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玩具

携帯のヴァイブレーション、了司から。


「また、会わないか?」


「いま、仕事中なんですよ」


怜菜――魅惑的なポーズでカメラマンを挑発している。ことねは仕事を休ませた。寝かせた。ドラマ 監督に俺は土下座した。二日ほど休暇をくれと涙を流しながら訴えた。演技だった。監督は俺に同情した。


脚本を変えると言った。俺を褒めたたえた。くだらなかった。


二日間、ことねと濃密な時を過ごすには足りない。毎日のように愛の言葉を吐き続けなければならない。心にも ない事を叫び、先導し、鍛える。


俺が消えてもダメージが無いようにしなければならない。そこが妥協点。そこまで辿り着いたら俺は素直に 闇に還ろう。


「面白いものがあるんだよ。来いよ総一、金儲けの話だぜ」


「どんなものなんですか?」


「いいから来いって総一、楽しくなるぜ」


熱に浮かされた了司の声、演技か、本音か、恐らく、本音。感情を隠す必要がある時と無い時、今は隠して などいない。


金儲け――了司が言うのならば半端な額ではない。金を手に入れるに越したことはない。


「わかりました。すぐですか?」


「ああ、すぐだ。お前を待ちきれねぇんだよ」


了司――暗黒の王。俺の王。もっと近づき、もっと知らなければならない。






























昼間――了司は奇妙な場所に俺を呼んだ。俺の事務所のある高層ビルの屋上だった。


吹き抜ける荒涼とした風、冷気を運んでくる。肌寒い季節、もうそろそろ雪が降るかもしれない。吐く息が 白くなってきた。


了司――サングラスを外して俺をジッと見ていた。俺を値踏みしていた。俺を確かめていた。


「総一、テメェ、人殺ししたな」


了司は煙草を取り出した。俺はポケットからライターを取り出した。火をつけた。


「なんでわかるんです?」


「人間のくせぇ血の臭いが消えてねぇ。もっとよく身体を洗えよ」


「香水をつけてるんですけどね」


「獲物は――大して切れ味の良くねぇものだ。包丁ってとこか。手の皮が擦り切れてる。相当無茶 な刺し方、もしくは削り方をしたな。死体は海の底に沈めた。潮の香りがする。土の中にもだ。腐葉土のにおい。 近隣の人工林にか。大分ハデにばらまいたじゃねぇか」


悪魔の力――暴虐の力、了司の力、手に入れたかった。


「だからなんだって言うんです了司さん」


「強がるなよ。心の底ではブルってるくせによ」

了司の目――俺はもっと殺していると言っていた。懐のふくらみ、短刀が入っている。雰囲気、ヤクザ の獣臭。


了司、ヤクザになっていた。もしくは、それ以外の何かに。


「早く話の本題に入ってくださいよ。無駄な時間です」


「とりあえず、数千万って金が手に入るだろうな。後はなかなか良い女も手に入る。一口のらねぇか?」


「誰から絞りとるんです」


「わかってるだろ――お前からだよ」


獰猛な視線――了司はポケットから紙切れを取り出した。運転免許だった。ストーカー野郎の 持ち物――なぜ、今、了司がもっている。


予測、ついていた。了司に隠し事などできるはずがなかった。だが、早すぎる。


「わけがわからないか。お前の携帯にはGPSが埋め込んである。お前に俺が教えてやった手法だろうが。お前の 行動全てを俺は把握している。まあ遅かれ早かれそんなことしなくたってわかったけどな」


「違う。そんなことじゃない――なぜなんです了司さん」


「もう、取り繕うな総一、俺にお前の本当の姿を見せろ」


目をつむった――スイッチの変換――目を開けた。

「ふざけるんじゃねぇよ了司、なんでお前が俺を今更殺すんだよっ!?」


「今だからだ。今、お前をぶち殺してやりたくなった。お前は成長したよ総一、俺に近づいてきている。 だが、俺の領域に近づくんじゃねぇよ。うざってぇよお前」


「アンタが――アンタがそうなれと言った」


「そうだ。お前は俺の玩具だ。ぶっ壊すのも遊ぶのも俺の自由だ。違うか?」


「違わない。金は出す。俺はアンタに勝てない。今、俺がつかみかかっても俺は殴り殺される」


了司――飲み屋でからんできた大男を片手で半殺しにした。眼球を潰し、急所を潰し、足を砕き、 二度と歩けないようにした。


お前も殴れよ総一――じゃねぇとお前もコイツになるぜ?


恐ろしかった。俺は俺の王が恐ろしかった。俺は見知らぬ男のアゴの骨を拳で砕いた。男はゴミクズのように転がって 地べたにはいつくばった。


あれが俺になる。たまらなく恐ろしかった。


「まだもう一言、言ってない言葉があるぜ」


「ことねを出せっていうのか――金があれば女なんていくらでも抱ける。いい女が欲しけりゃ アンタならいくらでも手に入る」


了司、薄く笑った。


「パーツをはめてやるって言っただろうが。お前は全て捨てたと思っている。だが、違う。人間っていうのは 思い込みだけでうまくいくもんじゃねぇ。本当に捨てる必要がある」


「止めてくれよ――俺はアンタを尊敬してたんだ」


了司―両手を広げて呆れたというポーズを作った。


「お前の欠陥を教えてやるよ総一。そのくだらない情だ。くだらない劣等感だ。くだらない愛情だ。お前を誤作動させている腐りきった ものだ」


「だから、だからって、ことねをアンタに出すなんて俺は赦さない。ことねを護ってくれてたじゃないか。俺がバトン タッチしやすくなるように気を使って。アンタは俺に優しかった。アンタはことねに優しかった」


だから――だから、アンタを恐れても尊敬してたんだ。崇拝していたんだ。心酔してたんだ。俺は アンタだけを目指してこれたんだ。


「裏切ってやるよ総一。俺と戦え。俺を殺してみせろ。そうじゃねぇとお前の大切なもん全てを俺がぶっ壊して やる」


「止めてくれよ――師匠、俺は、俺はアンタと戦うなんて出来ない。勝てない。無理なんだ」


了司――師のサドスティックな笑み、昔とこれっぽっちも変わっていなかった。師は快楽で俺をもて あそんでいた。師は普通に呼吸をするように俺を破滅させようとしていた。師はそれが日常だった。


自分以外の誰かを地獄に落とし、笑う悪魔だった、暗黒の王だった。紛れもなく、誰よりも邪悪な存在。


「お前はずっと清川ちゃんという足かせをつけて歩いていた。華やかな彼女に比べて自分はゴミクズだという劣等感、俺がお前を 拾ってやった時の卑屈なお前。それなのに今、外れかけてる。良い具合だ」


「違う――まだ俺はゴミクズだ。だからアンタが相手をする必要ないじゃないか」


「だからだよ。お前も俺と同じゴミクズだから頭にくるんだ。同族嫌悪ってやつだ。もう俺を師と呼ばなくて 良い。お前と俺はもうほとんど変わらない。成長したよ。俺はお前の領域に踏み込んだ」


「違う――勘違いだ。俺はアンタみたいな男になれていない。俺なんかを相手しないでくれ」


「その言葉も、悲しがるポーズも、全て計算づくだってことはわかっているぜ総一。自分よりまだ強い者に 挑む自信がない。だから、媚びろうとしている」


クソッタレ――声をあげて叫びたくなった。見抜かれていた。


「了司……俺と戦うってのかよ。いいぜ、ぶっ殺してやる」


「そうだ。それでいい。自分はもう誰にも負けないという自信がみなぎってるな」


「うるせぇよ」


「だが、それは虚栄だ。偽りだ。半端だ。本当はお前は人を殺していない。清川ちゃんがやったんだろう?お前がそんな 意味のない事をするはずがない。そうだろう総一?」


目をつむった――了司、異端の能力者。完璧な男だった。紛れなく、俺が目指した理想像だった。勝てる はずがない男だった。


「俺はお前に勝てるうちにお前を殺さなきゃいけなくなった。悪いな総一」


「俺はアンタに歯向かうつもりなんかなかった」


「違うね。お前は俺の持っている力が欲しかった。だから俺になろうとした。努力 した。心を壊した。全てが壊れた。お前は俺にならなければいけなくなった。俺になるということは 全てを支配するということだ。つまり、俺はお前に支配されなければならない」


「矛盾している」


「そうだ。つまるところ――王様は二人もいらねぇってことだよ」


トチ狂った会話――俺と了司はトチ狂っていた。昔から、ずっとそうだった。


「証を見せろ総一――考える時間をやる。明後日に清川ちゃんを俺の前に連れて来い。お前の 目の前でレイプしてやるぜ。そしたら、お前の全てを赦してやる。お前が俺の騎士という証を見せろ」


「俺がどうするかもわかってくるくせによく言うぜ」


了司、笑った。寂しい笑みだった。


「俺は全知全能じゃねぇ。俺もまた、お前と同じで何もわかんねぇだよ」


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