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悪辣

見知らぬ女の悲鳴、悲痛な声、痛みに耐える声、社長の哄笑、女の慟哭、どうでも良かった。

腕時計――ことねの撮影が終わるまで時間がある。しばらく、このショーを見続けていれば良い。


ベッド のきしむ音、社長の女をなぶる声、女の許しを乞う声、俺に助けを求める声、目をつむって聞き流した。


雑音にすぎない。少し気を抜けば眠ってしまいそうだった。ただでさえ、昨日はあまり睡眠をとっていない。 肩の荷は一つ落ちた。だが、また新しい荷を背負わなければならない。


「あら、総一君はやらないの?」


社長、女の声に飽き始めている。なぶりつくした。高揚感たっぷりの上気した顔、血液の上昇。

性欲――昨日のことがなければ少しは感じたかもしれない。だが、今はそんな気分になれない。


「私がやると壊しちまいそうで怖いんですよ」


「そう?じゃあ、私とやる?」


殺すぞ変態女――突発的な怒り。抑え付けた。


「いえ……しかし、そろそろその娘、危険ですね。軽いチアノーゼにかかってます。休ませてあげましょう」


「相変わらずつまらない男ね、貴方、段々と了司に似てきたわ」


了司――俺の師。


「了司さんに似ているのならば光栄です。私にとってあの人は憧れですから」


社長、俺を嘲笑するように笑った。


「憧れ……ね。了司を崇拝する男はいくらでも見てきたけど、貴方は一番可愛がられてたわよ」


「何度殺されるかと思いましたよ。いま、了司さんはどこにいるんですか?」


社長――顔の筋肉がホンの少しだけ強張った。何かを知っているか、何かが起こったか、どちらか だ。


恐らく、社長は師の能力を恐れ、妬み、欲しがっている。一介のマネージャーなどであの人が満足するわけ がなかった。その気になれば何でも出来る男だった。


「また医者に戻ったか……どこかで詐欺でもやってんじゃないの。まあ、あの人の話なんかしたから、気分も 冷めちゃったわ。この娘、片しといて」


社長、胸とケツを揺らしながら部屋から出て行った。水城とかいう女、ベッドの上でうつろな目で転がっている。


了司――何があった。教えてくれ。アンタの何もかもを知りたい。いずれ、調べつくしてやる。


























水城美絵、プロフィール、体重、身長、バスト、ウェスト、ヒップ。


ベッドに腰掛けながら吟味した。悪くはない数字、顔はあどけないがそれ好みの男は多い。日本人の男の大半は年下が好きだ。若い女をむしゃぶり つきたい男達、俺もその一人かもしれない。


シャワーを浴びさせた。すすり泣く声が聞こえた。処女を同性に奪われる。笑える話だった。だが、社長は必ず チャンスを与える。逃げるか、逃げないか。


逃げれば契約破棄、借金を何かにつけて背負わされる。逃げなければホンの少しの栄光が与えられる。


虚栄心で溢れた女達、その女達に魅惑される男達、くだらない男女、全てぶち殺してやりたかった。


「……出ました」


水城、バスローブだけをつけていた。顔、絶望に満ちている。呆れた。俺という存在を勘違いしている。


対応――厳しくいくか、優しくいくか、使い分けるか。


プロフィールの性格、明るい性格、社交的な性格、笑みを絶やさず、茶目っ気があり冗談好き。今は見る影もなかった。


思考回路――加速させた。


「もうあんな目に遭いたくないか?」


ゆっくり頷く。地獄の体感、一時間ほどだったがこの世の全てを呪っただろう。


「もう遭わない。俺が遭わせない。水城、お前が俺の管理下にある間は何者にも手を出させない」


「うそ……です。だって、助けてくれなかったじゃないですか……」


弱々しい声――肯定した。


「損得がないからな。あの段階のお前を助けても俺に何のメリットがある」


「そんな――そんなことって!」


「人間として間違っているか?間違ってても俺は構わない。俺に何の損害はない。お前は地球の裏で誰かが 死んでも屁でないだろう?隣町のジジイが強盗に刺し殺されても何も感じないだろう?」


「おかしいですっ!そんな考え方――」


「おかしいかもしれない。だが、俺を説き伏せるのは不可能だ。これが俺だ。理解しろ」


唇を噛む女――怒りで気性が戻ってきている。犯されたというのに自我が確立している。度胸は そこそこある。使える商品だ。


「三日、休養をやる。もうあんな目に遭いたくなかったらトコトン逃げるかトコトン俺に従うかどちらかだ。 ここの社長はヤクザとも付き合いがある。逃げるなら覚悟しろ」


「酷いです……逃げられるはずがないじゃないですかっ」


「そうだ。逃がさない。だが――」


立ち上がった。水城の白い手を掴んだ。手の甲に口付けした。


「俺は今日からお前の騎士になる。お前を護ってやる。俺を信じろ」


目を見つめた。戸惑った目、動揺した目、信じられないという目、焦点が定まるまで見続けてやった。


「信用……ですか……できるわけないじゃないですか……」


「俺はお前に手を出していないぜ。お前が望まない限りこれからも出さない。俺は悪党だが誓いには従う」


瞳の迷い、段々と俺にすがるようになってくる。広い世界、夢見た栄光と絶望が共存する世界、その中で孤独な自分、必ず 俺にすがる。


女は男にすがるようにできている。逆もまた然り。だから人間は男女という種類分けをされている。


ここまでが師の教え――ここから先は俺のやり方。


水城に背中に手を回した。抱きついた。耳元で囁く。


「どうしても……逃げたくなったら言え。必ず逃がしてやる。辞めさせてやる」


ドアの向こう――社長が俺の言葉に聞き耳を立てている。今の言葉は聞かれないように注意した。


「ずるいですよ……もう、信用するしかないじゃないですか……」


女は泣いた。何かと決別する時に流す涙だった。俺はいつも誰かの絶望を見ていた。


























自分の部屋――寝るだけのマンションに戻った。

体がなまっていた。動く必要があった。バンデージを 拳に巻いた。グローブをはめた。天井から吊るされたサンドバックに向かい合った。


ボクシング――様々な格闘技を見てきたがこれが一番性にあった。


対人戦において拳で的確に相手を壊す技術。相手の筋肉の繊維をえぐり、骨を砕く感触。それは感覚の鋭い指に、手のひらに、 腕に伝わる。


「……」


ジムに練習生として通った。人間を殴るのは楽しくてしょうがなかった。気持ちよかった。くだらない女を 抱くよりも男を殴った方が気持ちよかった。


ステップを刻んだ。足を踏み込み、腰と肩をねじってリバーと想定した部分を拳でえぐった。


残虐な笑みが口元に浮かぶ。悦に入った。アドレナリンが分泌した。一心不乱にサンドバックに拳を 叩きつけ続けた。


ジムに居たプロボクサー、全員を俺は尊敬していた。


割りに合わない金で殴り、殴られる。そのくせ、修行僧のような食事と禁欲生活。減量という飢餓で狂いそうになった 男達の顔、歯をカチカチと鳴らす姿、肉体をいじめ抜き、闘争本能だけを残す。


日本チャンピオンとスパーリングさせてもらったことがあった。手加減されながらもボコボコにされた。だが、気分は 良かった。俺より格上の精神と技術にあこがれた。


「――はぁ」


呼吸困難、集中しすぎた。キッチンに向かった。冷蔵庫を開いてミネラルウォーターを手に取った。喉に流し込んだ。


トュルルル……。


コール――――――自宅にかけてくる者などほとんどいない。受話器を手に取った。


「安津見です」


「あっ……兄さん?」


懐かしい声――粟立っていた気持ちが消え去る。


「紅葉か。どうした。何か用か?」


「いえ、その、えっとー……久しぶり?」


歯切れが悪い。何か言いにくいことを言おうとしている。構っていられる時間――多少はある。


「何かあったのか」


「いえ……そういうわけではなく。あったといえばあるんですが……現在進行形で」


「紅葉――言いにくいことでも俺に言え。何とかしてやる。可愛い妹の頼みごとの一つや二つぐらいすぐ片付けて やる」


「うん……でも、ちょっとこれは頼みごとというよりも……迷惑ごと?」


受話器越しに音夢のものではないけたたましい声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だった。反射的に受話器を置きそうになる声 だった。


「やっほー!総一ちゃん元気にしてる?!」


「……お前かよ」


有栖――アメリカに居るはずだった。ロスかニューヨークをぶらぶらしていると聞いた。大富豪になって 遊びまわっていると聞いた。研究にイカレていると聞いた。


「うわっ、紅葉ちゃんと違って素っ気無い」


「結婚でもしろ馬鹿。いつまでもガキみてぇに遊んでんじゃねぇよ」


「紅葉ちゃんもフリーだよ」


「アイツは良いんだよ。作る飯がまずすぎて貰い手がねぇーんだから。その内、見合いでもさせるさ」


「……私の横で般若みたいになってるよ」


「後で言いくるめる。単純馬鹿だからな。ところで、紅葉がいるってことはお前日本に居るのか」


「うん。ひっさしぶりに帰国したんだけど、私友達居ないからねぇ~……実家もつまんないし、紅葉ちゃんからかって も面白くないし、総一ちゃん、遊んでくれない?」


頭の中に組み込まれた予定――空きはない。だが、他のマネージャーと交渉すれば休みは取れない事はない。


「いつまで日本にいる」


「そうだねぇ、今から半年ぐらいゆっくりと」


「なら休みが取れたら遊んでやるよ。遊園地にでも連れてってやろうか?」


「なんかすっごい子供扱いしてない?忙しいみたいだったら私がそっちに行こうか?」


「ああ、わかった。また電話するよ」


「ボクの電話番号教えとくよ。寂しい時にかけてね」


軽い艶っぽい声――笑えた。子供にしか見えない。十一桁の数字、頭に叩き込んだ。


「兄さん……」


バトンタッチ、妙に低い声。


「お前も遊びてぇのか?」


「うぅ~……私も忙しいですから。なかなか」


「そのときは風邪引いたことにしろよ。体が貧弱なんだから通じるだろ?」


「的確で当たってるだけに……頭にきます」


「身体に気をつけろよ。賢治によろしく言っといてくれ」


「はぁ……なぜです?」


「アイツのおかげで仕事ができるんだろ。秋山総合病院は良い所だ。あまり忙しくねぇしな。貧弱なお前でも しっかり働ける」


看護師の激務――本来なら紅葉に勤まるはずがない。そんな仕事、やらせたくなかった。だが、つぶし が利くところならやりようがある。


コネクションの大切さは身にしみるほどわかっている。いざとなったら賢治と交渉するつもりだった。


身内のためならどんな奴だって利用してやる。


「うぅうう……なんだか一枚も二枚も上手になられてる……」


「まあ……なんだろうか、お前の姿が見たくなってきたよ」


「えっ、えっと……うん。またね、兄さん」


「ああ、何かあったらすぐ電話してくれよ」


受話器を置いた――深呼吸。


感傷が襲ってきた。昔の俺が戻ってくる。弱くて何も知らなかった俺が戻ってくる。


「帰りたい――何もかも忘れて帰りたいよ――紅葉」


弱音を吐くんじゃねぇよ馬鹿野郎――ことねを置いていくのか。


歯をかみしめた。


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