中央アジアから!
*
再び画面が切り替わった。映像が一瞬ホワイトアウトする。徐々に色を取り戻した画面の中央に映っていたのは、明るく、明るくて、ちょっと明るすぎるほどの太陽だ。ポンコツのランド・ビークルの窓の外を、灌木も貧しげな黄土色の丘陵が流れ過ぎる。乾いた道路が激しい土煙を舞い上がらせて、褪色した水色の空を、どちらかというと浅黄色に汚していた。
「ガガガリー・ベリンホホホフフフででですす。みみ道ががデコデコデコデコ」
叫ぶように喋る中年男性の声に、落ち着いたバリトンのナレーションが被さる。
≪2032年春、キルギスタン。BBQガリー・ベリンホフの取材チームは、ウエストチャイナ共和国との国境に近い、パミール高原の小さな村を訪れた――≫
「あっあ、けけ検問がありりますね」
カメラが正面を向く。激しく跳ねるフロントガラスの向こうには、道端に止めた黄土色の装甲ジープと、兵士らしき数人の人影が霞んで見える。ランド・ビークルは速度を落とし、手を挙げて道路脇に避けた一人の兵士のところに窓を寄せると、そこで止まった。
「止まれ! 何者だ!」
誰何の声に、運転手が窓を開ける。日に焼けた若い兵士の顔は、乾燥した泥で隈取った歌舞伎役者のようだった。薄い土埃が、容赦なく車内に吹き込んでくる。
「げっほ。あー、BBQサマルカンド支局の取材班だ。カレンコフ大佐の通行許可証がある」
クリアファイルに入れた書類を見せると、兵士は頷いて道の先を指さした。通過してよいの合図だ。
「よし、通れ」
≪このように、地図上では小さな点にすぎないこの村に、異常なほどに厳重な警戒網が敷かれている。その理由は明らかだ。ここが中央アジア最大のUFOスポットだからである≫
「あっあっ。みみ見えてきました、あっ、すごい、町です、む村じゃなくて町、立派な建物がががが」
道が小さな上り坂を越えた瞬間、フロントガラスに土埃の街並みが開けたのだ。
≪岩ばかりの山中に、突如開けた開墾地。いや、畑などがあるわけではない。ここでは農業などという暢気な商売に従事する者は、もはや存在しないのだ≫
道はそのまま急勾配で谷間へと降り、もともとの家並みをブルドーザーで破壊したかのような、ひどく荒っぽい目抜き通りに繋がっていく。だが、見た目ほど道は悪くないようだ。タイヤが砕く土塊の音が、汚れたアスファルトを踏む安定した音に変化した。
「えー、ご覧ください、土と石でできた民家の間に、ところどころ現代的な建物が混じっています。ガラス張りの建物もあります。高くはないですね、三階建てくらいでしょうか。ああ、あっちの建物は穴だらけです。見えますか? こりゃひどい。あ、屋上のアンテナの向こうに、対空砲でしょうか、砲身が見えます。その向こうにも同じような建物が。……路地に武装した若者がいます。民兵でしょうか」
道の向こうから泥だらけのセダンが走ってきて、こちらとすれ違いざまに激しくクラクションを鳴らした。
「車、すれ違ったのは日本車です、土だらけですが、年式は新しい。……あ、なんでしょう、スカーフを巻いた女性? でしょうか。手を振っています……運転手さん、止めて」
赤いスカーフで半ば顔を覆った若い女が一人、スピードを緩めた車の窓に歩み寄ってきた。
(字幕)「……ハーイ、お兄さんたち、珍しい車ね」
(字幕)「サマルカンドから来たんだ。そんなに珍しいかい?」
(字幕)「この辺りじゃ見ないわ。金持ちが乗る車じゃないし、貧乏人は歩くもの。で、今日は買い付け? それとも漁師志願?」
(字幕)「観光だよ。ここはいいところだね」
(字幕)「アハ! 観光! ここは稼ぎに来るところよ。遊ぶところなんて。そうね――寄っていかない? きょうは夕方までみんな漁だから、暇なのよ。サービスするわよ」
(字幕)「きみ、年は幾つ?」
(字幕)「つまんないこと聞くのね。あなたが十八っていえばあたし十八、ハタチっていえばハタチよ。あなた次第。あたしが好みじゃないなら、ほかにも一杯いるわ、ホラ――」
道端の建物の二階から、日に焼けた数人の女が白い歯を見せて笑った。
(字幕)「ああ、すまない、聞いただけなんだ。まだ仕事があってね」
(字幕)「アハハ。どんな仕事? あんたね、一度でいいから、ここの男たちみたいにさ、銛打ったり網かけたりしてごらん! 真っ当な仕事なんて馬鹿馬鹿しくなるから!」
(字幕)「夜、時間があったらまた来るよ。じゃあ」
(字幕)「あらそう、日が暮れたらあんたじゃ買えないわよ――玉袋でも売って金を作るのね! アハハ……――」
若い女は、そう言い捨ててそっぽを向いた。細い背中には、客ならぬ男に対する完全な無関心しか残っていなかった。
≪彼女らはここから数千キロ、場合によってはもっと遠くから出稼ぎに来た娼婦たちである。そのほとんどが十代から二十代。収入は、この国の労働者平均の、五倍から十倍に達するといわれている。もちろん非合法だ。中には都市部から来た、教育水準の高い娘も混じっているとの噂である。彼女らの元締めは、この地域の武装勢力と密接な関係にある≫
百メートルもいかないうちに、またランド・ビークルは止められてしまった。今度現れたのは、路地から出てきた武装した青年たちだ。
「止まれ! 止まれ!」
「……また検問? いや、これは民兵だね、」
「なにしに来た! どうやって来た! 余所者がなぜ車に乗っている!」
「……カレンコフ大佐の許可がある。BBQサマルカンド支局のベリンホフだ」
「大佐の? 本当か? 見せてみろ! ……ふうむ、おっ!」
路地の一角にうち捨てられていたボロ布の塊が、突如むっくりと起き上がった。痩せこけた片足で飛び跳ねるようにして、ビークルに向かって駆け寄ってくる。
(字幕)「お恵みを! UFOに脚を撃たれてしまいました! もう歩けません! 故郷に帰りたい! お恵みを!」
(字幕)「この人たちは大佐の客だ! こいつ! もう十分稼いだだろう!」
(字幕)「稼いでない! わたし後ろにいた! まだ二回目だった! 坂の上で、わたし撃たれた! わたしもう脚ない、稼げない! お恵みを!」
「おいカメラ! カメラはダメだ! この野郎!」
カメラが急に首を上げて、映像は車の天井だけになった。
(字幕)「……助けて! 国に帰りたい! 助けて!」
(字幕)「こいつ! 死にたいか! このっ……」
「カメラ、カートリッジ替えろ! はやく!」
映像が途切れる。音声はそのまま続いて、慌てたクルーの激しい悪態が収録されている。間髪を置かず、乾いた軽機関銃の連続音。それも二秒程度で途切れる。
≪取材班の目の前で、この物乞いは射殺されてしまった。とっさの機転で直前の映像までは持ち帰ることができたが、残念ながら、決定的瞬間を収めたデータ・カートリッジは没収されてしまったため、皆さんにお伝えすることができない。さて、この二時間後、我々は漁場責任者のカレンコフ大佐にインタビューを行った≫
映像が回復すると、場面はどこかの室内に切り替わっていた。壁には大きな地図と軍旗らしき大きな旗が飾られ、中央に置かれた重厚な机の向こうには、士官らしい服を着た、髭面の中年男が座っている。日に焼けた軍人の顔は、慇懃を絵に描いたような親しみにくさを主張している。男が口を開いた。
(字幕)「英語がいいのか?」
(字幕)「それでよろしければ」
「……私がここの責任者、カレンコフだ。BBQは自由主義陣営の著名なマスメディアであると認識している。このような機会を得たことは、私としてもたいへん光栄だ」
――こちらこそ、お時間を頂きまして恐縮です。
――早速よろしいでしょうか。ここで漁業を開始してから、どのくらいになりますか?
「五年、いや六年だ。ここは以前から優秀な漁場といわれてきた。しかし、コヨーテ・ショック以前には、正確な評価が難しかった。評価に必要な専門家が確保できなかったからだ。今では我々は、自分たちの投資に満足している」
――コヨーテ・ショック。
「そうだ。アメリカン・コヨーテ・メタル社がユーフォニウムの合成に成功するまで、UFO漁業は主に、アメリカと豪州の資本家の独壇場だった。両国とも良好な漁場をたくさん持っていたし、外国人労働者を使えば、危険な仕事に自国民を従事させなくてすむ。労働者の安全について、有権者の世論も誘導しやすかった」
――ほかの国々がUFO漁業に進出しなかったのは、なぜでしょう。
「ひとつは道徳上の問題だろう。UFOは牛や馬ではない。UFOを捕ることに反感を抱く人間はどこにでもいる。もうひとつは、ユーフォニウムの精製能力の問題だ。アメリカがUFO部材からのユーフォニウム抽出に成功したあとも、技術的に追随できる国がなかったからだ。捕UFO業を立ち上げるには莫大な金がかかる。UFO部材を手に入れたところで、精製できなければ意味がないから、あえてそこに投資しようというものがなかった」
――それだけですか?
「もちろんそれだけではない。もう一つの理由として、第三国が下手に捕UFO業に手を出せば、アメリカからユーフォニウムを輸入できなくなる恐れがあった。地球に来るUFOの数には限りがあるから、アメリカはUFO漁業への他国の参入を望んでいなかったんだ。そのため、漁業への中途半端な参入は、政治的な意味において不可能だった。豪州が参入できたのは、タスマニアをアメリカに割譲するというウルトラCを行ったからだ」
――コヨーテ・ショック以降、捕UFO業の地図が塗り変わった。
「そう。コヨーテ・ショック以前、米豪は、UFO漁業従事者を、おもに諸外国からの期間労働者で賄っていた。中央アジアからは数千人だ。ショック以後、危険なUFO漁を行わなくてもユーフォニウムを合成できるようになって、彼らは全員解雇された。めでたしめでたし。だが、アメリカのUFO漁業には、別に大きな問題点があった。なんだかわかるか?」
――いえ。
「ふふん。UFO漁業ってのは、労働者の死亡リスクが非常識なくらい高い産業だということを思い出してくれ。アメリカにおける危険な仕事のトップ3といえば、まずギャング、木こり、その次が消防士ってことになっている。ポジションにもよるが、UFO漁業者の死亡リスクは、ギャングのおおよそ3倍以上だ。これがどういうことだかわかるか? UFO漁業は、お上品な枠組みの中では成立しない産業ってことだ。法治国家って奴は、とことんお節介だからな」
――米国におけるUFO漁業は、違法な産業であったと?
「違法かどうかは司法が決める。そして司法には黙秘権がある。UFO漁業の振興は、当時のアメリカの国益と合致していた。たとえ少々違法であっても、当局は時々ガサ入れするだけでお茶を濁せた。世の中には、そういう方法でしか回らない産業がいくらでもある。UFO漁業もそのうちのひとつだったってことだ。そんなわけで、UFO漁業が崩壊したとき、解雇された漁業従事者のほとんどは、労働許可証なんて持っていなかったんだ。全員いきなり国外退去さ。それだけじゃない。ほとんどの労働者は、闇漁協を国外送金の窓口にしていた。彼らはUFO漁業が破綻するとあっというまに身をくらましてしまったから、多くの労働者が多額の財産を失うことになった」
――ひどい話ですね。
「世の中そんなものさ。ジョリー・ロジャーとスターズ・アンド・ストライプスの見分けがつくって野郎がいたら、すぐに眼科へ行った方がいい」
――はあ。で、アメリカの漁業者が故郷へと帰ったことで、世界中でUFO漁業が行われるようになったわけですね。
「そう。いま述べたように、中南米や中央アジア、アフリカ、東南アジア出身の熟練漁業者が、故郷にノウハウを持ち帰った。それと同時に、謎の――多分、業界の高い位置にいた有志だと思うが――誰かが、ネットワークを通じてユーフォニウムの精製方法を世界中に流出させたんだ。これで一気に、中後進国にユーフォニウム鉱業が花開いた」
――なるほど。そして今に至るわけですね。
「そうだ」
――米豪は、UFO漁業は前時代的で野蛮だ、という立場をとっています。
「勝手な言い分だ。彼らはさんざんうまい汁を吸ってきた。奴らがUFOを捕っていた時代だって、実際に銛を打ってたのは出稼ぎの漁民たちだった。投資家の連中はマンハッタンの摩天楼に坐って、日がな一日煙管とプードルを撫でていただけだ。コヨーテ・メタル社、前のアメリカ副大統領の会社だが、あそこが直接ユーフォニウムを合成できるようになって、彼らは漁民たちを捨てたのさ。ハンバーガーの包み紙を捨てるようにね。それならと俺たちが地元でUFOを捕ろうとすれば、あの手この手で邪魔をする――ユーフォニウムを独占して、なるべく価格を吊り上げたいからだ」
――ここには具体的な妨害がありましたか?
「詳しくは言えないが、その兆候はある。アメリカ人見ているか、俺たちは無能ではないぞ。……ベリーズのシンジケートは空爆を受けた。シエラレオネでは、政府系の捕UFO施設にゲリラが攻撃を仕掛けている。ゲリラが米国の資金提供を受けているのはわかっているんだ。あなたがたの共同体――EUは、当面のところ、我々とは敵対していない。だがいずれ選択を迫られるだろう。ユーフォニウムの安定的供給を望むなら、米豪と組むか、我々のような後進国と組むか――、どちらがいいか、よく考えてくれ」
――最後に一つ、UFOには宇宙人が乗っているのでしょうか?
「それはつまり、俺たちが宇宙人を殺しているのかと聞きたいんだな。この問題については、どの国も口を閉ざしている。想像に任せるよ。誰もが知っていることだと思うがね。これだけの人が関わって、隠しおおせることじゃない。だが、一つだけ確認しておこう。いまのこの世界は、ユーフォニウムがなければ成立しない。ユーフォニウムがなくなれば、すべての電子技術、ひいては産業が、三十年は後退する。そうすれば世界のパワーバランスが崩れる。備蓄の多い覇権主義国家の思うツボだ」
――アメリカが世界を征服すると、そうお考えですか?
「質問が増えたな。だが答えておこう。ノーだ。彼らの経済はユニット化されていて、その最上位を押さえた奴だけが勝利する仕組みだ。彼らに必要なのは、川向こうにある貧民窟さ。もちろん橋は自動車専用だ」
――……。
「……我々はいまでこそ食えているが、この産業を手放せば、途端に何十万という人間が暮らせなくなる。彼らのメッセージはミサイルの先っぽに書いてあるんだ。『商売の邪魔をするな』とね。メッセージを読んだ次の瞬間には、漏れなく迅速にあの世行きだ。……ここに来るまでに、女子供を見ただろう? ベリーズのキャンプが、俺のような軍人ばかりだったと思うか? 奴らは詐欺師だ。大通りでは紳士、裏道に入ればコヨーテってわけだ」
――ありがとうございました。
≪この映像は二年前に撮影されたものだ。キルギスタンの親米政権は、カレンコフの指揮する独立勢力CAMB(セントラル・エイジア・マイニング・ブリゲード)と断続的に戦闘を繰り返しているが、あまり効果は上がっていない。独立勢力は食料や教育といったサービスを住民たちに提供しており、CAMB支配地域は政府に非協力的だ。そしていま、世界はカレンコフの想像とそれほど違わない方向に進んでいる。新しい変化といえば、米豪の有志による、民間レベルでの反捕UFO運動が盛んになってきたことだ≫
映像が暗転する。




