故郷
勇者パーティは魔王城を奇襲し、その屋上で魔王親衛隊と戦っていた。その中で勇者は魔王を見つけて一騎打ちを挑む。
「小僧、わしに掛かってくるのは百年早い」
「老いぼれが。さっさとくたばれ!」
勇者と魔王は互角の戦いだったが、長引く中で若い勇者が徐々に優位に立つ。
「勇者、わしを倒して王国に帰っても用の無くなったお前は冷遇されるだけだぞ。引き分けということにして見逃せ」
魔王の囁きに勇者は答える。
「孤児だったオレを養い、大きくしてもらったのは故郷である王国のお陰だ。
お前を倒せば王女を妻に迎えて大諸侯にしてもらえる。
勇者の訓練をしているときも応援をしてもらい、この出征もみんなに祝ってもらった。その故郷を裏切るわけにはいかん」
「青いのお」
溜息をつく魔王に勇者は鋭く突きを放つ。
それは魔王の胸を貫き、周囲で見ていた勇者パーティからは歓声が、魔王軍からは悲鳴が上がる。
「やるな。しかし、一人では死なん」
魔王はそう言うと、勇者を抱えて屋上から飛び降りる。その先は川となっており、見下ろすと二人は急流に流されてゆく。
戦闘をやめて魔王を救援に行く親衛隊に続き、戦士も勇者を救いに行こうとするが賢者に止められる。
「ここは魔王領の真ん中。この人数で行っても多勢に無勢で死ぬだけだ。
いったん引いて王国軍とともに勇者を助けに行こう」
後ろ髪を引かれる思いで戦士はパーティの仲間と退却する。
そして後方で軍とともに戦果を待っていた王に報告し、勇者への救援を頼む。
返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「魔王は死んだのか」
「勇者の剣が心臓の位置を貫くのを見ました。その上、急流に呑まれ、おそらく生きてはおるまいと思います」
それを聞いた王は笑い出した。
「ハッハッハ。お前たちよくやったぞ。
おまけに勇者も行方不明とはますます都合がいい」
「陛下、それはどういうことですか?」
「何、余計な手間が省けたということよ。
ここであったことは、勇者は武運拙く魔王に負けて戦死し、その後に奮起した王の指揮のもと貴様ら勇者パーティが魔王を倒したのだ。よいな!」
「それでは勇者の救援は?」
「するわけなかろう。
そもそも急流に呑まれて魔王領の深くに入ったのだろう。生きているわけもない。
さっさと帰国して戦勝パレードだ。
お前たちにも望みの褒美を取らせるぞ。
その分、余計なことを言うなよ」
「しかし勇者を待っておられる王女殿下には何と言いましょう」
なおも言い募る戦士に王は舌打ちして言う。
「あれには予から言う。くれぐれも余計なことを言うな」
帰国した王は、魔王の討伐を大々的に宣伝し、自らの手柄とした。
そして勇者は期待に応えられずあえなく死んだものとして扱われる。
戦士、賢者、魔法使い達の勇者パーティもそれぞれに多大な褒美を与えられ、人々から持て囃された。
勇者を愛していた王女は、彼が死んだことが信じられず一年待つと言うが、王は一年も待たずに王に次ぐ勢力を持つ公爵に嫁がせるように段取りを進める。
そして一年にあと3日となったある日、城門警備の門番が全身傷だらけの痩せこけた男が足を引きずりながらやってくるのを見つける。
「誰だ?」
「勇者だ。帰ってきた。街に入れてくれ」
「勇者だと。一年前に死んだわ。
それも魔王に完敗してものの役にも立たなかったそうだ。
あれは偽の勇者で本物の勇者は公爵様だそうだ。
嘘を言うならもっといい嘘を言え。
入場したければそんな嘘より金を出せ」
門番の言葉に男は何かを言おうとするが諦めたように、ボロボロの服のポケットから銀貨を出して握らせる。
「それでいいんだ。相場より多かったから一つ忠告してやる。
勇者など言うな。皆、あんな情けないやつに食わせて応援するんじゃなかったと言っているぞ。
おまけにもうすぐ王女様の結婚式だ。勇者など言うと衛兵に捕まって殺されるぞ」
男は黙って頷き、びっこを引きながら街に入っていく。
門番は心の中で、(しかしよく似ていた。尤も本物は目が輝いていて、あんな暗い目はしてなかったがな)と思った。
男は街に入ると誰とも話さずに僅かな金で飯を喰い橋の下で寝た。
翌日に目が覚めると手間稼ぎの土方仕事に行き、仕事が終わるとその後は街中を当てもなく歩く。
街は魔王討伐一周記念と王女の結婚式で大賑わいだ。その中を男は足を引きずり、ゆっくりと通りを懐かしそうに見ながら歩いていく。
何人かの通行人は男の顔を見て、ギョッとしたように振り返り、よく似ていると呟く。
通りを走る馬車の中から、今は騎士団長に出世した戦士は男を見た。
「あれは!馬車を止めろ!」
一度はそう言うが、隣の副官に「これから婚約者の伯爵令嬢との会食です。急がねはなりません」と急かされ、また心の中で、魔王討伐の主力と思われたからこその騎士団長、それが勇者が倒したことがわかればこの地位は奪われるとの恐れから、見なかったこととし、再び馬車を走らせた。
結婚式の準備で急ぐ王女の目にも男の姿は映る。
「ちょっと待ってください」
という王女に公爵は首を傾げる。
「どうされましたか」
そしてボロボロの服を着たびっこの男を見て言う。
「あのような者を見て不快になられましたか。
不具者など貴女の目に触れぬように式までに追放するように陛下に頼みましょうか」
「いえ、何でもないです。
私の見間違いでした。馬車を走らせてください」
王女は一年の間に公爵から熱烈なアプローチを受け、結婚を応諾していた。
今更勇者が帰ってきてももう歓迎する気持ちもなくなっていた。
(もとは孤児のあの人と私では身分が違う。あの人を愛してたと思ったのは勘違い。居なくなってお互いに良かったのよ)
と自分に言い聞かせ、数日後に公爵との結婚式を挙げた。
びっこの男は毎日街を歩き回った。その間に勇者を知る人達と何度も会ったが、誰も声をかけない。
男はやがて街を歩くだけでなく、一軒の豪邸を尋ねる。
「ここは騎士団長様のご自宅だ。貴様のような浮浪者が来るところではない」
門番が追い払おうとするが、男は言う。
「ガレスが来たと伝えてくれないか」
門番は無視するがあまりの執拗な頼みに主人の戦士に伝える。
戦士は見る間に顔色を変え、
「知らん、そんなやつは!小銭を与えて追い払え」
と命じる。
門番が男にそう伝えると、そうかとだけ呟き、金は受け取らずに男は去った。
同様のことが、賢者や魔法使いなどの勇者を知る者のところでも起こり、皆そんな奴は知らないと頭を振る。
びっこの男が次に訪れたのは孤児院であった。
昔はみすぼらしかった建物は大きな立派なものへと建て替えられていた。
男はドアを叩き、出てきた子供に「ガレスが来たと院長先生に伝えてくれ」と頼む。
しばらくして、どうぞと通された院長室は豪華な家具でいっぱいだった。
随分待たされた後、院長が入ってくる。
「待たせたな。ガレスの偽物よ」
「はあ?」
「ガレスは魔王と戦い戦死した。そしてその褒賞を遺族の代わりに孤児院が受け取ったのだ。ガレスのお陰で孤児院もわしも豊かになった。
今更出てこられても困るのだ。
幸いガレスは仲間思いのいい子じゃったから、そんな心配はしておらんがな」
それを聞いた男はすぐに出ていこうとしたが、振り返って言う。
「外からでいいので孤児の様子を見せてください」
そして子供部屋の外から様子をうかがうと話し声が聞こえてきた。
「ガレス兄ちゃんは本当に死んだのかな。そっくりの人を街で見かけたよ」
幼い子供の言うことに少女が答える。
「私はガレスとずっと一緒に育ってきたし、だれよりも私がよく知っている。
あれはガレスじゃない。ガレスは頑張って魔王に挑んで戦死した。
そのおかげで今お腹いっぱいに食べられるのよ」
「ガレスなんて魔王に手も足も出ずにやられて、あとは王様や他のメンバーが倒したと聞いたぞ。
あんなに応援して損したよ。同じ孤児院というのも前は自慢だったけど今は隠さなきゃ」
他の少年が言う。
それを聞いた男は黙って去っていった。
男が日々、日雇い作業と徘徊を行っているうちに勇者が戻ってきているとの噂が流れて、ついに王の耳にも入る。
「そやつを捕まえよ」
王の命令で男は捕らえられて、王の前に連れてこられる。
「フフン、確かに勇者のようだな。しかしその死んだような濁った目はなんだ。
お前に何があったかを言え」
王の問に男は口を開く。
「オレは魔王とともに川に落ちて流された。ようやく陸に上がったところを多数の魔王軍が追いかけてきて、オレは隠れた。王国へ帰りたかったが帰り道は全て厳重に封鎖されていた。
やむを得ず王国からの救援が来ると思われる場所の近くに居て、仲間の助けを待ちながら魔王軍と戦っていた。
しかし誰も来ずに孤立無援のままの戦いが続く中、多勢に無勢、ある日オレは足に大怪我を負わされ、それからはまともに戦えなくなった。
オレは戦うことをやめて、山林の中を逃げ回り、方角もわからない中、王国を目指した。
そして一年かけてようやく帰ってきたのだ」
男の話を聞き、王は嘲笑う。
「それはご苦労だったな。
お前の話ではやはり魔王は死んでいるようだな。だからそれだけに仇討ちに必死だったのだろう。
お前もそこで死んでやれば魔族も王国民も喜んだのに」
「なぜオレが死ななきゃならん?」
死んだような目のまま、呟くように言う男に王は答える。
「知れたことよ。お前が帰ってくれば王が活躍したという魔王退治のストーリーがおかしくなる。
おまけに褒美も再分配しなきゃならん。
国民は孤児のお前など捨て石のつもりだ。生きて帰ってくれば孤児にお世辞を言わなきゃならん。死んで良かったと皆思っているのよ」
「なるほど。オレはここを故郷と思っていたが違うのか。ここにいないほうがいいのだな」
暗い声でそう言う男に王が言う。
「孤児に故郷などあるものか。
本来ならここで死んでもらうところだが、これまでの働きに免じて居場所を与えてやる。街中に居させるわけにはいかん。街の外の賤民集落に出ろ。
おい、死刑執行人が適当な後継ぎがいないと言っていたな。コイツに後を継がせろ。
そして名前も変えろ。サムと名乗れ。」
死刑執行人と言えば、賤民の中でも最も賤しまれる仕事。
それがわかる服を着て、市民に話しかけることも同席することもできない。
居住場所は街の外の賤民集落で、罪人の首切りの他に市民の嫌がる仕事や汚い仕事を押し付けられる。
衛兵は縄をかけた男を連れて、死刑執行人の家に行き、男を突き飛ばすとそのまま去った。
「お前さんがわしの跡を継いで死刑執行人になる男か」
髭面の老人が言う。
「そうらしいです」
「暫くうちで修行だな。ナタリー、こいつの面倒を見てやれ」
はーいと出てきたのは、男と年の変わらない若い娘だった。
その頃、王と宰相は密談をしていた。
「勇者を生かしたそうですな。殺した方がいいと思いますが」
宰相の言葉に王は答える。
「一つは足が動かないとはいえ勇者だ。殺そうとすればどれほどの被害が出るかわからん。
一つは勇者を名乗る公爵や、戦士達勇者パーティーへの牽制だ。お前たちの代わりがいると言える。
最後は、民衆への不満の捌け口だ。自分らが褒め称えた勇者が逃げ帰り賤民となっているとなれば、王家への不満をそちらに向けさせることができる」
「さすがは陛下。私の浅知恵をお許しください」
深々と頭を下げる宰相を王は鼻で笑った。
それから3年が経った。
サムは月に一度、王都に来て罪人の首を斬る。
彼はこれまですべて一刀で切り落とし失敗したことはない。歴代一の名手と謳われ、彼が処刑するときは市民が溢れるほどに見物に来た。
その一方で、今度の死刑執行人は逃げ帰った勇者らしいという噂が密やかに流れ、仮面を被ったサムの往復の道中は市民からの投石や悪罵が絶えることはなかった。特に納税の時期や災害の後は激しい。市民の捌け口の場となっているのだ。
しかし、サムは一向に気にする様子はなく、いつも命があれば淡々と向かい、処刑して給金をもらい帰宅した。
家には妻となったナタリーと子供、それに義父母が待っている。
孤児院から勇者となり激しい訓練をしてきた男には初めて持つ安らぎの場であり、その目はいつからか光を取り戻していた。
サムは自分の仕事だけでなく、賤民集落に命じられる仕事を進んでこなし、集落のリーダーとして周りの賤民たちに頼られる存在でもあった。
暖かい家庭と信頼してくれる仲間達、それさえあれば美食も美女も豪邸も不要である。
その頃、王女は結婚後に明らかになった夫のDVと女癖の悪さに憔悴し、朴訥に王女を愛してくれていた勇者のことを懐かしく思い出していた。
戦士は魔王討伐の褒美として伯爵家からもらった妻の浪費と浮気に頭を痛め、宮廷の高官となった賢者と魔法使いは書類仕事や人付き合いが不得手のため、組織でうまく働けずに机の置物と化し、自らの存在意義に疑問を感じていた。
彼らは勇者の境遇を定期的に報告させていたが、その幸せな生活に嫉妬する。
そんなある日、王と公爵は激しく口論をした。内容は次の王の座に絡めてどちらがこれまでの功績が大きいかということであった。
「予は魔王を退治したのだ。これに勝る功績はあるまい。
国民はみな予を崇め奉っている」
「ハッハッハ、王でもできることが勇者の私にできない筈はない。
しかしもう魔王はいないので同じことはできないが、代わりに魔王国を平定してきましょう。
そうすれば功績は同じ。次の王は私ですな」
魔王討伐の後、国境は平穏でありどちらからも攻め込むことはなかった。
王は魔王軍を圧倒する戦力ができてから攻め込むつもりだった。
さて、公爵はそう言うと、すぐに公爵軍を率いて出陣する。
「勇者がいて負けるわけがない」公爵軍は意気軒昂であった。
しかし当初は順調な侵攻を続けるが、魔王国深く誘い込まれたところを殲滅され、10人に1人も生きて帰ってこなかった。
それが判明すると魔王国への報復を叫ぶ声が国中に溢れた。
「魔族どもが調子に乗りおって。
勇者がいなくても我が国には最強の王とそのパーティーがいるのだ。
王よ。魔王国へ侵攻ください」
王は公爵軍をせん滅した敵の力がわかるまで攻めたくはなかったが、これ以上の引き伸ばしは、王の廃位すら迫る家臣や民衆の勢いのため不可能であった。
王の宣伝は浸透し、民衆は王の親征による勝利を疑わない。
「やむを得ん。騎士団長、大魔法使い、大賢者よ、出陣するぞ」
自業自得かと王は今になって功績を横取りしたことを後悔する。
一方、勇者パーティーの面々は王都での仕事よりも魔族との戦いの方が遥かに良かったので、喜んで応じる。
更に魔王は勇者が斃しており、それ以外の魔族ならば自分たちで十分太刀打ちできると考える。
魔王国侵攻で燃え盛る熱気の王都をよそにサムは仮面のまま、淡々といつも通りに仕事をこなす。
「何を考えているのでしょうね」
未亡人となった王女は密かに彼を見てそう呟く。
王の率いる軍勢は民衆の大歓声の中、堂々たる行進で出立した。
国中がその勝利の知らせを待つ中、一人の血塗れの騎士が王都に帰ってきた。
誰もが唖然とする間に、ボロボロになった兵士が次々と帰ってくる。
王も勇者パーティーも命からがらに逃げてきた中にいた。
王の軍はやはり魔王国へ入り込んだあと、魔王軍四天王と名乗る強力な魔族に包囲され、完膚なきまでに痛めつけられた。
「魔王軍が攻めてくるぞ!」
二度も侵攻した王国を許すまいと貴族も民衆も真っ青になって逃げる準備をするが、来る気配はない。
やれやれと落ち着いた彼らはこの怒りを誰かにぶつけたくなった。
もちろんまずは責任者の王であるが、王はこのときのためとばかりに噂をばらまく。
『王国軍が負けたのは裏切って魔王国へ味方した者がいるためだ。
それは魔王国から生きて逃げてきた勇者で今は死刑執行人をしている男。
魔王国から帰るために王国を裏切ったのだ!』
その噂を信じた民衆は郊外の賤民部落に武器を持って集まる。
「よくも裏切ったな!」
「お前が魔王国に裏切ったためにうちの息子は戦死したんだ!」
「死ね!貴様もその家族も賤民も死ね!」
怯える家族や仲間を後ろにして、サムは出てきた。
「オレの名前はサム。ガレスという勇者は死んだ。
それは王も王女も勇者パーティーも育ての親の孤児院長も、そしてガレスの顔を知っている王都中の市民が認めていることだ。
だから帰ってくれ」
それを聞いた民衆は更に激昂する。
「賤民が口答えしやがって!」
「オレがガレスならば賎民ではなくなるぞ。
言っていることがおかしいだろう」
サムの言葉に耳を傾けずに民衆は襲いかかる。
サムはそこから動かずに、武器を持ち襲ってくる民衆に的確に石を当てて動けなくする。
「戦士、賢者、魔法使い!」
王の言葉に一瞬躊躇った後に彼らはサムに襲いかかる。
さすがに3人がかりではサムも相手に時間がかかった。その隙に王は兵士にサムの家族や仲間を襲わせて人質とする。
「サム、いや勇者ガレスよ。やはり戦士たちが束になっても叶わぬ強さか。
お前に命じる。魔王国を攻め、四天王を殺せ。
そうすれば人質を返してやるが、背いたり失敗すれば全員を火炙りにするぞ」
王の言葉に横から王女が口を挟む。
「お兄様、ムチだけでは人は動きません。
討伐に成功すれば私が妻となってあげましょう」
「ふむ。それは良い考えだ。
更に財宝も爵位も好きなものをくれてやる」
王も頷く。
サムは既に戦士や魔法使い、賢者を取り押さえていたが、王や王女の言葉を聞き、言う。
「オレはサム。妻はナタリー。
他に妻も財宝も爵位もいらぬ。
だから頼むから放っておいてくれないか」
王女が突然短剣を抜いて、縛られていたナタリーの胸を貫く。
「これで未練はなくなったでしょう。
さあ魔王国を攻め、私の夫となりなさい」
サム、いやガレスはそれを見て大声で笑い出す。
彼が狂ったのかと誰もが驚き言葉を失った。
ガレスは空に叫ぶ。
「魔王、お前の勝ちだ。
オレはこの故郷を愛せない。お前の好きにするがいい」
空は突如黒雲が起こり、声が雷鳴のように響き、魔王が四天王たちとともに地上に舞い降りた。
「わしの言ったとおりだろう。
ではこの王国は魔王国に併合しよう。
お前はどうするのだ」
「家族と仲間と旅に出て新たな故郷をつくる。
遥か東にはグリーンランドという豊かな大地があり、人が序列を作らずに生きていると聞く。
そこに行くつもりだ」
「良かろう。
これは苦労の駄賃だ」
魔王が呪文を唱えると、ガレスが抱いていたナタリーの遺体が動き出し、生き返る。
「ありがとう」
ガレスの言葉に魔王は返す。
「礼には及ばん。お前の負傷を手当した時に長寿の呪いをかけてある。
グリーンランドで遊び終わったらわしの後継者となれ」
何も言わずに家族と仲間を連れて勇者ガレスは去っていく。
恐れおののく王以下の貴族・国民の中、王女が魔王に尋ねる。
「何故勇者は王国を裏切り、あなたに寝返ったのですか」
「わしを恐れぬとは面白い女だ。
その度胸に免じて答えてやる」
そして魔王の述懐が始まった。
あいつに胸を刺されて共に川に落ちた後、幸いにも流されたのは魔王国だった。
わしはすぐに手当を受け命を取り留めた。
勇者は激しく抵抗していたが、わしは時間をかけて弱らせ、ついに捕虜とした。
奴は頑固に殺せといったが、わしは毎日奴に両国の共存を話しかけた。
何ヶ月もかけて平和な魔族の社会を見て、ようやく奴も戦争の無意味さに納得したが、共存は王国の魔族への蔑視から見て難しいという。なにせ同じ人間同士でも蔑視しているそうだな。
それを聞き、わしは、では王国を滅ぼすかと言った。
勇者が闘わなければそれ以外はわしにとって雑魚にすぎん。
しかし勇者はいくら欠点があれ自分の大切な故郷であり、助けてくれというので譲歩した。
ならば人間が改善するまで猶予を置き、徐々に交流していこう、そのためには勇者に王国の指導者になってもらう必要があると言った。
奴は容易いこと、自分は王女と結婚して高い位を貰うので、王や宰相に説いていくと言う。
わしはそれを信じなかった。その証にこれまでの期間、一度も王国から救援に来なかったことを言うと奴も自信を失い始めた。
そして賭けをしたのだ。
奴が王国に帰り、満足できる生活を送る間は少なくともこちらからは手出しはせずに勇者が善導して人間が良くなるのを待とう。
しかし、これだけ奮戦した勇者を耐え難いまでに迫害するようであれば信を置くに足らず、もはや害を為さないように処置してわしの下に置くとな。
奴は、「オレは人間を、そして故郷を信じる、誰もが裏切ってもオレの婚約者、友人、知人のたった一人でもオレに手を差し伸べれば魔王お前の負けだ」と言って、その賭けに乗った。尤も救いにも来なかった奴らをどこまで信じていたのか、暗い目をしていた。そう信じたかったのだろう。
そしてそれに破れた今、一刻も早く故郷という場所を離れたいのであろうな。
魔王の話が終わると、王女は泣き出した。
勇者パーティーも孤児院の院長や子供も、彼を少しでも知る国民は涙を流した。
王は後悔の念に苛まれながらも、涙を流すことなく問う。
「我らはどうなるのだ?」
魔王はもう面倒そうに歩きながら言う。
「貴様たちのように信用が置けず、悪巧みを企む者に言葉は不要。
口を利けなくするので、あとは魔族に命じられた仕事を行なって餌をもらい生きていけ」
抗議しようとした王の口からはガチョウの泣き声のような言葉しか出てこなかった。
王国民は初めて心から反省したが、すべては手遅れ。
勇者の故郷はここに消えた。