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子役のガキが泣いていた。飴玉を買ってきた。ガキに与えた。ガキは泣き止んだ。


「安津見君、子供あやすのうまいねぇ」


怜菜のからかうような声、応える気にならなかった。小学生に入ったか入ってないかのガキの頭を撫でつつ 慰めの言葉と励ましの言葉を混ぜ合わせた。ガキはカクカクうなずく。


「もうちょっと頑張ろうな。そこにいるお姉さんは怖い顔してて男好きだけど、年齢の低いお前までは食わ れないから大丈夫だ」


「ちょ、ちょっと――」


ガキ、引きつった顔をしていた。だが、少しだけ口元が緩んでいた。


「撮影が終わったらお兄ちゃんがソフトクリーム買ってきてやる。それともチョコがいいか?何か食べたい ものあったら言ってみろ」


「チョコ……ツブツブの入ってるのがいい」


「よし、わかった。だから頑張ろうな。なに、練習した通りにやればいいだけだ」


ガキ、うなずいた。セットに向かって走っていった。怜菜が半分怒った顔をしていた。


「ガキも食うのか?」


「違うって……私を話の種にしないでよ。ただでさえ、週刊誌にスクープされて笑えないんだから」


怜菜、いまどきの女、茶髪にパーマ、濃い顔立ち、衣装も男関係も派手、だが、顔立ちは整っている。演技もうまい。ボディラインも悪く ない。何よりも、度胸がある。


「あれほど男と付き合う時は気をつけろって言っただろう。社長に黙っててやったのに」


「うーん、まさか記者に懐柔されてるとは思わなかったのよ。あーっ、思い出しただけで頭にくる」


顔をゆがめる。だが、それほど不機嫌というわけではない。慣れきっているようだった。


「次やったらもう仕事回さないとよ。気をつけろよ」


「うーっ、安津見くぅん。お願いだから社長をなだめてぇ」


芝居のかかった声と動作で俺にしなでかかって抱きついてくる。呆れた。


「だったらもう少し節操を持て」


「私のイケナイ肉体がうずくの……また、安津見君に相手してもらおっかな」


「それは構わないが時間がある時にしてくれ。それと今はスプークされたばかりだから記者がうるさいぞ」


「安津見君って……超クールだよね」


怜菜、俺から離れる。


「欲望の処理ぐらいしてやる。その代わり、身代を潰すなよ」


「はいはい、わかってますよー」


走っていく怜菜、深夜ドラマ、面白くもなくつまらなくもない惰性の映像、それでも怜菜にとっては充分な 仕事となっている。少なくとも、イベント会場を駆け回るよりはましだった。


怜菜をハメた男、くだらない奴だった。


芸能人を抱きたがる男、芸能人に抱かれたがる女、どれもこれも同じ人間だということは仕事を始めて一ヶ月 でわかった。ただ欲しいのは肉体ではなくステイタスだけだということだった。


つまらない心情、つまらない 見栄、つまらない男女、いくらでも見てきた。


怜菜――俺を艶やかに見ていた。見つめ返した。惚れているわけでもないが、嫌いなわけでもない、 どうでもいい女だったが、大事な商品だった。うまくコントロールできなければならない。人間が商品だという ことはこの世界に居る誰もが理解している。


























携帯をプッシュした。三回目のコールの後にエイジが出た。


「安津見さん、仕事ですか」


「仕事がしたいか」


バックミュージック、車の音――工事現場、いやいやバイトをしているエイジ、自信過剰な俳優、光るものはあった、だが、 それは素朴な才能だった。傲慢では成功するはずがない。


「もちろんですよ。なんか良い役ありますか?」


「オーディションがある」


「どんな」


「準主役の演劇だ。それなりにデカイところでやる。競争率もそれほど高くない。軽く取れるだろう?」


「そっすけど……できるなら銀幕に出たいっすよ」


希望――高望み、分を知らない馬鹿ガキ。だが、なだめてやらなければならない。


「わかってる。だが、下積みを積まなければならないのがこの世界の掟だ。練習はいくらしても 良いと思わないか」


「ですけど、俺、もう充分、実力ついてますよ」


「それにエイジ、事務所に顔を出して社長の機嫌を取りに来い。あの人は俺より数段上のコネクションをもって いる。ゴマをすって生きることを覚えろ」


忠告――エイジは不満げな唸り声をあげた。


「あの変態女に会うだけでもイヤになりますよ。よく安津見さんあんな人と平気で話せますね。俺、事務所行く だけで常時、演技してる気分ですもん」


変態女――間違ってはいない。だが、エイジは間違っている。


「どんな女だろうが俺の知ったことじゃねぇ。要は力があるかないかだ。エイジ、金儲けして豪邸に住みたい んだろ。バイトなんかしたくねぇんだろ。だったら長いものに巻かれろ。上手に縄の上を歩け、渡りきったら 栄光が待ってる。好きなだけ女を抱けるし好きなだけうまい酒も飲める」


「安津見さん、人を説得するのうまいっすね。わかりましたオーディションの日付教えてください。事務所にも 顔を出します」


説得――違う。俺は説得しているんじゃない。騙してるのだ。栄光など待ってはいない。途中で縄から 落ちて奈落に落下することばかりだ。栄光の椅子は誰もが座れるわけではない。


「社長はスイーツが好きだ。高めのクリーム系の甘ったるい洋菓子を手土産にしろ。できないなら俺にまた電話しろ。 用意してきてやる」


「わかりました。どうもすいません」


「礼は言わなくて良い。俺はお前のマネージャーだ。お前が成功すれば俺のボーナスの額が増える。成功しろ よエイジ、お前はやればできる奴だ。誰よりも輝ける」


「安津見さんのそういう打算的で嘘をつかないところ好きっすよ」


エイジの上機嫌な笑い声、俺は目をつむって笑い声を聞いた。エイジ、まだ厳しさがわかっていない。自分の 欠点を理解できない奴は使い物にならない。だが、調子に乗せたまま走らせればその内、どこかに当たるかも しれない。


























板チョコとアイスクリームを買った。糖分とカロリーの低いものを選んだ。最近ではチョコですら健康食品扱い されている。


少子化の話をキャスターが神妙な声で叫び続ける。老人が増え、子供が増えないという飽き飽きした話。


くたばらない老人達が増え続ける。くたばらないための飯が用意される。くたばらないための社会が構 成される。福祉という鎖に繋がれた人間達、奇妙な悪循環、笑える話だった。誰もが破滅に向かって疾走している。


「お兄ちゃん……ありがと」


ガキがバニラアイスを舐めつつ俺に礼を言った。ガキの頭を撫でてやった。周りを見回した。ガキ一人だけ スタジオに取り残されていた。


「お母さんはどこだ?お前のマネージャーはお母さんだろ?」


「うん。どこか行っちゃった。多分、ボクのこと話に行くふりしてサインとかねだってると思う」


よくある話――ババアの習性、有名人を見ると飢えた犬みたいな勢いで寄ってきて、自分の興味を 満たす。ガキにコジつけて自分をアピール、くだらない人種。見飽きた人種。どこにでもいる人種。


「チョコは隠し持っとけ。アイスは乳製品だからお前の発育に良い。もっとデカくなれる」


「よくわからないよ」


「お母さん口うるさいほうだろ」


「うん」


「だったら俺の言うとおりに喋るんだ。チョコが見つかったら他の俳優さんも食べてるって言え。それでも ダメだったら俺が無理やり持たせたことにしろ」


「お兄ちゃんが可哀想だよ」


ガキの哀れんだ目――微笑んだ。


「お前もテレビに出たいならもう少し悪い子になろうな。優しいだけじゃダメなんだよ。誰もが厳しく強く ズルイ人ばかりなんだ。だからお前もそうならないといけない」


ガキ――戸惑った顔、だが、うなずいた。そしてチョコを小さなポケットに隠した。


「一緒にお母さん探してやろうか?」


「ううん。いいよ。慣れてるから」


「そうか……転ぶなよ」


「ありがとう。でも、お兄ちゃんは優しくていいの?」


ガキ――そう一言いい、笑って駆けて行く。ガキに言うことは間違っていた。俺は優しくなどない。優しさなど もう持っていないつもりだった。これは気まぐれにすぎない。


「へぇ~……面白いもの見ちゃった」


背後からの声――怜菜、口元を歪ませて楽しそうに笑っていた。セットの裏に隠れていた。気がつか なかった。


「安津見君って普段まるで笑わないし気難しいし冷徹だけどこんな一面もあるんだねぇ」


「時間が押してる。どこに行っていた」


「誤魔化そうとしちゃって、カワイイねぇ」


「もう一つ俺の新しい一面を見せてやろうか?」


目を細めた。人を威圧するための動作、空気、気配。コントロールできる。怜菜、かすかに顔を引きつらせた。顔 をそむけた。


「それってゾクゾクするほど怖い一面だろうから遠慮しとく」


「理解してくれてなりよりだ。時間がおしているのは確かだ。俺には仕事がある。怜菜、君をエスコートしたくてたまらないんだがされて くれないかい?」


「もう一言お世辞がほしいかな」


「君ほどの美人はなかなかいない。俺にエスコートするチャンスをくれないか」


「ありがと。じゃあ、家まで送ってもらおっかな」


くだらないやり取り――いつだって俺はくだらないことをして生きている。


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