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たたかう人類

 ブツッ

 映像が一瞬だけ乱れ、小さな星が画面を踊った。


     *


 雲ひとつない青空の下、同じ方向を向いた諸肌脱ぎの男たちが、太いロープを抱えて整列している。全員裸足で、真剣な面持ちだ。


 ドンドコ ドンドコ ポンポン ドンドコ……


「始まりました! 地を埋め尽くす人間の絨毯が、無数のロープで宇宙船を引っ張りはじめています! まだロープがたるんでいますが、いずれあれが伸びきると、人類と宇宙人の、地球をかけた大一番となるわけです! 太鼓の音が聞こえます! すごい熱気です! さまざまな肌の色、さまざまな言葉を話す人々が、同じロープをつかんで空を見上げているのです! さあ、これから一体どうなるのでしょうか!」


 カメラが上空を見上げると、巨大な芋のような形をしたUFOの姿が画面に入った。海から来たのか、カモメらしき小さな翼がいくつか、霞むほど高い位置を旋回している。

 スタジオの音声が入った。


――シャルロット、ロープの数は何本くらい?


「あー、ロープですか? 正確な数はわかりません。でも十本や二十本ではありません。もっと、もっと多い。ホラ、カメラさんあそこ映して! 見えますか? どうですか?」


 カメラの映像がズーム・アップする。画面の鮮明度は下がったが、懸垂曲線を描いて垂れるロープの姿が、青空につけた引っ掻き傷のように見分けられた。


――あー、見えますねぇ、気球を固定する索具みたいな感じですね。浮き上がらないように押さえているというか……


「です! そんな感じです! あれをこれから引っ張ります! 見ていてください、ここに集まった皆さん方が、人類を代表して、あれを……」


 ウォッ、ウォォオオオオオオオオ!


「始まります! ついに始まります!」


 ウォッ、ウォッ、ウォッ、ウォッ、


 列のずっと前方で、野太い声がリズムを取った。だが、リポーターの周囲の男たちは、ロープを手にUFOを見据えてはいるが、一向にそれを引こうとしない。


「……あれ? 掛け声は聞こえますが、ロープを引いていないような……? そこの方に聞いてみましょう。ちょっとすいません、いま、どういった状況なんでしょうか?」


 訊かれた若い男は、迷惑そうにリポーターを睨んだ。


「え? 何だ? なんか用か? 手短に頼むよ」

「いま、どういった状況なのでしょう? あの掛け声は?」

「先頭のほうだよ。先っちょから順にたぐり寄せてるんだ。なんせロープが長いからな、たるみがここに来るまで、もうちょい時間がかかるぜ」


 ウォッ、ウォッ、ウォッ、ウォッ、ヴォッ、


「なるほどそういうことでしたか。ありがとうございました。さて――」


 ヴォッ、ヴォッ、ヴォッ、ヴォッ、


 掛け声がどんどん大きくなる。リポーターは沈黙し、不安そうに前方を見た。と、急に、前方の男たちの肩胛骨が動いた。そこからは一瞬だ。闘いの端は通り雨の端のように、人間の野を駆け抜けてきた。


「来た来た! ホイ、引くぞ!」

「きゃっ!」


 ヴウォッ、ヴウォッ、ヴウォッ、ヴウォッ!


「どいてろ!」


 ヴフォウォッ、ヴフォウォッ、ヴフォウォッ、ヴフォウォッ!


 何列にも並んだ屈強な男たちが、飛び跳ねるようにしてロープを引く。化繊とワイヤーを編んだ頑丈そうなロープが、そのたびにミチミチと危うげな音を立てた。


「ふぁ始まりました! ロープを引いています! すごい掛け声です! 熱気です!」


 ヴォヴォッ、ヴォヴォッ、ヴォヴォッ、ヴォヴォッ、


 リポーターの上気した頬がUFOを見上げる。


「凄い! もの凄い力です! ああ……でも、UFOは、ちょっと動いているんでしょうか、どうなんでしょうか、ここから見た限りでは、なんとも……」


 ドゥイヤッセ、ドゥイヤッセ、ドゥイヤッセ、


――シャルロット、ロープは後ろに引けていますか?


「え? んー、わかりません、んー……」


 ドゥイヤッ、ドゥイヤッ、セイヤッ、ホイヤッ、


「どうなんでしょう、いま……」


 ドゥイヤッ、ウォイヤッ、エイヤッ、サ!!


 突然、周囲の男たちが動きを止めた。同時に掛け声も中断する。


「え?」


 急にあたりが静まりかえった。遠くから響く別グループの掛け声を背景に、男たちの荒い息づかいだけが聞こえてくる。


「あれ? どうしたんでしょう? あの……」


 リポーターが列に駆け寄る。


「またあんたか。今はこっちは休憩だ。向こうの奴らが引いてるからな」

「でも、全員で一緒に引いた方がいいのでは?」

「あんた素人だな。あんだけ重くちゃ一度に引きずり降ろすのは無理だ。だからまず揺さぶりを掛ける。もう少し小さいUFOなら2方向からシーソーみたいに引っ張ればいいんだが、あんだけ大きくちゃそれも無理だ。引く方向を変えるときに、逆側がついていけないからな。そこで、大人数でアレを囲んで、引っ張る方向をぐるぐる回転させながら、すりこぎ回転に持っていくんだ」

「すりこぎ回転?」

「テーブルに落としたコインがずっと回転して、リンゴの芯みたいに見えることがあるだろう。あんな感じよ」


 ピカッ


 凄まじい閃光が起こって、UFOから赤いレーザーが発射された。


「光りました! UFO光りました! 航空機でも狙ったのでしょうか、地平線の上に向かってレーザーを撃ったようです!」


 リポーターは少し青ざめている。だがインタビューを受けていた若い男は、レーザーなんぞどこ吹く風と言った様子で、既にロープに集中を戻していた。


 ドゥオッセイ、ヤッセイ、ドゥオッセイ、あソーレィ、


 掛け声の波がまた近づいてきた。男たちがすうと深呼吸する。と、先ほどと全く同じように、ふたたび男たちの綱引きが開始した。リポーターが飛び退る。


 エイヤ! エイヤ! エイヤ! エイヤ!


 ピカッ


 ふたたびレーザー光が発射される。


「またです! 今度は別な方向! UFOは綱を引く私たちには目もくれず、空からの攻撃を迎え撃つのに夢中のようです!」


 エンヤソーラ、ホイサァ! エンヤソラ、ヨイサァ!


 ピカッ


「また撃った! いい感じです! いい感じですよね! こうやってエネルギーを浪費してくれれば……あっ!」


 突然、男たちの姿がぐらついた。あわや将棋倒しになるかと思われたが、そこは流石に空の男、引き綱一回のあいだに持ち直し、列全体の後退運動へと移行する。


 ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!


 慌ててカメラが空を見上げた。一瞬太陽が画面を掠めて、映像全体がホワイトアウトする。色が戻ってくるまでに、たっぷり1秒はかかった。長い一瞬だ。

 映像が回復したとき、UFOの姿は、遠目でもわかるほどに傾いていた。リポーターが歓声を上げる。


「やった! やりました! UFOがバランスを崩しています! 男たちの力が、はやくもあのUFOを打ち負かそうとしています! すごい! すばらしい!」


 UFOはゆっくりと斜度を加えながら、僅かずつ、ほんの僅かずつ、その最大傾斜方向を回転させ始めた。先ほど列の男が言ったように、引き索のメイン方向が回転するからだろうか。そして、最大傾斜方向がほぼ一回転する頃には、誰の目に見てもUFOの高度がかなり下がったのが見て取れた。


 エイヤサー! エイヤサー! エイヤサー! エイヤサー!


「UFOが徐々に降りてきます! 人類の勝利は目前です! しかし、漁師たちは休憩を挟まず、ずっとロープを引きつづけています! 疲れ知らずなんでしょうか? そんなはずはありません! 漁師の皆さんが心配です! 皆さんはこのままロープを引き続けることができるのでしょうか!」


 ヨッセイ、ヤッセイ、エンヤコーラ、ホイサァ、


 跳ねながら綱を引く男たちの列が、リポーターの脇を徐々に後退していく。UFOの降下は徐々に早くなった。このまま行けばUFOの下面が地表に達するまで、10分とはかからないペースだ。


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