のクリームがあるよ!お安くしておくぜ!」
「私にはそんなものはいりませんよ。次に声をかけたら焼きますわ!」…………ゴーーー。
「アッチ〜!!!」(え!?次じゃないの〜)
尻に火がついた状態で走り回る可哀想なおっさん。
あまりにも可哀想だったので、おっさんの頭の上に蛇口を設置、ノブを捻って水をかけてあげた。
………ビチョビチョのおっさんの出来上がり〜。
「おう!タクト、凄まじい斬れ味のロングブレードが入ったぜ!いっちょ新調しないか!」
さっきまで尻が燃えていた男は何事もなかったように商売を始める。すごい商売根性だとは思うけど、まずはボトムスを替えてからにしろ!
「おっさん、商品は良いけど商売は下手なんだよ!だいたいボクが剣を使わないのは知ってるよね〜。そんな人に剣を勧めてどうすんの!」
「いや〜もしかしたら買うかと……」
「思ってないよね!どうせ奥さんに売ってこいって、蹴り飛ばされて来たってところでしょ」
「おお!!よく分かったな!あのつま先が鋭く刺さるのが……」
「あ〜もういいから、それよりおっさんは売らないとしばかれるよ」
ま〜ドMのおっさんからすればご褒美かもしれないけど。
「おーー!そうだぜ!な〜タクト何でも良いから買ってくれよ〜」
媚びるような目でおっさんが顔を寄せてくる。
暑苦しいのでご遠慮うしたい。
確かにおっさんが作る魔導具は役に立つ物が多い、ちょっと変わった物もあるが、使い所を考えればお得な商品ばかり………なのだが、おっさんと話しをして分かったのだが、接客する態度じゃないうえに売り込みが下手、これでは良い商品があっても買わない。
「う〜ん……そうですね〜」
おっさんを助けてあげたい気持ちと、面倒くさい気持ちがせめぎ合う。正直おっさんをなんとかするのは骨が折れる。そこまでなんとかする気は出なかった。しかしそのまま放っておく程俺も薄情ではない。
「良し!決〜めた。おっさんちょっとついて来て」
「あ?どこ行くんだ?買わないのか?」
「ま〜ま〜ついて来てよ!損はさせないからさ」
…………▽
「あ!居た居た。お〜い!ルナ〜」
「タクト!どうしたの」
ルナが笑顔で駆けてくる。日頃は冷静で表情を表にあまり出さないのに、俺が声をかけるとほころぶように笑う。このギャップは堪らないんだよな〜。
「ごめん、ちょっと時間あるかな?」
「えぇ、まだ時間はあるけど」
「よかった。ちょっと折り行って話があって、ここに居るおっさんの……えーー…………
(名前なんだっけか?………ま〜いっか。)
ルナにお願いしたいことがあって、いくつか商品を購入して貰いたい。聖騎士団の方に見てもらえないかな?」
「え?タクト、商売でも始めるの?」
「いや、そう言うわけではないんだけど、商品は良い物ばかりだから、良かったら贔屓してあげてよ。ちなみにこのおっさんのね!おっさ〜ん持って来て〜」
「ふ〜ん、その人の商品なんだ。ポーションにマナポーションそれに毒消しの指輪、うん!よくある商品がから、結構見たことない商品がある」
ルナは興味深そうに商品を見る。
「おっさん、いくつか説明してよ」
「お、おう!任せとけ!」
おっさんはバタバタと慌ただしく商品の魔道具を取り出し置いていく。
「まずはこれだぜ!『属性対価の天秤』…コイツは片方の皿に魔法を与えると、その魔法の反対の属性が発現すると言う優れものよ!」
「なるほど、あまり見たことのない商品です。魔術師の多くは一つないしは二つの属性の魔法しか使えません。相手によっては弱点を突くのにとても有用な道具だと思います」
「よっしゃ!次に出す商品は、『恵まれないスライム』…コイツは見た目はただのかわいいスライムちゃんなんだが、おっとどっこい!そうではない!このスライムはその辺に置いておくと周囲の魔素を吸収して最初は青だが溜まるにつれて黄、橙、赤と変化する。
溜まった魔素は魔力に変換し、持っている者に魔力を与えることが出来る」
「へーーつまりバッテリーみたいなもんか?」
「そうそう、前にお前が教えてくれた内容から作ってみたぜ!」
「凄いけど、なんでまたスライムの形にしたの?」
「いや〜それがエルシーが売るなら見た目も重要だっていうから、かわいいと売れるかな〜と思ってよ」
あ…うん、言っていることは間違っていないと思うけど、チョイスが間違っている。
「なんだよ!微妙な顔して、面白いだろ!ま〜取り敢えずいいや!次の商品を見て目をひん剥くがいい。以前見せたラッキーサイコロ、運を一時的に上げる効果があるんだが、それをバージョンアップしたぜ!それがこの『天地無用サイコロ』だぜ!」
………一見普通のサイコロに見えるが、数字が書かれていない。代わりに二面の上下だけに絵が描かれている。
「コイツはかなりクセの強い商品でな!基本的な使い方は一緒だが効果は十倍以上よ!」
「十倍!?それはすごい!………で!欠点はなに?」
「おいおい欠点とか言うなよ!コイツは効果を高めるためやむなしにだな〜」
ブツブツとおっさんは言っているが、俺は知っている。このおっさん面白かって商品を作ることが多々ある。そしてそのおっさんがクセがあるとか言った日には良からぬことがあるに決まっていた。
「このサイコロはな〜天使の絵柄が上に向けば自信の運が十倍になり裏に描かれた悪魔を引くと運が―1000になる。他の面はおまけだな」
おい!コイツはアホか!―1000って超ハイリスクじゃねえか!そんなのやらねぇーよ!
俺は直接影響があったことはないが、話によるとマイナスの値になってしまった場合、次々と不幸が訪れ、―100で交通事故(馬車とか)に―500でドラゴンに追いかけられると聞いた。
「そんなの入れねぇ〜よ!」
「ま〜ま〜そう言うなよ!」
おっさんは俺の手を取るとそこに『天地無用サイコロ』を置いた。
「おい!マジで要らないって!」
俺はおっさんにサイコロを返そうと詰め寄ると、おっさんは両手を上げて受け取ろうとはしなかった。
「え〜そういうこと言うなよ!はぁ〜しゃ〜ないな〜」
おっさんは右手を出し、手のひらを上にする。
なんだ受け取ってくれる気になったのか、案外素直じゃん!
俺はおっさんの手のひらにサイコロ置こうと手を離す。
あれ!?……サイコロは床を転がる。
それをニタニタと悪うおっさん。
コンニャロ〜!やりやがったなー!
俺がサイコロを置こうとしたら、おっさんが手を引いてサイコロを躱す。サイコロはそのまま床に落ち転がっていた。ヤベー!これは俺がサイコロを転がしたことになるんじゃ!?
サイコロはコロコロコロコロと中々止まらず転がる。
「おっさん何してくれるんだよ!」
「いや〜。実はまだちゃんと効果を確認出来てなくってよ!ついでに確認?」
「確認?じゃねぇ〜!なんとかしろ!」
「そりゃ〜無理だわ!一度転がると止められない仕様だから、自分で止めると地獄行きだったりしてな!」
「そうか……ボクが落ちる前におっさんを地獄に……」
俺はハンマーを振り上げた。
「チョチョチョ!?待て!アレを見ろ!アレを……」
「あぁ〜?」俺は怒りの唸り声を上げながら、おっさんが指差す先を見るとサイコロが止まり、そして表には……
「うっそ〜!?天使が降臨!」
間違いない!サイコロの表には天使の絵が描かれていた。これってまさか……
「やったじゃねぇ〜かよ!」
おっさんは嬉しそうに抱き着いてきた。
「やった〜幸運十倍界◯拳だ〜」
俺も喜びおっさんに駆け寄る。
「じゃ!ねぇーー!」
「おりょりょりょりょりょ〜」
俺の拳がおっさんの腹部にめり込む!
おっさんは倒れ、ヒクヒクと痙攣する。
「たくっ!このおっさんは、もしも悪魔の方が出たらどうするつもりだったんだよ!」
ポリポリと頭をかきつつサイコロを見る。確かに天使の絵だな。これで本当に何か良いことあるのか?
俺は半信半疑でサイコロを覗き見ていると、横からルナも覗きこんで来た。
「どうタクト?何か変わったところとかあるの?見た目はあんまり変わらないけど……」
キョロキョロと俺の身体を見回すルナ、綺麗な顔が不思議そうにしているのは、見ているだけで何か満たされるような気がする。………お〜もしかしてこれが運気アップの効果、天使降臨ってか!……悪くない。
「うーーん。思ったよりかは変化はないけど、もしかしたらこの後何かあるのかもね」
「そうね。運ってステータスの中でも唯一レベルが上がったからって上昇しないものだから、私も上げられるなら上げたいんだけど」
「いや、ルナやめた方が良いよ。失敗したらヤバいって」
「でも良いことが起こるなら戦闘でも役に立つし………
ん!?何か空から来る!」
ルナは何かの気配を感じ空を見上げる。
ん?……なんだ?……あ!?アレは!
空を大きな白い翼をはためかせ降りて来た一人の女性、………本当に天使が降臨された。