機械
鋼のような精神が欲しいと思った。
何者にも動じず、どんなことが起きても冷静沈着、計算と打算だけが頭の中にあり、全てをコントロールできる 存在、そんな男に俺はなりたかった。なる必要があった。
年月は俺を段々と理想へ変化させた。俺は鋼の精神を手に入れることができた。俺は静かに目をつむること で俺を機械としてみることができた。
そう、俺は機械で出来ている。潤滑油という血液、パイプという血管、金属という骨肉、ネジと歯車の心。実感 することができたのは全てを捨てたと同時に手に入れた時だった。
俺は地獄に落ちた。堕落した。闇に包まれた。それでも、彼女が光ある場所にいるのならば些細な事に 思えた。どうでもいいことに思えた。抵抗はなかった。俺は冷たい無機物で構成された機械だった。
「安津見さん、何ボーっとしてるんですか」
声、現実に戻った。アシスタントディレクター、斉藤がペットボトルを両手に持って歩み寄ってきた。額には 汗の球が浮き出ている。
「今後の予定を考えてたんですよ」
「そっすか、まあ、お茶でもどうですか」
手渡される。キャップを捻った。喉に流し込んだ。片目でロケ現場をゆっくりと見回した。山のような機材と カメラ、難しい顔をした監督、談笑する俳優、今にもぶっ壊れそうなコンクリートの廃墟ビルの背景、ドラマ撮影、 ワンクルーの予定が人気が出て伸びるという話を聞いた。
頭の中の予定――いくつかブッキングした。いつもの呪文を心の中で唱える。
うまく立ち回れ――お前ならそれができる。闇の中の俺の声、俺に自信を持たせ、走らせてくれる。
「しっかし、天気悪いっすね」
空を見上げた。どんよりと曇った雲、爆発シーンはCG処理すると言っていた。だが、自然物 まで処理していては違和感が残る。
子供向けのヒーロードラマ、それでも、最近はサスペンス並にクオリティが高くなっている。
「斉藤さん、何時ごろ終わると思います?」
訊いた。時間はそれほどあるわけではない。斉藤は困った顔で笑った。
「監督が奥さんと喧嘩したんで機嫌悪いんですよ。あと二分で本番入りますけど、NGが出なきゃいいんです がねぇ」
「そうですか……まあ、うまくいくことを願いますよ」
目をつむった。目を開けた。視界の端にレザースーツを着たことねがいた。俺を見つけた。笑いかけてきた。 俺は手を軽く振って空を見上げた。