第301話 身体の震えが止まらない
「え!どう言うことよ!答えなさいよ〜。黙ってればやり過ごせるとでも思ってんじゃないわよね!」
グリグリと頭を擦りつけてくる女神ヘカテー様、何をやってるんですか!あなたは!とツッコミを入れたいが怖くて出来ん!
「ヘカテー様どうしてこちらに居られるのでしょうか?」
「はぁぁーーあんたが呼ばないからでしょうが!」
どうやらヘカテー様がお怒りだ。
あ〜ここ最近忙しくて忘れてたけど、アノことか、
まだそれほど言われて経っていないと思うんだけどせっかちだな〜。あと横っ腹を突付くのはやめて、地味に痛いから。
さて……正直に忘れてました。テヘヘで済めば何の問題もないのだが、この女神様はそうはいかない。答える時は慎重にしないと。
「すいません、決して忘れていた訳ではないのです。良いですかよ〜く聞いて下さい。ヘカテー様ボクは言いましたよね〜準備があるって!」
ヘカテー様がビクッと反応する。
「はぁ〜歓迎の準備をしていると伝えたのに、良いですか!時には我慢も必要なのですよ。イリス様と一緒にヘカテー様を歓迎する準備をしていたのに失敗してしまったじゃないですか!」
ガーン……ヘカテー様は衝撃を受けて意識が飛んでいた。
「あなた……そうやってヘカテーから逃げていたの?」
イリス人聞きの悪いことを言わないでよ!それに意識が飛んでるみたいだから良いけどヘカテー様に聞こえたら地獄行き確定だからやめて下さい。
「仕方ないじゃないですか、まだ死にたくありません。それでイリスは何でヘカテー様に気に入られているだ?同じ女神なのに」
「知らないわよ。ヘカテーは私と同じで魔術を得意とする女神よ。昔彼女の前で幾つか見せる機会があったのだけれど、それ以来ストーカーのように遠くから視られることがあって、正直覗き視されるのが不快だったから今は常に結界を張って過ごしているわ」
「それは……ご愁傷さまで……」
何も言えねぇ〜。
イリスの辛さがなんとなく想像出来る。
「キャーーーイ〜リ〜スゥ〜〜〜〜」
ヘカテー様がイリスに飛びつき抱き着いた。満面の笑みで頬ずりするヘカテー様に対し能面のように無表情なイリス……俺、この後どうしよう。
ん〜……そうだな。これはあれだ。あとは若いもんにお任せすると言うことで…ってな感じで出て行くかな。
そ〜っとソファから立ち上がり扉の方へ移動、抜き足…差し足…忍び足………
「あ!?……やっぱ……ダメ?」
急に身体が一切動かなくなる。なんでか周りを見渡すと足元に真っ黒なネコがいた。たぶんコイツのせいだ。
「まさか逃げられると思う?」
イリスが顔だけこちらを向けて言う。ヘカテー様なんて未だにイリスに抱き着いて気がついていないというのに、やっぱり油断が出来ないのはイリスだな。
「連れて来て」
イリスは俺ではなく猫に向かって声をかけると、猫はイリスの方に歩いていく。すると!?
「お!おお!?」
足が自然と動き猫について行く。
どうやら今俺はこの猫に操られているみたい。
「やっぱ……ダメ?」
「ふざけるのも大概にしなさいよ。えらいもん連れて来ておいて、そのまま放置とか天罰落とすわよ」
「すいません〜」
イリスは無表情のままだけど、多分怒ってる。これはガチだと思ったので俺は素直に頭を下げた。
イリスが目で訴えている。これを何とかしなさいよと、無茶言わないでよ!と言いたいところではあるけど、確かに俺のせいなわけで責任を取らないといけないのは分かるけど相手は女神様、俺にどうにか出来るのか〜?とにかく声をかけるか。
「ヘカテー様……ヘカテー様……ヘカ……………」
ヘカテー様は何度呼んでも反応がない。
どうしよう。
俺はヘカテー様の肩に手を置き揺らして声をかけた瞬間、身体中に激痛が走る。
「あ!あ!………あぁぁぁ!?」
ヘカテー様の肩に置いていた手が落ちた。見ていると今度は腕に切れ目が入り腕が落ちた。
な!?な!?何が起きたんだー!
俺は驚きながら後ろに下がると踏ん張りが効かず転倒、どうしてなんだ?と思い足元を見ると、俺は倒れているのに足は直立して立っている。足が……切れている。
「あ…あ…あ…あ…あ…………」
身体に次々と切れ目が入り切れていく。俺は叫ぶことも出来ずバラバラとなり地面には赤い血の池が広がっていく。薄れゆく意識の中、頭がコロコロと転がりソファの角に頭をぶつけ、俺はゆっくりと目を閉じた。
「そのくらいにしなさい!ヘカテー、タクトは私の使徒よ。これ以上は怒るわよ」
「ごめんなさ〜い、止めるわ。でもコイツが私の至福の時を邪魔するからわるいのよ〜」
遠くからぼんやりと聞こえるやりとりの声が終わると突然目が覚める。
「あ……あれ?…おれはどうなったんだ………」
俺は混乱していた。目が覚めると俺は二人の前で突っ立っていた。慌てて身体中を弄るように確認するも
どこも切れていない。あんなに痛かったのにまさかあれって……
「いつまでぼーっとしているつもり、今のは幻よ。どこも怪我はしていないわよ」
やっぱりそうか、今のは幻……良かった〜。
それにしてもあれが幻、正直まだ完全には信じられない。腕が落ちる様にしか見えなかったし、それに落ちた音、そして血の匂い、どれもリアリティがあり過ぎる。たぶん五感のすべてが支配されていた。もうあんな思いはしたくない。
身体の震えが止まらない。
「かなり効いたみたいね。ヘカテーの幻術魔法は現実と変わらないから、今ので死んでいてもおかしくなかったわよ」
そうだよな。危なく死ぬところだった。どうやら俺にとって幻術は弱点になりつつある。どうにかしないと。