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まけるな人類

――ユージン、つまらない冗談を言うんじゃない。

――僕は、確信しています!

――ユージン、世界中の人が見て……ん? なんです?


 ポロロン、ポロロン。

 軽快な電子音に続いて、女性アナウンサーの声。


――ウォーター・メロン大学のハリー・ローバン教授から、至急電です!


 続いて、年配の男性の声が混じった。音質はあまりよくない。


――がとう。あ。えー、ローバンです。ユージン、あなたの言っていることは多分正しい。あれは自爆スイッチに違いありません!

――なんですって!? あなたまで?

――聞いてください。あの葉巻型UFOの目的は一体何だったんでしょう。メッセンジャーでしょうか。それにしては無駄に大きい。威嚇でしょうか。いいえ、我々が手を出す前、彼らのほうからは何もしてきませんでした。彼らは試しているのです! 我々人類が、真に団結しうる、つまり、彼らの基準で正気にかえることのできる、宇宙市民であるかどうかを!

――それと自爆ボタンと、一体何の関係が?

――自爆ではないかもしれません。くす玉の紐のようなものかもしれません。しかし、それはどうでもいいのです。やれるものなら一致団結して、あれを押してみせろと言うことでしょう。形はどうあれ、彼らが用意した最後のチャンス、人類に課せられた試練があれなのです!

――そんな! 無茶苦茶だ!

――合理的ですよ。主力兵器に近く、到達しにくい位置。広い機体表面の中でも、比較的発見しやすい場所。下面配置ですから、カラスが踏んで誤動作するということもありません。……あれを、あれを押すんです! 我々人類の未来のために!

――でも、どうやって!?


 ポーン


 画面の左下に、また別な窓が開く。小さな窓が映し出したのは、雲をまとって突き進む、銀色のアダムスキー型UFOだ。その側面には見慣れた旗、五十一個の星を配した、アメリカ合衆国国旗が描かれている。

 続いて音声に紛れ込んできたのは、皆が聞いたことのあるあの男の声だ。


――世界中の皆さん、お待たせしました。合衆国大統領ヤブーです。もう数分で、わが軍の誇るUSO800が、あのUFOを攻撃します。ご期待ください!


 沈黙していた女性リポーターが、うわごとのように呟く。


「冗談じゃないわ。みんな、ここにいるのよ?」


――USO800は、確実にあのUFOを仕留めるでしょう。現地の皆さんもご安心ください。皆さんは安全です。UFOだけをスポットで攻撃する技術が、我がアメリカにはあるのです。もっとも、彼らが自爆だとか、そういう卑怯な手を使わなければですが……


 高らかに宣言とは対照的に、スタジオから発せられたのは唸るような困惑の声だ。


――我々は、どうすればいいのでしょう? アメリカを信頼し、新兵器の可能性に賭けるべきでしょうか? それとも今すぐあのボタンにトライして、宇宙人が示した課題に挑戦すべきなんでしょうか?


 続いてまたヤブー大統領の声。


――さあ、世界中の皆さん! そして有権者の皆さん! 見ていてください、わがアメリカの力を!


 次はローバン教授。


――かまうな! ボタンを押すんだ! あのボタンは人類の身分証明だ! それを押さなければ、いずれ第2、第3のメッセンジャーが現れるぞ! 同じことの繰り返しだ!


 ユージン。


――押すべきです! USO800だって、あれに本当に勝てるかわからない! USOが負けた上に、戦闘でロープが切れでもしたら、万事休すです!


 スタジオのアナウンサー。


――どうやってUSOを横から撮ってるの?


 そのとき、それまでじっと上空を見あげていた、画面の一番外側の映像が動いた。カメラの焦点がUFOを離れ、地上の群衆へと降りてくる。


「シャルロット、僕は行くよ」若い男の声がした。

「え? なんですって?」リポーターが困惑して答える。

「カメラは三脚でいいだろう。扱い方は知っているね? 君は、リポートを続けるんだ」

「ちょっと待って、何言ってるの! あなたはカメラマンなのよ?」

「漁師たちは疲れている。一人でも多くの人間が、あのボタンにトライすべきだ」

「そんな! あんなところまで行けるはずない! 考え直して!」

「わからないさ。とにかく、あれを登るんだ」


 前方には、UFOに向かって地上から伸びあがった、死体製の塔が映っている。スタジオからカメラマンへの呼びかけがあった。


――ジャック、ジャック、無茶はよすんだ。君は君の仕事を……


「これは、みんなの仕事だ」

「やめて、お願い。あなた、死んでしまうわ」


 カメラのすぐ前を、栗色の頭がよぎった。


「シャルロット、これを」


 『これ』が何かは不明である。


「……」


 続いて、土を蹴って駆け出す音。


「ジャック! ジャック!」リポーターが叫んだ。


――君らアホか! 一体何秒ロスしたんだ!


 ローバンの声。同時にポーンという音が入り、ユージンの窓がスタジオに変わった。

 デスクに目を落とした女性アナウンサーが、平板な声で新しいニュースを読み上げる。


――BBQヘルシンキ支局から、新しい情報が入りました。先ほど、ロシア軍がフィンランド国境を越えて、西進を開始したとのことです。また、デリー支局からは、中印国境で激しい戦闘が開始されているとの未確認情報も入っています」

――ええっ、なんでまた、こんなときに!

――米軍がUFO作戦に注力している隙に、UFO危機以後の世界地図を塗り替えようという気なのでしょうか。まるで20世紀、100年前の帝国主義を見ているようです。

――いったいこの地球はどうなってるの? 狂ってるわ!


 ポーン。スタジオを映していた窓が、激しく揺れる土色の映像に切り替わる。

 続いて、女性アナウンサーの声。


――映像、これなに? あ。今出た映像は、ジャック、いえ、カメラマンの持っている、ミニカメラの映像のようです。スイッチは入っているようですが、地面しか映っていませんね……、


 ミニカメラはストラップで体からぶら下げているのか、映像の端々にカメラマンの手足を引っ掛けながら、しばらく土の上を漫然と映していたかと思うと、時折ひょいと跳ねて、あたりの群衆の様子を垣間見させた。音声はない。


 一瞬、メインカメラの映像が暗くなって、また元に戻った。ガチャガチャと機械をいじるような音がマイクに入る。だが、それも数秒だった。


「ジャック、あたしじゃわかんないわよ」リポーターの呟き声。 


 ミニカメラの映像が、土一色からごたごたした何かに変わった。と、急にカメラマンが動きを止め、その瞬間、ごたごたの正体が明瞭になった。繰り返し冷凍光線を浴び、煮こごりのように固め込まれた漁民たちのむくろだ。みなみなロープを掴んだまま、ある者は前に引き摺られながら凍り、ある者は死んだ者たちの間に後ろから手を差し入れ、その状態で最期を迎えていた。

 

――ひどい。なんてこと……、


 スタジオの誰かが溜息をついた。


……エイヤー、エイサー、エイヤー、エイサー……


 どこからか聞こえる掛け声はもうまばらで、先ほどまでのような力強さは感じられない。

 カメラマンが塔を登りはじめた。


――ユージン・デラホア、引き継ぎます。こちらの映像を拡大してください。いま、いま、ここから、ジャックと、あと何人かの男たちが、死体の山を登っていくのが見えます。映像いいでしょうか。スタジオどうですか?


 一瞬のうちに、メインの映像とユージンの映像が入れ替わった。見上げる塔は逆光となって、薄い青空を背景に、鱗の荒い巨大な龍のようなシルエットを見せている。その表面を猿のように登る、いくつかの人影が見分けられる。


「やあ、もうあんな高くまで登っています。すごいですね、さすがはプロだ」


 らーん


 リポーターが言い終わらぬうちに、最も高いところを登っていた人影が、あっというまに凍り付いてしまった。

 

――ジャック、ジャック……!


 いまや裏画面となった女性リポーターの悲鳴が混じる。だが、光線を浴びたのはカメラマンとは別の男のようだった。カメラマンからの映像は激しく揺れつつも、いまなお、凍った死体と地上の様子を小窓に映し出している。塔を登っているのだ。

 UFOがクラゲのように浮き上がる。同時に、ゆっくりと水平回転を開始した。死体を吊るロープが縒れて、塔の最上部が、ソフトクリームのような螺旋形を呈しはじめた。引っ張られ、互いに圧迫しあう死者たちの肉体が、ぎゅるぎゅるという不気味な音をたててねじくれる。


 らーん


 別な人影が塔からこぼれ落ちた。石像のように固まった姿がみるみる加速して、一瞬のうちにカメラの下縁から見切れてしまう。


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