カウントダウン!
――冷凍光線がしょぼい! UFOは弱っているぞ! もう一息!
ローバンの声。
――無責任なことを。あなたもこんな所にいないで、あそこに行ったらどう……
話者不明。続いてヤブー大統領。
――皆さん! さあ、このときがやって参りました! あと一分で、わがUSO800が、あのUFOを始末します! ご期待ください!
……エイオー、エイオー、ヨッセイ、エイオー……
と、カメラマンの映像が不意に上を見上げた。UFOの下面が大写しになる。映像はさらにズームインし、何かを探すように金属の表面を移動した。カメラマンが望遠鏡代わりに使っているのだ。フレームが赤いボタンを捉えるまで、そう時間はかからなかった。
――ジャック、遠いわ……
スタジオのアナウンサーが小声で言う。確かにそうだ。UFOの下面はカメラマンの位置よりも、少なくとも数十メートルは上にあった。そして悪いことに、UFOから垂れるロープは塔の先端からY字型に広がって、UFOの側面へと斜め上方に伸びているのだ。仮に塔の頂上まで登っても、そこからボタンまでは、翼がなければ到達できない。
カメラマンがカメラを離し、小窓の映像が下方を向いた。ねじくれた死体の塔が、いままでにない明瞭さでカメラに捉えられる。
螺旋の塔は、あらゆる色をした肌の、髪の、体格の、人種の、そして不明の言語を話す、いずれ劣らぬ逞しい男たちの肉体から構成されて、ロープを掴んだ太い腕は、死後硬直をもって互いに支え合いながら、まっすぐに天を、いやUFOを、もとい、ボタンを、指し示していた。
ユージンが呟く。
「……ああ。わかりました。バベルの塔です。これは、バベルの塔です。幾千年の時を越えて、人類は、言葉を失い、道具を捨て、自らの肉体を無にすることによって、ふたたび神のもとへ、そう、自らの高慢を詫び、許しを請いに、自らの受けた混乱を克服することによって、神の子としての、」
裏音声の女性リポーターが叫んだ。
――なに勝手なこと言ってんのよ! ジャックは仏教徒なのよ! くそったれ!
UFOが下降に転じる。水平回転は続いたままだ。
――ジャック、降りて! 逃げて! お願い! そこにいたら、やられてしまう……
そこにヤブー大統領の声が被さる。
――カウントダウンです。30、29、28、……
そのとき、雲中を突き進むUSO800を、巨大な手が鷲掴みにした。手はそのままUSOを画面外に投げ捨てる。中年の男の声がした。
――欺瞞だ! こんな特撮で世界が騙せるか!
――副大統領! なんてことを! 国益に反しますぞ!
――我々にUFOが作れるわけがないだろう! USO800など嘘八百だ! 恥を知れ! 我々が使うのは、核の炎……
銃声。USOの小窓が閉じる。
ヤブーの声は、その一切を無視して続いた。
――20、19、……
メインの映像は降下するUFOを注視していた。機体が下がってくるにつれ、ロープに吊られた塔全体も下がってくる。死者の塔とUFOの距離は、まったく詰まる気配がない。
――15、14、13、
と、みしみしという奇妙な音がした。同時に塔全体が激しく震えたかと思うと、接地部分がラッパの先のように末広がりになる。死体密度の高い部分が地面に当たって、上部構造を支えたのだ。
――11、10、9、
いまや塔は大地に屹立していた。螺旋状の先端はクリスマスに使う蝋燭のように細く、鋭く、空へ伸びて、その側面には、今まさに頂上へと至らんとする、一人の人影があった。
カメラマンだ。
――8、7、6、
UFOがぐんぐん降下してくる。カメラマンは最前線で冷凍光線を浴び、今は死んだ勇気ある男の死体に手を掛け、さらにその上へと腕を伸ばした。映像では、巨大なUFOのシルエットに、塔の上部が呑み込まれるように見えた。
塔の先端とUFOの影が混じり合って、細かい様子がわからなくなる。
――5、4……
ヤブーの声が少し震えた。と、そのとき、UFOの中央で何かが光った。赤と青の混じり合った光だ。続く刹那、赤い光はUFOの表面を稲妻状に走って、そこに激しい亀裂を走らせる。
――おおーっ!
あらゆるチャンネルからの音が混じった、名前のない歓声。
らーん
同時に、鋭い冷凍光線の音。
カメラマンの持つ小型カメラの映像が、ぐらりと揺れた。映像が大きく回転する。カメラは赤い光を放ちながら分解しかけるUFOの機体を至近距離で映すと、次にびっしりと霜の降りたカメラマンの顔を寸時捉え、また次の瞬間、山稜の向こうに広がる紺色の地中海と薄水色の青空を映して、その美しい境界線を、小さな窓の中でまるまる一回転させた。
――我々の勝利だ!
その言葉は誰が発し、誰に向かって放たれたのか。
――2、1、ゼロ。アーメン。
ヤブーの祈りとともに、映像全体がホワイトアウトした。
*