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やばいぞ人類

 ヘイヤァー! ヘイヤァー! セイヤァー! エイ、


 そのとき変化が起こった。リズムを取って伸び上がる漁師たちの足が、一瞬、地を踏み損ねて、一斉に土の上を滑ったのだ。ロープの進む向きが変わった。仰向けに近い姿勢で綱を引いていた男たちは、今度は海老のように深く腰を折り曲げた。カメラの視界内の男たち全てが、芋づる式に前へとつんのめる。


 オッ? オッ! オッ! オッ?


 掛け声のトーンが変わった。漁師たちは足を踏み換え、なんとか姿勢を立て直そうとする。


「あ、ご覧ください! UFOが!」


 リポーターが叫んだ。同時に、カメラが上空のUFOを映し出す。UFOは今や、先ほどとは逆方向に回転していた。それも、ゆっくりと加速しながら。空色を反射して白っぽく輝く表面に、さっきまでなかった様々な色の光点が点滅していた。と、突然男らの大音声を破って、機械的な音がこの戦場に響き渡った。


 ルロロロロロロッロウォンォンウォン


 この不気味な音を合図に、UFOの角加速度が一気に上昇した。同時に、UFO本体も上昇を始める。飛ぶように前へ引かれるロープに鈴なりになって、漁民たちはいまやUFOへ向かって駆け出していた。ずっと前方で、黒く巨大なタイヤのようなものが、弾けるように空中に舞い上がる。ロープの角度を変えて地上に這わせるための、金属製の定滑車だ。それも一つではなかった。何トンもの滑車が連続して上に放り投げられて、コイン投げのコインのように、軽々と空中に回転したのだ。


 オオオオオォオオオオアァアアアアア!


「ロープを放すな! 対抗するんだ!」


 指揮官らしき男が叫んでいる。だが無駄だった。転がるようにロープに引かれる漁師たちは、まったく踏みとどまることができない。いままで糸を巻くように地上へ引きずり降ろされていたUFOは、隠していた動力を解放することで、逆に漁民たちを空へ引きずり上げようというのだ。

 リポーターが声もなく左右を見回している横を、男たちの列が、まるで急行列車のように通過していく。滑車が地面に落ちるずしんずしんという音が、砲声のようにあたりに響いた。


「後方から順に手を離せ! 仕切り直すんだ!」


 再び指揮官の声。後ろから手を離さなければ、前にいる人間が踏み潰されてしまう。だが遅かった。遙か前方で、先頭付近の漁師たちの体が、千羽鶴を吊るように空中に舞い上がるのがカメラに写った。


「ああっ! 大変です! ロープを! ロープを放さないと! いや、離しちゃ駄目! ああ!」


 リポーターが悲鳴を上げる。何人かの影が、真っ逆さまに上空から墜落した。あとの者たちは必死でロープにぶら下がっている。畜生! という怒声がどこからか上がった。ロープから手を離す順番が、後方からリポーターの脇を駆け抜けていった。呆然と立ちつくす男たちの間を、さらに加速した太いロープが、大蛇のように暴れながら前方へと走る。UFOの回転が加速した。

 そのとき、UFOの下面、葉巻のちょうど中央あたりで、青白く強烈な光が輝いた。


 らーん


 2秒ほど遅れて、耳障りな高周波の音がマイクに入った。


「何か光りました! なんでしょう! 新しい兵器でしょうか!」


 そのときだ。上空に引っ張り上げられた男たちの姿が、まるで棒のように硬直した。ぱらぱらとロープから落ちていた漁民たちが、糊でロープに接着されたかのように、急にまったく落ちなくなった。


「……? 何でしょう?」


 困惑するリポーターの背後で、男たちの一人が叫んだ。


「くそったれ、冷凍光線だ!」

「え? 冷凍?」


 UFOがさらに上昇する。凍った漁民は釣られたワカサギみたいに、肩幅間隔でロープに吊り下がっていた。男たちが舌打ちする。


「畜生、やつら地表を撃てねえから、俺らを空中に吊り上げやがった」

「ええっ、じゃ、あの人たちは?」


 リポーターの声が震える。


「死んだ。連中、よくあそこまで耐えたな。仲間の上に落ちるのを嫌って、手を離さなかったんだ」

「ちょっと、どうするの? あんな兵器があるなんて――」

「どうするって? 続けるさ。奴はそのうちまた降りてくる。勝負をするためにな。俺たちは真っ向正面からぶつかって、奴をこの地上に引きずり下ろす」

「でも、無茶でしょう? また同じことをされたら――」

「……あんたな、闘いに犠牲はつきものだ。俺たちが奴をどうこうしたいのと同じくらい、奴だって俺たちを蹴散らしたいのさ。やるかやられるかだ。腹ぁくくるしかねえんだよ」

「……」

「それにな、先頭で死んだあいつらを見ろ。あんなところにぶら下がったままだ。あいつらがロープを放さなかったのは、俺たちがすぐに地上に引き戻してくれると信じてたからだ。俺たちは連中を裏切るわけにはいかねえ」

「……でも、」

「逃げるなら今だぜ。まあ、安全なところまで逃げられるとは思わねえがよ。でもな、少なくとも俺は、あんたらにずっとここにいて欲しい。あんたらの道具は、人類の目と耳だからな。勝負の行方を、世界中のみんなに伝えてくれよ」

「……」

「さあ、仕切り直しだ。来るぞ!」


 UFOは上昇をやめ、今度はゆっくりと降下してきた。死体を吊り下げていたロープが徐々にたるむ。男たちが素早くロープを手繰りはじめた。余分な長さを後ろに逃がすためだ。やがて、引索が始まったことを告げる漁師らの掛け声が、列の前方から響いてきた。その音色は先ほどの大被害にもめげず、あくまでも低く勇壮だ。


 エイ、エイ、エーイヤッサァ、エイ、オウ、イーヤッサァ、エーヤッサア、


 ぷん、という音がしたかしなかったか、UFOはゆっくり降下したあと、空中のある高さで、跳ねるように上昇に転じた。同時に、またもや回転を開始する。今度はさっきよりも、かなり加速が早かった。


 エァアアアアアアアア!


 漁師たちが引っ張られ、ふたたび前方へ向かって走り出す。


「無茶よ! 同じことだわ! こんなこと続けてたって、死者が増えるばかりよ!」


 リポーターが涙声になる。

 先端を地上に押さえるための滑車を失ったロープは、前回よりかなり手前で地上を離れ、空中を斜めに舞い上がっていく。そこにはやはり、漁民たちが鈴なりになっていた。


 らーん


 不気味な閃光が地上を照らす。またもや、ロープの漁民たちが硬直した。


「もうやめて!」


 らーん

 らーん


「やめて! やめてよ!」


 リポーターの悲鳴も空しく、冷凍光線が連射された。UFOは景気よく回転を続けている。しかし、変化があった。UFOから下ろされた無数のロープが互いに絡み合って、上空で一本の太いロープになろうとしている。

 その間も、無数の漁民たちは、リポーターの脇を黙々と駆け抜けていく。


「虐殺だわ! 何よ! 宇宙人は私たちの、友達じゃ、なかったの……!」


 らーん

 らーん

 ららーん


 むせぶリポーターをよそに、カメラは黙然と上空を見上げている。最初、UFOの底面に近かった太いロープと細いロープの境界が徐々に下がって、やがて、漁民たちの死体をその内部に編み込みはじめた。凄惨な光景だ。凍った漁師たちの体は一塊となって、ねじれ、圧縮され、いつしかソフトクリームの先端のように、奇妙ならせん構造を呈し始める。


 ポーン


 軽やかな音と共に、映像の右下に小さな窓が開いた。窓内に映っているのは、別アングルから撮られたUFOの下面だ。


――こちら別働隊のユージン・デラホア、スタジオ聞こえますか?


 若い男の声が入る。しばらく沈黙していたBBQスタジオが、それに答えた。


――聞こえるよ、ユージン、ああ、我々は負けてしまうのか?

――落ち着いてください。今、映像をズームアップします。


 窓の映像がぐんぐんズームする。カメラが狙っているのは冷凍光線の発射口と思しき、葉巻中央の最下面だ。


――なんだ? 何かあるのか?

――よく見てください。あれを!


 映像が最大までズームした。透明で巨大な半球形をした、冷凍光線の発射口に焦点が合う。その奥で、青い炎のようなものがチラチラと瞬いていた。


――これが、奴らの……!

――違います! その脇です!


 半球の横に、なにか小さな赤いものがあった。最大ズームをもってしても、それが何かよく見分けられない。だが、男性リポーターの声は自信に満ちあふれていた。


――あれはきっと、UFOの自爆スイッチです!

――……!!


 しばらくの間、誰も声を出す者がない。漁民たちを殺戮する兵器の音だけが、適当な間隔をおいて、平和な山野に響き渡っているだけだ。


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