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騎士

携帯を切った。海に向かって投げた。もう、必要がないものだ。俺を縛るものはもう何も一つとしてない。


「どこに電話してたんだよ」


「妹に。遊ぶ約束をしててね。日取りを話し合ってた」


「余裕かましやがって。さっさといくぞ」


矢崎が渡してきたヤクザ――俺と同じ歳くらいのが一人、坂柿とかいった。丸坊主の細い目。もう一人、中年の大男、巻道とか言う 奴。パンチパーマの典型的な強面。


頭の悪い人間達、単純な腕力ならば俺や了司よりは上かもしれない。だが、負ける気はこれっぽっちもしない。


俺はためらいなく人間の喉笛を噛み千切れる。目の前に居る障害物が赤子だろうが首をねじ切れる。了司も同様だろう。残酷さも、暗黒の濃度も違う。


空を見上げた。夜空、雲でおおわれていた。約束の日の夜。静やかな空気と寒気が在った。


「小僧、お前はそんな格好で寒くねぇのか」


巻道がダウンコートを握り締めてさむがっていた。俺は黒いジャケットとジーンズだけだった。肌を突き刺す 寒さを感じていたかった。


空気の乾燥――雪が降る。きっと白く美しい雪がゆらゆらと降るだろう。魅惑的で美しい世界、 昔、ことねがつけていた白い帽子を思い出した。


感傷――浸っているわけにはいかなかった。了司に指定した場所、工場地帯の倉庫街。荒涼とした 場所。人間が死んでも、拳銃をぶっ放しても誰も気づかない場所。


俺の死に場所としては悪くなかった。死ぬのなら海に還りたかった。


「寒さを……感じていたいんですよ。感覚があるって……わからなくなるかもしれませんから」


「気味わりぃやつだなお前……たかが人間一人バラしにいくだけじゃねぇか」


「そういうんじゃねぇよ。お前と同じ歳だろうが、お前とは経験が違うんだから」


「わかってますよ巻さん。おい、さっさと行くぞ。本当はお前みたいなうすのろをつれていきたくなかったんだぜ」


目をつむった――懐から覚醒剤を取り出した。血管に注射した。ジッと衝撃がくるのをまった。

血液が沸騰していく。血管が激しいビートを刻んでいく、心臓がトチ狂ったように脈動する。


雷光の輝きが俺の脳を侵し、狂わせ、思考回路を暴虐の力で染め上げていく。


目を開いた。了司の力、俺の力、いまこそ、俺は師と同質の存在になった。俺の視界の人間達の考え、行動、 全てが予測できる。


覚醒剤を使ってやっと到達できた地点、刹那の時間。俺は俺を破壊するという代償を払わなければならなかった。後悔 はなかった。


「いこうか……」


呟いた。






























「遅かったじゃねぇか、っで、結論はそれか?」


了司――倉庫にあったタイヤに腰掛けて俺を見ていた。暗黒の王が俺を見ていた。了司の邪眼が 俺を凝視していた。


見つめ返した。そして、背中からリヴォルバーを引き抜いた。了司の目、知っているといっていた。


「ああ、結論はこれだよ。アンタと戦うよ」


「勝てないのにか?」


拳銃を突きつけられているというのにこの余裕――俺は銃口を移動させた。俺の右に居るやつの わき腹をポイントした。引き金を引いた。


渇いた音がした。坂柿とかいうヤクザが地べたにはいつくばった。


「テメェ――小僧っ!」


「うるせぇよ」


巻道とかいうヤクザのミケンをポイントした。殴りかかってきた。右拳のとろくせぇストレート、軽くかわした。引き金を引いた。脳しょうを ぶちまけて巻道が絶命した。


口笛が聞こえた。


「なんで、味方を殺したんだ」


にやついた笑み、わかりきっていることを訊ねてきた。だから、わかりきっていることを言わなければなら なかった。


「こいつらは――俺の味方なんかじゃない。アンタの味方だ。矢崎ははなから俺を切り捨てていた。 いま、その鉄柱の向こうで息を潜めて俺が殺されるところを見ている」


「総一――わかってきたじゃねぇか。嬉しいぜ。弟子の成長が嬉しくてたまらねぇ」


歪んだ笑み、予想通りの展開。


「だが、そこまで力をつけてるならわかってるだろ。俺には勝てないって」


「ああ、わかってるよ。俺は殺されにきたんだ。誰でもなく、アンタの手で殺されたかった」


了司、つまらなさそうな顔。


「なんだ、そこまでかよお前。もっと上を目指せよ。人間は成長してこそ価値があるんだぜ」


「知っている。だが――俺にどうしろっていうんだよ了司。俺はアンタに勝てない。勝てないのに。 戦わなきゃいけない。俺はどうすればいい――!」


狂った思考回路、冷静な思考回路、矛盾しきった思考回路。叫びとなって口からあふれ出た。


「わかったよ……教えてやるよ総一。俺の弟子に俺が教えてやる。これが最後の教えだ」


了司の邪眼、言うことはわかっている。俺を奮い立たせるキーワードを了司は俺に言う。


「お前が俺に殺されたら清川ちゃんの脳みそを壁にたたきつけてぶちまけてやる」


「――殺すっ!」


リヴォルバー――了司の顔面に向けてポイントした。焼き切れた思考回路の加速――俺の頭をぶっ飛ばす。俺から計算を奪う。


了司――煙草をふかしていた。そして、懐からオートマチックをゆっくりと取り出した。


「物を持つ時はしっかり持てよ。ガタガタ震えてんじゃねぇ」


「殺してやる――」


「人間を脅すときはもっと威圧感をこめろよ。ストレートに、圧倒的に恐怖させろ」


「殺してやる――」


「なぜ、すぐ撃たない。その弾丸が俺に当たらないからか?なら、もっと至近距離で撃て」


「殺してやる――」


「わかったよ。後、三秒後にお前を俺は撃つ。じゃあな総一。俺の最後の弟子」


死を覚悟した時の集中力―――最後に思考回路を暴走させた。


爆雷――頭の中で炸裂した。やっと理解した。全てを理解した。


ポイントをずらした。鉄柱に銃口を向けた。角度、申し分はない。了司の引き金、引かれる。漆黒の炎を持つ弾丸が俺の腹に命中した。俺も 引き金を引いた。


俺の銃弾――狙い通りの軌道を描いた。俺は腹に食らった弾丸の衝撃でぶっ倒れた。腹から血がじわじわと溢れ 出てくる。足に力が入らなかった。全身に鉛をつけられたかのような心地だった。


了司が、ぶっ倒れた俺を見下ろしていた。


「俺はどっちでも良かったんだがな……」


苦虫を噛み潰した顔の了司、最期に、最期に俺は少しだけ師を超えられた。引きつった声で笑った。了司の考え、言動、教え、全て理解した。


「……たわごと、言わせてください」


喉からせりあがってくるなにか、吐き出した。血液が俺の口から流れ出た。了司は座った。冷たい金属の 鉄板の上に座った。


「言ってみろ」


「アンタは……全部、嘘なんだ。俺と同じなんだ。俺と同じ機械なんだ」


了司は静かに俺の言葉に耳を傾けていた。俺は俺の死を代償に真実に到達した。


「その傲慢さも、暴虐も、全部、全部、演技なんだ……快楽に溺れているふりをしてるんだ。アンタは別に 俺を殺したくなんかなかったんだ」


了司の顔、感情が消えていた。


「続けろよ……聞いてやる」


静やかな声――涙が零れ落ちた。


「俺と同じで……唯一つのものだけで、動いてたんだ……誤作動しながら、狂いながら」


「もう喋るなよ。苦しいだけだぞ」


「言わせてくれよ――了司さん……アンタは、俺が殺した、矢崎の恋人だったんだ」


跳弾を使った。鉄柱に隠れていた社長、矢崎令子は既に絶命させた。俺の師を操っていたコントローラーを 破壊した。もう、機械は動かない。人間の手で動くから機械なのだ。


「それは間違ってるぜ総一……それは昔の話だ。俺がガキの頃の話だ」


「でも……好きだったんだろ。わかるよ了司さん……」


痛みが段々と波打ってきた。意識が消し飛ぼうとしている。だが、まだ死ぬな。


「ああ、あの女は俺が狂わせちまった女だ……だから、俺はあの女の機械になった」


「わからないことが……あるんだ……」


「俺はお前の中に俺を見ちまったんだ。だから、俺はお前の元から去るしかなかったんだ。お前の成長が 俺の昔の成長と似ていた。お前が俺を理想としたように俺も同じだった」


すぐに欲しい答えは返ってくる。俺は了司の言葉をかみしめた。


「だけど……矢崎に呼ばれた」


「ああ、お前と清川ちゃんが気に入らなかったんだろうな。昔の俺達と似ている。お前が特に俺と 似ていた。その劣等感を俺も持っていた。輝く彼女に比べてなんと自分はクズなんだろうかってな」


「クソッタレ……似すぎだ」


「そうだな……だが、お前は俺とは違う。俺は彼女の保身と栄光のために彼女を売り飛ばした。彼女は一晩我慢 するだけで数億って金と栄光が手に入った。俺はそれが最良だと思っていた」


了司の独白――俺が歩むはずだった道かもしれなかった。


「彼女は男嫌いになったよ。何もかも、全ては後の祭りだった。俺のような男に出会っちまったせいだ。俺が全て悪かった。 俺が全ての元凶だった。俺は罪を償い続けなければならなかった」


了司の苦悩――初めて見るものだった。全てを初めてみていた。


俺は血を吐き出した。もう、意識にもやがかかりはじめた。神経が断裂してしまったかのように手足の感覚 がない。


最後に俺は俺の師に言わなければならないことが ある。


「……ことねを頼みます。俺はヤクザに手を出しました。だから、もしもがあれば、護って下さい」


了司――戸惑いの瞳。だが、うなずいた。


「死ぬんだな総一」


「ええ……それと、そろそろ警察が来ます。俺が……呼びました……知り合いの警官に……」


「一応は保険をかけたのか。だとは思ってたが。本当に頭がまわるようになったな」


笑った。師にほめられるのが単純に嬉しかった。


「この倉庫の右端に……隠し扉があります。下に、密輸品が………」


「わかってるよ。俺はそこに隠れる。お前がかぶったんだろ。罪を」


洞察力――窮地にあっても健在だった。


「師匠……ありがとうございました。俺は……俺は……アンタが、アンタが居たから……彼女の 傍に居られました……俺は本当に嬉しかった。幸せだった」


「馬鹿な奴だよ、お前」


了司は笑っていた。はじめて見る笑みだった。俺が昔、初音島に居た頃に浮かべていただろう単純な笑みだった。


「頼みます……いてぇんですよ……」


「ああ」


銃口が俺の顔面にポイントされた。真っ黒な穴から真っ黒な弾丸が飛び出るヴィジョン。俺の思考回路という 海を焼き尽くしてくれる。


恐怖はなかった。波打ってくる激痛で思考がぶっ飛びはじめている。引き金に力が入っていた。もう後 少し、数センチ指が動くだけで俺はやっと楽になれる。俺の望んだ世界に行ける。


俺は笑った。心の底から――俺は笑って――意識が飛んだ。


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