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第144話 落とし前と秘策


「良い度胸だぁ!だがな!それは実力が伴って言えることなんだよ!」

 

 また消えた。


 その時俺には見えなかったが、ヘル姉と呼ばれていた女性の拳が俺のこめかみを貫こうとしていた。


「待て姉ちゃん!それ以上は止めろ」


 俺が認識出来たのはここから、

 ヘル姉の腕を掴み、止める全裸の男、

 長いくせ毛の空色の髪をした青年、誰だコイツ。


「なんだ殺る気か?」

「姉ちゃん、それ以上は怒るよ!」


「…………ハァっ!……珍しく良い目つきするじゃないかよ!ニキ、日頃からその面構えにしとけ、バ〜カ」


 ヘル姉は拳を下ろし、ポンッと青年の頭に手を置き笑った。


 助かったのは良いけど、それ以上に今とても気になる言葉が聞こえた。ニキ……この青年が!?どう見ても立派な青年じゃん!俺より歳上だよな。


「お前……ニキなのか?」

「ん?……そうなのだ!タクト〜お前は良い奴だな〜」

 

 ニキは俺に抱きつく、俺よりも大分身長も高く、さらに美青年となったニキ、いつもの様にくっついて来られても困る。あと下半身のあれが当たってるから、離れなさい。


「落ち着けニキ、お前どうなってるんだ!人の姿になれたのかよ」


「ん?そうなのだ、ハクもなれただろう。それと一緒なのだ」


 そうか、それを言われると納得は出来る。

 出来るものは出来てしまう。うんうん。


 ニキはヘル姉に向き直し頭を下げた。


「ヘル姉ごめんなのだ。宝玉を盗まれたのは俺が寝てたからなのだ。タクトとハクは悪くないのだ」


「へぇ〜、やけにいさぎいいじゃないか、いつもならもっと不貞腐れて、誤魔化して、腹落ちしてないような顔をするのに、今回は違うんだな」


「そうかな、あんまり考えてなかったけど、外に出て人と…タクト達と過ごしているうちに少しだけヘル姉が頑張って仕事をする気持ちが分かった。だからごめんってすんなりと言えたのだ」


 ヘル姉の顔がほんの少し優しい表情に変わる。


「なるほど、これは意外と悪くない。だがなニキ、落とし前はつけてもらうぜ!覚悟が出来たら言え」


 ヘル姉から溢れんばかりの闘気が満ちる。


「タクト今なのだ!例の物を!」

 

 青年verのニキがいい顔をして俺に指示を出す。

 これは事前にニキから聞いていたヘル姉を止める秘策、しかしこんな物で止めることが出来るのか?甚だ疑問である。


…………▽


◆ヘル姉の視点


 たくっ、あの愚弟は〜いつも寝ているか食っているかどちらかしかしていない。

 私達は冥界の女神ヘカテー様に仕える者、それにも関わらずニキはいつもぐぅたらして何もしていない。他の神や天使からの心証が悪い。このままではヘカテー様にまでご迷惑がかかる。だから私はニキを地上に落としハクの手伝いをさせることにした。これなら見られることが減るうえに仕事をしていると見せかけることが出来る。

 だが残念なことに、実際はそうではない。ニキは地上でもやることは一緒で変わらない。いくらヘカテー様のご迷惑がかからなくなったとは言え姉として放って置くことは出来ない。私の定期的に地上に降り、ニキを躾けることにした。


 そしてある日のことだ。

 あのアホ、やらかしやかったな〜!

 

 お役目として与えていたダンジョンの守護を寝ていたから失敗しただと!

 ニキにはダンジョンの50階層を任せていた。私達神獣は天使達と同じく地上での行動は制限されてはいるが、人間如きに私達神獣が遅れを取ることなどない。睨みつけてやれば十分に追い払うことが出来る。完全なる油断そして慢心、これはいつもの倍は厳しく躾をしてやる必要があるな。


 ニキが戻って来たと情報が入る。

 戻った以上宝玉は手に入れたんだろうな〜ニキ、私は気合を入れ地上に降りた。


 そこでは不思議な状況が起きていた。

 人間が居る。しかもそいつが友達だと!?


 ニキは基本的に食べることと寝ることにしか興味がないかと思っていたが、姉である私が間違っていたのか、これは後で確認する必要があるな。しかしまずはニキの躾だ!


 なに!?人間が私の拳を止めただと!

 私の鉄拳は妙な力で防がれた。


 良い度胸だ!私に喧嘩を売るとは……上等じゃねぇ〜か、やってやるぜ。


 しかし、そこでさらに驚かされる。

 今度はニキが私を止めた。


 鋭い眼光を私に向けたのだ。

 フッ……なんとも嬉しく思う。

 本来ニキはもっとやれる男だと私は思っている。本人がやる気を出さず、自分がどう思われても良いとすら思っている間はどうにもならない。ここに来て僅かながら愚弟の進化が見えた気がした。


 友達か……コイツがニキに良い刺激を与えたなら使い道がありそうだ。コイツは生かしてやろう。


 だが!愚弟が姉に逆らったことは事実、落とし前はつけてもらうぞニキ!


 私はニキに気合を注入してやろうと拳を滾らせて握りしめる。


「分かったよ!ヘル姉、落とし前をつける。…………これをどうぞ!……なのだ!」


 …………なんだこれは?


 それは細長く白い棒の様なもの


「サァサァどうぞどうぞ……」


 ニキに言われそれをくわえると、見たことのない道具で先端に火をつけた。


 こ、こればまさか!?


 私はそれを吸った。


「すぅーーはぁ〜〜……うめぇ〜」

 


……ケムリが身体に染み渡るぜ〜

 はぁ〜心地良い、頭がスッキリする。



「どうですヘル姉、これ美味しいでしょ、他にも色々と種類があるんですぜ!」


 な、なんだと!?

 私は打ち震えた。

 タバコは天界にも冥界にも存在せず、それは地上のみに存在する。だから滅多に手に入れることが出来ず。いつもチマチマと隠れて吸っていた。


 それが、ニキの後ろには箱にどっしりと敷き詰められたタバコ達が、しかも色んな味が、はぁ〜ニキお前ってヤツは……


「ニキ……落とし前はそれで許してやろう。ゴホン……今後はしっかりと働くのだぞ!」


 私はタバコがどっしりと入った箱を抱えて、ウキウキとした足取りで冥界へと帰った。


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